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株式会社 日立システムズ

第59回 AI最新事情(3)~AIによる医療と老化の改革

2019年12月9日掲載

2018年から、実業務への応用事例が急速に増え、普及期に入ったと言われているAI(人工知能)。経済学者たちはAIが、2030年までに世界全体のGDPを15兆ドル以上増加させると予測しています。これから取り組む企業も多いと考え、本コラムではAI有識者として知られているマーク・ミネビッチ氏の見識に基づいて、世界のAI最新事情を6回にわたってお伝えします。今回は、AIによって医療や老化対策がどのように変わっていくかについて解説します。

第59回 AI最新事情(3)~AIによる医療と老化の改革

前回のおさらい

美咲いずみは、29歳とまだ若いが、既にいくつかの顧問先を持つフリーランスのITコンサルタントだ。仕事がら最新ITの情報収集は欠かせない。

今日も、知る人ぞ知る世界的なAI有識者であるマーク・ミネビッチ氏の講演会に参加し、講演後の別室で質疑応答が行われると聞いて駆けつけたのであった。

前回の「AIがもたらす未来の仕事」に関する質疑応答に引き続き、今回も質疑応答の模様をマーク氏といずみの対話形式でお届けする。

医療AI市場の成長

いずみ: 各産業分野でAIがどう使われていくのか具体的に教えていただきたいのですが、マークさんはどの分野のインパクトが最も大きいと考えますか。

マーク:製造業、金融業、流通業、農業とあらゆる分野で多大な影響があると考えています。ですが、人間の生活や人生に踏み込んでいくと、健康や長寿が多くの人に共通する最終的な関心事なのではないでしょうか。だとすれば、医療・医薬・介護・ヘルスケアといった分野のインパクトが最も大きいと思います。予想される市場規模も莫大です。

いずみ:どのぐらいの市場規模なのでしょう。

マーク:医療全体でいえば、米国で3兆ドルを超える巨大産業です。今後高齢化が進むにしたがって、さらに規模が大きくなると考えられます。

新規参入も多い。CB insightsによると2018年には、米国の500社近いスタートアップに総計で100億ドルが投資されました。またデジタル医療市場には18,000社のスタートアップが参入しており、その規模だけでも1450億ドルに上ります。医療に関するAIの規制はまだ整備されていませんが、AIやIoTなどデジタル技術は急速に導入が進むでしょう。

こういった状況を鑑みて算出すると、医療AI市場は2021年まで複合年間成長率(CAGR)40%に達する見込みです。

いずみ:医療AIが成長することによって何が期待できるのでしょうか。

マーク:AIによる医療診断の改善や治療の効率化などで、治療費を半分に削減できると期待されています。

医療分野におけるAI活用

いずみ:さまざまな分野があると思うのですが、大きく医療と老化対策の観点で伺いたいと思います。まず、医療分野ではどのようなAIの応用があるのでしょうか。

マーク:まずは医療診断です。誤診は病院が抱えるやっかいなトラブルの6~17%を占めており(全米アカデミーズ)、米国では毎年1200万件を超える深刻な誤診が発生しています。AIがサポートすることで、より精度の高い診断ができます。画像診断については、かなり進歩しました。また病理診断の分野においては、AIは顕微鏡や人間の視覚では実現できない診断を実現するでしょう。ただし、医療診断全般に個人データの収集という大きな課題があります。

治療においては、手術ロボットの導入が既に始まっており、近い将来多くの定型手術で人間の医師を超える技術で手術が行えるようになるでしょう。

病院管理では、AIで患者の転帰(病気の進展)を予測することで、管理コストや時間の削減につなげることができます。またAIによる電子カルテの再整理も期待されています。高齢化が進み、労働人口が相対的に減っていくと、当然ですが医療機関の労働者も減るわけですから、病院管理の効率化は重要な課題なのです。

AIによる医薬品開発も始まっています。化合物の探索や最適化、臨床試験の詳細分析などが新薬開発に直接結びつきます。創薬を含めた遺伝子治療やそれに基づくオーダーメイド医療などは、まだ技術的な課題は多いのですが、AIの独壇場になるでしょう。

いずみ:IoTとの組み合わせによるソリューションはありますか?

マーク:あります。IoMT(Internet of Medical Things)と呼ばれる、さまざまな医療機器やセンサーをネットワークに接続して、膨大な患者データを収集するものです。収集されたデータは、患者の状態把握、迅速かつ正確な医療診断、医療機関におけるリソースの利用パターン分析などに利用されます。自宅にいる患者のリアルタイムな経過管理ができるので、特に慢性疾患を持つ患者とそれを治療する医療機関に大きな恩恵をもたらします。

老化対策へのAI活用

いずみ:続いて老化対策へのAI活用について教えてください。

マーク:主に高齢者がターゲットになるという意味では、介護用ロボットへのAI組み込みが考えられます。対話型のAIエージェントや、1人暮らしの高齢者の生活をサポートするロボットコンシェルジュ、高齢者ケアに特化した人型ロボットなどが、まず思い浮かぶでしょう。

MRT(Mobile Robotics Telepresence)システムという、スマートフォンアプリで制御できる、頭の高さにディスプレイが設置された車輪付きのロボットもあります。高齢者が遠隔地に住んでいても、親戚やソーシャルワーカーが頻繁に高齢者を疑似的に訪問するために使われます。これは高齢者の患者と建設的な社会的交流ができることが既に証明されています。

あとは高齢者の服薬支援にもAIの利用が進んでいます。

なおロボット工学とAI、自動運転、ドローン活用に関しては、日本は世界のリーダーとしての一歩を踏み出しています。特に支援ロボット、介護ロボットの分野では日本は進んでおり、医療分野全般がSociety 5.0(内閣府が第5期科学技術基本計画において、我が国がめざすべき未来社会の姿として提唱)の大きな柱となっています。

いずみ:老化の進み具合などを判定するのにAIは使われているのでしょうか?

