2016年10月17日掲載
「持たざる経営」―、1990年代半ばからある言葉ですが、最近また見直されてきています。特にIT分野では、クラウドの進展とクラウドベースの運用アウトソーシングが登場したため、情報システムを「持たない」経営は、現実的なものとなりつつあります。
今回は「持たざる経営」とは何か、どのような課題があり、どうすれば解決できるのかを解説します。
東京都港区にあるソフトハウス・スマイルソフト(仮名)は、IPO準備中の成長企業だ。ITコンサルタント・美咲いずみ(仮名)は、顧問先のYMC電子工業(仮名)の山田昭(仮名)CIOの紹介で、スマイルソフトのスポット・コンサルティングを実施した。
そのときのコンサルティングが気に入られて、スマイルソフトの神谷隆介(仮名)社長から、月1回の頻度で経営のためのIT活用の相談を受けることになった。
相談したいテーマは神谷社長から事前に送ることになっている。今回は「持たざる経営とそれを実現するためのIT戦略」というものだった。
スマイルソフトには社長室がない。社員の専用机もない。決まった座席はなく、みなその日の気分や業務内容によって好きな場所で仕事をしている。それは社長も例外ではない。
会議室もガラス張り。外からよく見える“オープン”な会議室で、いずみは神谷社長と対峙している。
「今回、『持たざる経営』とIT戦略というテーマでいろいろ教えていただきたいと考えた理由は、当社を少ない経営資源で高収益体質の企業にしたいと考えているからです」と神谷が切りだす。
「たしかに『持たざる経営』を実践している企業には高収益な会社が多いのは事実ですね。ちなみに神谷さんは、『持たざる経営』という言葉がいつ頃からあるか、ご存知ですか?」
「1990年代からでは?」
「おっしゃるとおりです」
いずみが続ける。「90年代までは多角化経営がもてはやされていました。企業規模を大きくすることで有利な調達、つまり安い仕入れができますし、企業グループが巨大なことが、そのままブランディングにもなりました」
だが、右肩上がりの成長の時代が終わり、気がつくと不採算事業が目立つようになり、反動としてリストラの時代がやってきた。
しかし、縮小ばかりの守りの経営では将来はない。そこで、自社の独自の強み(コアコンピタンス)に経営リソースを集中する「コアコンピタンス経営」が言われるようになった。
コアコンピタンス経営は、1994年にロンドン・ビジネス・スクールのゲリー・ハメル教授とミシガン大学のC・K・プラハラード教授が提唱したもの。
これは、トヨタやソニー、フェデラルエクスプレス(フェデックス)などの企業が、なぜ世界的な成功企業になれたのかを分析した結果、生まれたものである。
例えば、トヨタは「トヨタ生産方式」、ソニーは「小型技術」、そしてフェデックスは「物流管理システム」がコアコンピタンスである。
「持たざる経営」は「コアコンピタンス経営」をさらに推し進めたものだと言える。
例えば、商品開発力・販売力が自社のコアコンピタンスだと考える製造業が、工場を持たず(ファブレス)、さらに間接部門をもアウトソーシングする例が、早くも90年代に登場した。
「とはいえ、極端な『持たざる経営』はなかなかうまくいかず、失敗する事例も出てきました。現在では、人材開発や採用はやはり自社でやろうとか、最終的な組み立て製造の拠点は自社で持とうという、バランスの良い『持たざる経営』になってきています」といずみは説明する。
「収益を生まない部門をアウトソーシングすることで、利益を最大化する――ある意味理想だと思います。何が問題だったのですか?」と神谷社長は尋ねた。
「コアコンピタンスに集中して、収益を生まない分野や苦手な分野はアウトソーシングすればいい――言うのは簡単ですが、実践するのは難しいことだったのです」
そして、ホワイトボードに「『持たざる経営』の3つの課題」というタイトルで箇条書きをした。
「順に説明してまいりましょう」
図1(1)の「社内スキルの蓄積が難しい」とはどういうことか?
