2015年2月17日掲載
前回から、基幹系システムを短期間で海外展開するためのポイントを説明しています。初めての海外展開においては、ノウハウがないのが普通です。また、短期間でシステム部門のスタッフを割くのも難しいことが多い。それならば、コンサルティングを依頼するというのも1つの選択肢ですが、依頼先を探す前に決めるべき方針があるといいます。その方針とは?
* 本文中の登場人物・企業名はすべて架空のものです。
埼玉県にある従業員約280人のEMS(Electronics Manufacturing Service)企業、YMC電子工業(仮名、以下YMC)。同社の顧問ITコンサルタントである美咲いずみは、海外展開に向けたポイントを話した後、一息ついてYMCの広い敷地を眺めていた。ところどころに植えてあるポプラの木に当たる、春の日差しがまぶしい。
いずみが幸せな気分で我を忘れていると、いつも精力的なYMCのCIO、山田昭(仮名)が紙コップのお茶を2つ手にして戻ってきた。
「ごめん。廊下で真鍋課長(仮名)に捕まっていてね。それじゃあ、海外展開でコンサルティング会社に依頼する件について、続きをお願いします」
山田は戻りが遅くなった言い訳をしながらお茶を置いて、話の続きを促した。
「はい。まず御社は、基幹系システムとして伊達システムズ(仮名、YMCのアウトソーシング先企業)のヤマトERP(仮名)をお使いです。タイでもそれを使用する予定ですか?」
「いや、近日中に美咲さんにも入ってもらってレビューするつもりだったんだが、樋口さんが検討してくれた結果、S社のERPパッケージを使う方向でいる。ただし、現在ヤマトERPで使用している機能をそのまま乗せ換えるだけだ。開発期間がないからね」
「それは賢明だと思います。短期間で海外展開するのであれば、ERPパッケージ、しかもグローバルで実績があるものが良いからです」
S社はドイツに本社があり、そのERPパッケージはヨーロッパやアメリカはもちろん、アジアでも多くの導入実績がある。
いずみはさらに続ける。
「ERPパッケージを使用するとなると、大きく2つの選択肢があります」
「うん。オンプレミスかクラウドか。この2つだろう?」
山田がいずみの話の続きを引き取った。
「ご明察のとおりです」
オンプレミスとは、自前でデータセンターにサーバーを設置し、ネットワークも用意することをいう。以前は当たり前のことだったので、クラウドの普及後に出てきた言葉である。
一方、この場合のクラウドとは「サーバーやネットワークなどのインフラを、その運用までパブリッククラウドでまかなう」という意味だ。パブリッククラウドとは、複数の企業がインフラを共用する形態のクラウドをいう。これも、ある企業専用に構築されたプライベートクラウドが登場してから、両者を区別するために登場した言葉である。
ERP用のパブリッククラウドといえば、米Amazon Web Services(AWS)のAmazon Elastic Compute Cloud(Amazon EC2)が有名で、シェアも高い。
「コストを考えたらクラウドだけど、セキュリティや自由度を考えたらオンプレミスかなと思っているんだ。そこが悩ましくてね」と、山田は顔をしかめる。
「山田さん。お言葉ですが、セキュリティは、クラウドでももはや十分だと思います。さらに自由度はクラウドのほうが上かもしれません」
「ほう。そうなんだ。」
「はい。まず、セキュリティに関しては、クラウドが普及しだしてからすでに5年以上が経ち、無償のものでは最近になっても事故の事例がいくつかありますが、有償で現在まで生き残っているものであれば、安心と言っていいでしょう。特にここ数年では、むしろ安心を求めてクラウドを活用するユーザーが増えています」
「へえ」
「ええ。セキュリティ侵犯といっても2通りあり、1つは悪意ある侵入者がデータを盗み出したり、壊したりするケース。もう1つは、内部スタッフによる意図せぬデータ破壊です。オンプレミスで運用する場合、2つ目が怖いんですね。その対策として、クラウドを活用する会社が増えているんです」
「なるほど。自社のミスが怖ければ運用をアウトソーシングする手もあるが、それだとコストがかかるし、ましてや海外だと業者選定するだけでも大変だな」
「もちろん、一番安心なのは、しっかりとした業者にアウトソーシングすることですが、今回は時間がないので選定が間に合わないかもしれません」
「クラウドは『低コストな運用アウトソーシング』という面もあるということだね」
「次に自由度の件ですが、S社の製品だと、オンプレミスで導入する場合は最初にサーバーのスペックなどを明確にする必要があります」
「そうなんだよ。数年後にデータが増加することを踏まえて、拡張性を考えたうえでスペックを設定しておかないといけないんだが、国内はまだしも海外だと読めないんだよね。それも悩ましいところなんだ」
「お察しします。ですが、パブリッククラウド、たとえばAWSなどであれば、導入してからの拡張が柔軟に行えるんです」
「ほう。それはいいね」
「ですから、とりあえずはパブリッククラウドで運用して、1年ないし2年経ってから、オンプレミスに移行するかどうかを検討するという会社も多いんです」
「そうか。悩む時間があるなら、まずはパブリッククラウドで実現して、データの増加量などを見ながら考えればいいということか」
ずっとしかめっ面だった山田の顔に、ようやく笑顔が戻ってきたようだ。
「だが、パブリッククラウドの提供会社はどうやって選んだらいいのだろう?」
いずみは、ホワイトボードに以下のように書いた。
海外展開のためのパブリッククラウドの選定ポイント
「うん。どれも妥当なポイントだね」
特に説明は要らないようだと思ったいずみは、次の話題に移った。
「ここで、休憩前(前回)の話に戻ります。海外展開のICT導入をサポートしてくれる会社の選び方です」
「大きな方針を決めてからということだったよね。方針としては、ひとまずパブリッククラウドを活用して、S社のERPパッケージを使用するということでいいのかな?」
「はい。それでよろしいかと思います。では、それを前提とすると、選定ポイントは次のようになります」
いずみは、ホワイトボードに選定ポイントを箇条書きした。
短期間で海外展開するためのコンサルティング会社の選定ポイント
「『大前提』というのは、休憩前(前回)にお話ししたものと同じです。その下の『パブリッククラウド+ERPパッケージを使用する際のポイント』に書いた2つの項目が、新たに追加したものです」
「うむ。一番下はその通りだね。新機能が出てきても、それを検証するのは大変だ。それを肩代わりしてくれると助かるね。ただ、導入時というよりは実運用時に入ってから重要な項目な気もするが…」
「新機能の検証体制について、おっしゃるとおりです。ただ、実運用に入ってからもコンサルティング会社のサポートを受ける場合、そこで会社を変えるのも大変なので、保険の意味が1つ。また、クラウドの世界も日進月歩でサービス向上しているので、導入期間中にもこれは使いたいという新機能が出てくる可能性が高いんです」
「なるほど。ところで、『導入経験』のほうなんだが、これはERPパッケージだけを指定して、パブリッククラウドは提案してもらうという手もあるよね?」
「そうですね。特に準備期間が少ない場合は、そのほうがリスクも小さく、期間も節約できますね」
「美咲さん、ありがとう。これで検討が進められそうだ」
「はい。お役に立てて良かったです。ただ…」
「ん? まだ、何かあるのかい?」
「そうですね。御社の場合は大丈夫かと思うのですが、忘れがちなことがありまして…」
話は次回へ続く。
まとめ
いずみの目
時間がない海外展開においては、きちっとした会社のコンサルティングを受けることも選択肢の1つとして考えるべきだと思います。その場合、構築はもちろん運用も設計できる会社がいいですね。
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