2015年11月16日掲載
「安く・速く・良く」が現在のシステム導入・運用・保守に求められる必要条件であり、しかもその要求レベルは年々高くなっています。このような状況で注目が集まっている技術トレンドの1つがプライベートクラウドです。3回にわたって、プライベートクラウドの現状と導入の勘所を説明してきましたが、今回が最後となります。
(注)第15回の本文でも触れていますが、本稿における「プライベートクラウド」は、クラウドの構築だけではなく運用・保守も含めた広い意味で使用しています。
埼玉県にある従業員約280人のEMS(Electronics Manufacturing Service)企業、YMC電子工業(仮名、以下YMC)。同社の顧問ITコンサルタントである美咲いずみ(仮名)は、週はじめのシステム部門の定例ミーティングに参加した後、同社の山田昭(仮名)CIO兼システム部長の相談を受けるという形態のコンサルティングをしている。
今回の山田CIOの相談は、システムの運用・保守コストを削減しながら、新サービスの提供を早期化したいというものだ。それに対して、いずみは1つの選択肢としてプライベートクラウドを取り上げ、その現状と具体的な事例を説明してきた。そのうえで、さらに導入の留意点があるという。
留意点について話す前に小休憩となり、山田は会議室を出て行った。いずみは一人、今回のセッションの冒頭で山田が言った「5年後のITシステムってどうなっているんだろうなあ」という言葉を思い出していた。
(5年前にクラウドが企業でここまで使われるようになると想像していた人がいただろうか?)といずみは振り返る。
クラウドという言葉が日本で話題になったのは2009年頃からである。当時は、一時的な「流行り言葉」だろうという人も多かったように記憶している。しかし、クラウドという言葉はすっかり定着し、企業も当たり前のように検討するようになった。何よりもベンダー側が真剣に取り組むようになった。ベンダーとしては大きくビジネスモデルが変わる舵取りだったが、市場のニーズに対応しないと生き残れない。
とはいえ、2014年までに4分の3以上の企業がプライベートクラウドを展開するというアメリカの状況(※)に比較すると、日本は数年遅れているのも事実だ。
これは、日本のITシステム、特に基幹系は作り込みが大きく、移行性が低い傾向があるのと無関係ではないだろう。だが、経営陣のシステムに対する「安く・速く・良く」という要望が続く限り、共有化・共通化によるコストダウンをめざす流れ――所有から利用へ――は止まらないはずだ。
いったい5年後のITシステムはどうなっているのか。現時点で完全にイメージできる人はほとんどいないと思う。その中で、我々は最善を模索しながら進んでいかなければならない。
山田CIOが戻ってきた。熱いお茶を2杯、手に持っている。「今日は涼しいから、熱いのもどう?」といずみに手渡す。
いずみはお礼を言い、早速本題に入った。
「プライベートクラウド導入の検討時の留意点は大きく3つあると思います」
いずみはその3つをホワイトボードに個条書きする。
「順に説明してまいりますね。まずは、『初期検討は十分に』です」
「どういう観点があるんだい?」
「クラウド化は大きなトレンドのため、参入企業がたくさんあります。ここで問題ですが、クラウド提供企業のCSF(重要成功要因)は何でしょう?」
「おっ。クイズ形式か(笑)。さっきの話にもあったけど、どれだけスケールメリットによるコストダウンが図れるかじゃないかな?」
「さすがです。きちっと聞いてくださっていて、うれしく思います」
「いやいや、こちらこそ正解できてうれしいよ」
「さて、ということは、最終的に生き残れる業者は少ないということになります。実際、すでにアメリカなどでは淘汰に入っています」
SaaS(Software as a Service)のようにアプリケーションソフトウェアを提供しているベンダーならニッチな世界で生き残ることも可能かもしれないが、プライベートクラウドはそうはいかない。顧客数がそのまま強みとなる世界だ。
移行が容易なプライベートクラウドではあるが、一度システムを構築してしまうと、どうしてもチェンジコストが掛かる。そのため、できるだけ生き残れそうなベンダーを選ぶ必要がある。
「なるほど。どういうベンダーがいいのだろう?」