これは製造業やソフトウェア開発業などが、製造を外部委託した際に起こりがちだという。
「そもそも外注管理って難しいですよね?」
「そうですね。当社でもソフト開発の一部を外注していますが、『社員だけで開発をしていた時代と比べて進捗管理と品質管理が難しくなった』と嘆く社員が多いですね。
社内だとツーカーなので指示も曖昧でいいことが多いのですが、外部委託するとなるとそうはいきません。厳密な仕様書が必要ですし、検収条件なども明確にしないとトラブルの元です」
「御社の場合は社員も開発をされていますが、仮に設計と検収だけを社内でやるようにしたらどうなるでしょうか?」
「うーん。だんだん開発技術力がなくなるのでは?」
「工場をなくした製造業の多くが、その問題を抱えてしまいました。技術の世界は日進月歩ですから、社内に現場の技術者がいないと、だんだん先端技術についていけなくなります」
「そうなると外注管理はますます難しくなりますね。技術的なことが分からないと、外注先に納期も価格もコントロールされることになりますから、外注したほうが高くつくことになってしまいそうです」
「はい、なので、ファブレスで成功している企業は、高い技術力を維持するための工夫をしていますし、もう1つは卓越した外注管理能力を持っています。『持たざる経営』を実現するためには、この2つは欠かせません」
図1(2)の「ライバル企業を育ててしまう」というのはどういうことだろうか?
例えば、IBMはPC事業を始めるにあたって、自社のコアコンピタンスはビジネス向け大型コンピューターの製造・販売にあり、当時はまだホビーユースが主だったPCは自社のコアコンピタンスにはなり得ないと思った。
そこで、CPU(中央処理装置)はインテルから、OSはマイクロソフトから買うことに決めたが、その後インテルもマイクロソフトもIBMの巨大なライバルになってしまった。
コアコンピタンス経営の代表企業の1つ、PCメーカーのデルも同じような経験をしている。
デルの大きな委託先にASUSがある。最初は回路基板の製造委託だけだった。以後ASUSからの提案で、PC本体の組み立て、回路基板の設計、マザーボードの設計、PC本体の設計と次第に委託範囲が広がっていった。
デルは同社のコアコンピタンスを「商品企画力と短納期配送」と考えていたので、次々と身軽になることで収益性が高まり、満足していた。しかし、気がつけばASUSはPC市場でデルの強力なライバルになっていたのだ。
「コアコンピタンスを定義する際には、未来の市場をイメージしなければなりません。コアコンピタンスを現在の市場に限定して考えてしまうと、IBMやデルと同様の失敗をしてしまうことになります」といずみは力説した。
最後に「人材が流出してしまう」について見ていこう。
「これは、むしろ『持たざる経営』に成功した会社が陥りやすい罠です」といずみは言う。
先に、高い技術力の維持と外注管理能力が「持たざる経営」の重要成功要因だと述べた。つまり、「持たざる経営」に成功すると、このような能力を持つ人材が多数いる会社になるわけである。
そのようなノウハウを持った人材が会社に不満を持ったとしたらどうなるだろう。
少ないリソースでビジネスを成功させることができるのだから、起業を考える者が出てくるだろう。起業にリスクがあると考える人は、より高給を求めて転職するだろう。
「ですから、『持たざる経営』で高収益を上げている企業は、それを社員への報酬や福利厚生に還元することが多いのです。あるいは、待遇よりも風通しのいい自由な社風で、人材をつなぎとめる会社もあります。
シリコンバレーなどでは1on1ミーティングという、上司が部下の問題解決を図る仕組みを採用していますが、これは上司・部下間の信頼関係を強固にすることで人材流出を抑えることが狙いです」
「なるほど。どの課題も最終的には『人』なんですね。高いスキルを持つ人材を育てる環境が必要だし、育った人が流出しない仕組みも必要だ。そのうえ、コアコンピタンスを読み間違えない経営者も必要ということだ」
「ご明察です」。いずみはほほえみ、言葉を続けた。
「このように、なかなか難しい『持たざる経営』ですが、ことITに関しては、どの企業でも現実的な選択肢となってきました」
「クラウドの進展が理由ですね」
「はい。ちょっと休憩して、次はクラウドについて話を進めましょう」
まとめ
いずみの目
1990年代と比較すると、余計なものを持つ余裕は少なくなっています。つまり「持たざる経営」は今こそ必要なことであり、最近また話題になっているのも時代の要請なのかもしれません。
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