2017年2月13日掲載
従来のロボット工学より広い概念である「ロボティクス」という言葉が注目を集めています。ここ数年で急激に製品やサービスが充実したため、全体像が見えにくくなっている方も多いのではないでしょうか。前回から3回にわたって、ロボティクスの有望な3分野について解説しながら、全体像を描いています。
ITコンサルタントの美咲いずみ(仮名)は、東京都港区にあるスマイルソフト(仮名)の神谷隆介(仮名)社長から、月1回の頻度で、経営のためのIT活用の相談を受けている。スマイルソフトは、中堅企業向けのCRM(顧客管理システム)パッケージソフトKIZUNA(仮称)の開発・販売で急成長した、IPO準備中の新進企業だ。
相談したいテーマは神谷社長から事前に送ることになっている。今回は「ロボティクスとビジネスへの応用」という、少し抽象的なものだった。ロボティクスとは、従来のロボット製造に重点を置いたロボット工学だけにとらわれず、産業以外への応用面などを含めたロボット全般に関する科学研究を総称したものである。背景にはロボットの応用範囲が急激に広がってきたことがある。
いずみは、ロボティクスに関して現時点で将来有望な分野が3つあるという。パーソナルロボット(コミュニケーション型ロボット)、ドローン、それとパワーアシストスーツ(装着型ロボット)だ。今から、ドローンに関する解説が始まる。
「ドローン(drone)とは、元々ミツバチの羽音のことで、それが転じて雄ミツバチの意味になったと言われています。私たちが今話題にしているドローンも飛行音がハチの羽音に似ているからそういう名前がついたというのが通説です」といずみが切り出した。
「僕は音楽をやっていたのだけど、音楽用語にもドローンってありますね。バグパイプの音のように、ハーモニーとは関係なくずっと続く同じ高さの音のことを言います。これもハチの羽音に似ているからだそうです。
ところで、ドローンと無線操縦のヘリコプターの違いは何なのでしょうか?」
「元々ドローンは、軍事用に開発されたロボットのうち、小型の無人航空機のことなんです。歴史は意外と古く、第二次世界大戦のときに既に開発されています。その後、民間用の商品も出て現在に至っています。
質問へお答えしますと、無人航空機という意味では、無線操縦のヘリコプターもドローンの一種と言えますね。農薬散布のように産業用にも利用されますし、軍事用にも使われることがありますから。
ただ、私たちが現在『ドローン』と呼ぶ場合、GPSなどを利用した自動飛行が可能なものを指すことが多いようです。自動飛行できるから、人が入っていけないような場所での撮影などにも使うことができるわけです」
「なるほど」
「ところで、ドローン市場というのはどのぐらいの規模があって、将来はどのぐらいになると予測されているのでしょうか?」と神谷社長。
「まず、現時点での市場規模ですが、矢野経済研究所が2016年8月に2015年の分を調べたものを公開しています。それによると、操縦のすべてを人手に頼る無線操縦を除いたうえで、軍事用と民間用すべてを合わせると1兆2,410億円でした。また、年平均成長率は12.9%で推移し、2020年には2兆2,814億円となると予測しています」
「民間に限ると、どうなんですか?」
「2015年は4,053億円でしたが、2020年には約9,000億円になるだろうということです。軍事用と民間用を比べると、民間用の伸び率の高いと考えられています」
「国内は?」
「国内については、シード・プランニングが2016年5月に産業用に限ってですが、調査結果を発表しています。それによると、2015年には38億円でしたが、2020年にはその約16.7倍の634億円、2024年には2,270億円になるとのことです」
「金額的にはパーソナルロボットにおよびませんが、成長率で考えるとそれ以上ですね」
「はい。法令や環境の整備が前提ですが、ドローンによる物流が一般的になれば、かなり増えるでしょうね」
「産業用だけでなく、個人向けのドローンの話題も最近よく見かけますね」
「セルフィードローンですね。小型の自撮り用のドローンで、世界的に見るとかなり売れています。DOBBYが有名ですが、Cleoというのが発売されました。DOBBYが199gでこれでも十分軽いのですが、Cleoはなんと65gなんだそうです!」
「ところで、現時点でのドローンの活用事例はどういうものがあるのでしょうか? テレビを見ていると、人の出入りが禁止されている自然遺産の中を空撮するなどということをよくやっているみたいですが」
「あれは見ていて楽しいですよね。あのような人が入れないような場所での活用事例が多いようです。例えば設備点検。通信ケーブルや電線などは高いところを通っていて、人が近づくのは危険を伴います。そこでドローンを飛ばして映像を撮影して無線で送って、地上のモニターで確認するという事例が出てきています。災害被災地の状況確認なども同様の例ですね。面白い例としては、魚群探知機を載せたドローンで魚群探索をする例も出てきています。従来は船に魚群探知機を載せて探索していましたが、燃料費が結構かかっていたんですね。ドローンに置き換えることで燃料費が節約できますし、スピードも出るのでより早く魚群探索ができるようになります」
「物流の事例はありますか?」
「倉庫での活用例としては、資材や商品にICタグを取り付けて、ドローンを飛ばせて読み取らせて、在庫点数と保存場所を自動把握するという事例があります。千代田化工建設株式会社がプラントの資材管理に活用して、人手が1/3になったそうです。
一方、実際にモノを運ぶという意味ではこれからですが、救命医療の分野では、「救急の日」の2015年9月9日に国際医療福祉専門学校・ドローン有効活用研究所が中心となって、Project Hecatoncheir(プロジェクトヘカトンケイル、百腕巨人プロジェクト、EDAC=一般社団法人 救急医療・災害対応無人機等自動支援システム活用推進協議会が推進)を立ち上げました。これは災害現場・事故現場などに一秒でも早く医療機器を届けようというもので、スタートから2年以内の実用化に向けてさまざまな実証実験を行っています」