「ITの世界、新興ベンダーが5年もあれば急成長して、世界有数の企業になることも珍しくありません。逆のケースもあります。とはいえ、現時点での企業としての安定性は大きな要素になり得るでしょう」
いずみは続けて、以下のような選定ポイントを挙げた。
「最後の『契約パターンが柔軟である』というのは面白いね。どういうことだろう?」
「契約パターンがベンダーの選定ポイントになっている事例が意外と多いんです。たとえば、企業グループでのインフラ共有を目的にH社(仮名)のプライベートクラウドサービスを構築したとします。グループ企業のX社(仮名)がその上に独自のアプリケーションを搭載した場合、そのアプリケーションで障害が発生したら、X社はH社と直接連絡を取りたいと思うはずです」
しかし、その企業グループのホールディングス企業A社(仮名)と契約を結んでいたとしたら、通常はA社経由でのやり取りになる。そこで、基本契約はA社とH社で結ぶとしても、X社のアプリケーションについては直接H社とやり取りできるような契約にしたい。
「なるほど。YMCでもグループ企業はあるし、海外現地法人もある。それは重要なポイントだ」と山田は納得する。
「続いて、2番目の『課題は技術ではなく組織』です」
「技術的な課題はないのかな?」
「プライベートクラウドを採用する動機としては、1つは運用・保守コスト削減でしたが、もう1つは何だったでしょうか?」
「今日はクイズ攻めなのかな? 新サービス提供の早期化だ。こちらから相談したことだから、さすがに忘れていないよ」
「はい。だとすると、実績のあるパッケージソフトやSaaSを選択するわけですし、クラウドの技術基盤は仮想化で、これもすでに確立した技術です」
「そこに技術的な課題はない、ということだね」
「少なくとも、今となってはそうです。ですので、ITがボトルネックになってサービス提供が遅れるということは、プライベートクラウドを選択した時点で、まずなくなります。しかし、組織や人の問題、あるいは業務プロセスの問題は残りますよね」
「うーん」山田は目を閉じて、指で目頭を押さえた。さまざまなつらい思い出がよみがえってきているのだろう。
「ですので、“Small Start, Quick Win.”とよく言いますが、小さく始めて早く実績を出すことで、ユーザー部門の協力を得られるようにすることが大切です。初期には専任の要員を用意して徹底的にサポートすることも必要でしょう」
「なるほど。この前のスマートデバイスの導入と同じように進めるということだね」
山田の的を射た言葉に、いずみは顔をほころばせた。
「よし。最後の『ハイブリッドクラウドも考慮した設計』も説明してください」
「これは今後のトレンドの話になります。クラウド導入の進展を見ていますと、日本はアメリカより2、3年遅れている感じです。つまりアメリカの動向が参考になるわけですが、今アメリカではプライベートクラウドの展開は一息ついて、先進的な企業はハイブリッドクラウド化しつつある状況です」
「ハイブリッドクラウドって?」
「はい。プライベートクラウドとパブリッククラウドを共存させて、用途によって使い分けるものです」
いずみによると、いくつかの形態があるという。
「パブリッククラウドの多くは従量課金ですが、プライベートクラウドは上限リソース量に応じた定額制なので、うまく組み合わせることで固定費の削減につながるんです」
「なるほど」
「ですので、いきなりとは言いませんが、将来的にはハイブリットクラウドも考慮した導入設計・運用設計をする必要もあるかと思います」
「しかし、今はいろいろと選択肢があるんだなあ。経営陣の要求は理に適ってはいるが、とても応えきれないとちょっとブルーになっていたんだ。おかげでかなり気が晴れたよ」
山田の顔つきが見違えるように意欲に満ちたものになったのを見て、いずみは本当に良かったと思うのであった。
まとめ
いずみの目
成長期にあり、本格的なIT導入を検討している企業にとっては、ITへの設備投資は悩みの種。あるいはすでに設備投資は一段落ついているが、事業継続性向上のために設備を二重化したいという企業も多いと思います。これらの企業にとって、プライベートクラウドの普及は朗報といえます。
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