マーク:いい質問ですね!老化研究の分野で現在直面している大きな課題は、老化の進み具合を特定するバイオマーカー(血液検査における血糖値やコレステロール値など状態を評価するための指標)が存在しないことなのです。アンチエイジング薬を開発したとしても、バイオマーカーがないと本当に効果があるのか評価できません。

したがって老化を評価するバイオマーカーの開発が喫緊の課題ですが、バイオマーカーの開発にはPoC(概念実証)、実験検証、解析性能検証など多段階の煩雑なプロセスが存在し、時間がかかります。したがって、これらをAIで効率化しようと考えることは自然であり、実際既に始まっています。

また老化には遺伝子治療が有効と考えられています。そのためのターゲットを同定するためにAI、特に特徴を自ら探し出すことができるディープラーニング(深層学習)が利用されています。また長寿薬開発においては、診断、予後評価に加え、臨床試験においてもAIが大いに活用されています。

医療業界の再編成は必須

いずみ:医療や老化防止でこれだけAI、つまりテクノロジーが活用されていくとすると、医療業界の再編成につながると思うのですが、いかがでしょう?

マーク:鋭い指摘ですね。実際、既にAlphabet(Googleの持株会社)、Microsoft、IBM、Amazon、Tencentなどの大手テクノロジー企業が医療分野に参入しています。

詳しくは私がまとめた資料(「いずみの目」参照)を見ていただきたいのですが、医療技術、医療機器、医療・介護用ロボット、創薬、遺伝子治療、再生医療、高度バイオメトリクスなどの分野でAIが活用されており、そのためテクノロジーに強い企業が優勢になってきています。また先ほど述べたように数多くのスタートアップも参入しており、どの分野でどの企業が勝者になるかは予断を許しません。また専門特化したニッチな領域も増えています。

以上を総合すると、医療業界、ヘルスケア業界、介護業界のすべてで再編成が余儀なくされることでしょう。

人類の新たな進化

いずみ:遺伝子を操作する、ロボットが人間の介護をする、あるいはサイボーグ化のようなことも進んでいくかもしれません。倫理的な課題が数多くあるように思います。

マーク:おっしゃるとおりです。医療分野には倫理的課題が多い。これはAI導入を進めていくうえでの障壁になり得ます。一方で技術的課題が大きいことはAI導入のモチベーションとなります。どの産業分野でもAI導入に対する障壁とモチベーションの両方があり、そのせめぎ合いが見られるでしょうが、医療分野は特に顕著になると考えられます。

「サイボーグ化」とおっしゃいましたが人間のデジタル化は1つの趨勢になることでしょう。例えば体内にチップを埋め込んで、自律神経を制御するという日が近づいています。仮想現実(VR)を活用して視力を高めたり、外部ストレージを利用した記憶力強化が行われたりするでしょう。

既にスマホは人間の一部となり、記憶力強化に役立っていると言えるかもしれません。それが今後、脳と直接つながるということになるかもしれません。たとえば脳にAIチップを埋め込んで、脳に新機能をアップロードすることが可能になるかもしれません。人間の生態と最新テクノロジーを同期させることで広がる可能性は無限大です。まさに人類の新たな進化が起こると言えるでしょう。

しかし一方で倫理的問題、個人データ活用、技術的問題など課題は山積みです。法整備も必要です。さまざまな立場の人を含めた詳細な議論が必要ですし、今後活発化していくことでしょう。

まとめ

  • 医療AI市場の規模は年々拡大しており、2021年まで複合年間成長率(CAGR)40%を達成する見込みである
  • AIによる医療診断の改善や治療の効率化によって、治療費を半分に削減できると期待されている
  • 医療分野では、医療診断、治療、病院管理、医薬品開発、オーダーメイド医療などでAIの活用が進展している
  • IoMT(Internet of Medical Things、医療機器のインターネット)というさまざまな医療機器やセンサーを接続したネットワークで膨大な患者データを収集し、活用することが始まっている
  • 老化対策では、介護用ロボットへのAI組み込み、MRTシステム、老化の進み具合を特定するバイオマーカーの開発、遺伝子治療などでAIの活用が進展している
  • 医療業界には既に大手テクノロジー企業が参入しており、さまざまな分野でAIが活用されてきているため、今後の業界再編成は必須である
  • 脳にAIチップを埋め込むなど人間の生態と最新テクノロジーを同期させることで広がる可能性は無限大だが、一方で倫理的問題をはじめとする課題が山積(さんせき)、さまざまな立場の人を含めた詳細な議論が必要とされている

いずみの目

今回解説したことは、AIによる医療と老化の改革に関するごく一部です。特にAIのユースケースと業界再編に関しては、領域が幅広すぎるため紙幅の関係で大幅に割愛しました。
さらに詳細な情報を知りたい方はグローバル最新AI事情コラム「【第3回】AIによる医療と老化の改革 」をご参照ください。

  • * この物語は、筆者の見解をもとに構成されています。
    日立システムズの公式見解を示すものではありません。
  • * 文章中に記載された社名および製品名は各社の商標または登録商標です。

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