「それは素晴らしい取り組みですね。ところで、法整備とか環境整備に関係する話ですと、政府主導の取り組みもあると思うのですが、どうなんですか?」
「ドローンに特化した取り組みではありませんが、2015年11月に国交省から概念が発表され、2016年4月から運用が始まった“i-Construction”が有名です」
i-Constructionとは、「『ICT の全面的な活用(ICT 土工)』等の施策を建設現場に導入することによって、建設生産システム全体の生産性向上を図り、もっと魅力ある建設現場を目指す」(国土交通省ホームページより)国土交通省が主導する取り組みである。i-Constructionを進めるための基本方針や推進方策等を検討するために国土交通省が設置したi-Construction委員会がまとめた 「i-Construction ~建設現場の生産性革命~ 」によれば、「i-Constructionの目指すべきもの」 は以下の9つだという。
ここでは詳細に踏み込まないが、9については補足が必要だろう。これはi-Constructionによって建設現場が魅力的に変わっていくことを広く周知し、多くの人に建設業界を目指してもらい、その結果効率的にインフラが整備・維持管理できることや地方創生につなげていこうとする取り組みである。
同じ資料には、ドローンについて言及された箇所が6か所ある。以下に引用する。
UAVとは、Unmanned Aerial Vehicle(無人航空機)のこと。GNSSローバーとは、「衛星測位システム(GNSS)を利用し、工事現場等において、移動しながら、リアルタイムで正確な位置を計測するための装置一式の名称」(「i-Construction ~建設現場の生産性革命~」より)である。
「要するに、建設現場の生産性を高めるためには3次元CADを全面的に活用することが必要ですが、その元となる測量データをドローンで収集する。ただドローンだけにこだわるのではなく、それ以外にも出てくるであろう新しい技術にも対応できる基準を整備する。また、ドローンも含めたトータルなICT技術を使いこなせて現場もマネジメントできる人材を育成する。さらにi-Constructionで得たノウハウは他の生産分野とも共有していく――といったことを国土交通省が推進しているということです」といずみはまとめた。
「ドローンに特化した取り組みではないが、ドローンはかなり大きな役割を担っていると考えていいのでしょうか?」
「はい。私もそう思います。i-Constructionで得たノウハウが、ドローンを産業利用するうえでの法整備や環境整備につながっていくことを期待しています」
「法整備はどのぐらいまで進んでいるのでしょうか?」と神谷社長が尋ねる。
「2015年に航空法の一部を改正する法律によって、無人飛行機に関する基本的なルールが定められました」
この法律によると、無人航空機とは「人が乗ることができない飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船であって、遠隔操作または自動操縦により飛行させることができるもの」と定義されている。この法律に伴い、国土交通省航空局が発行した 「無人航空機(ドローン、ラジコン機等)の安全な飛行のためのガイドライン 」 によれば、具体的には「いわゆるドローン(マルチコプター)、ラジコン機、農薬散布用 ヘリコプター等が該当」するという。
具体的な規定は以下のとおり。
(1)飛行の禁止空域
(A)地表または水面から150m以上の高さ
(B)空港周辺
(C)人口集中地区の上空
(2)飛行の方法
そのほかに、前述のガイドラインには31項目にわたる注意事項がある。
「なるほど。この法律によれば、一般の住宅に荷物を送るというようなことは、ほとんどできないということですね」
「はい。禁止空域でも国交省に申請して飛行許可を取得すれば飛行させることはできますが、そのつど申請が必要ですし、機体の種類やその機体での飛行経験時間が一定の基準を満たしている必要があります。ですので、物流においては今のところ倉庫内でドローンを飛ばすぐらいの使い方が主になります」
「例えば、地形調査のために空撮をするようなことだったら、比較的簡単に、誰でもできるのでしょうか?」と神谷社長。
「やはりある程度の機体への習熟が必要ですし、またドローンの購入も必要になります。ドローン単体の価格はそれほど高くありませんが、用途に応じてそれに向く機体がありますので、それらをすべて取りそろえるのは大変です。
また、それ以外にも、撮影データから3次元画像を作り出すデータ加工や、データ解析、データの世代管理などのデータ取り扱い技術の習得が必要です。技術習得ができても、大量の空撮データから3次元データを作成するのには通常のコンピュータでは1日以上かかります。もっと短時間でデータが欲しい場合には、ハードウェア投資も必要になります。もちろん専用のソフトウェアも必要です」
「なるほど。単に『空撮』と言っても、目的達成に役立てるためにはさまざまなハードルがあるということですね」
「はい。それと先ほどのガイドラインには、『補助者に周囲の監視等してもらいながら飛行させることは、安全確保のうえで有効』とあります。あくまで推奨事項ですが、企業が空撮をする場合には、万が一の事故を未然に防ぐための必須事項と言えるでしょう」
「なるほど。外部の専門企業を活用するほうが、コストや安全面でうまくいきそうですね」
「はい。既に一部のシステムインテグレーターなどが、ドローンの貸し出しと操縦、禁止空域の許可申請、データ加工・解析・管理といった一連の業務をワンストップで提供するサービスを始めています」
「なるほど。当社でもワンストップとまではいかなくても、データの取り扱いに特化したサービスができるかもしれないなあ」
神谷社長の頭の中には、将来のビジネスのヒントが生まれたようだ。
まとめ
日立システムズは、システムのコンサルティングから構築、導入、運用、そして保守まで、ITライフサイクルの全領域をカバーした真のワンストップサービスを提供します。