2016年8月22日掲載
成長著しい新興企業が、資金調達やブランディングのために実施するIPO(Initial Public Offering)。IPOにはどのようなタスクが必要であり、その実現のために優先的に導入すべきシステムにはどのようなものがあるのでしょうか? 今回は会計システムについて考えていきます。
埼玉県にあるYMC電子工業の顧問ITコンサルタント・美咲いずみは、同社の山田昭(仮名)CIOの紹介で、東京都港区にあるスマイルソフト(仮名)を訪れていた。
スマイルソフトは、中堅企業向けのCRM(顧客管理システム)パッケージソフトKIZUNA(仮称)で成長したソフトハウスで、ここ数年間は前年度比150%の急成長を続けている。
いずみは、同社の神谷隆介(仮名)社長から、数年以内に東証マザーズへの上場を実現するにはITシステムをどうすればいいかということを相談されて、ソフトウェアとしては会計、業務としては内部統制が大変であることを説明。
休憩を挟んで、まずは会計ソフトに関するレクチャーが始まるところだ。
レクチャーは、いずみの質問から始まった。「ところで神谷社長は、会計は得意ですか?」
「それがお恥ずかしいことに、財務諸表がどうも苦手でして。起業した当初は帳簿を税理士任せにしていましたし、今も経理部に一任しています。これからIPOをしようという会社の社長としては失格でしょうか?」
「実務的な観点でいえば、財務諸表を読めなくても経営はできると思います。私のコンサルティングの師匠である亀田金太郎が、経営者相手に財務や資金調達に関するセミナーの講師をよく頼まれるのですが、参加している経営者の中で財務諸表が読める人はいつも1割未満です」
「それを聞いて安心しました」
「ですが、IPOをするのであれば、読めるようになったほうがいいですね」
「それはなぜですか?」
「その質問にお答えする前に、こちらから質問させてください。神谷社長は、財務会計と管理会計の違いをご存知ですか?」
「それも分かるようで、よく分かっていません。何となく、財務会計は財務諸表を作るためにあり、管理会計は部門ごとの売り上げや利益を管理するものというイメージです」
「基本的な理解としては間違っていませんよ。ただ、もやもやしていることがおありのようですね」
「そうなんです。財務会計の流れは、取り引きが発生するごとに伝票をつけて、その蓄積を年に1回集計するということですよね?」
「はい。大ざっぱにいえば、おっしゃるとおりです。その集計を年次決算といいます」
「ということは、伝票という基本データがあるわけですから、財務会計をやっていれば管理会計もできるのではないか、もっといえば、例えば財務会計を部門単位や月単位でやれば、それが管理会計になるのではないかと思うんです」
「つまり、管理会計は財務会計の一部で、データの集計の仕方を変えればできてしまうというお考えなんですね」
「そうなんです。だとしたら、なぜ財務会計と管理会計というふうに大きく2つに分けるのか、どちらも会計のひと言で済むように思うんですよ」
「なるほど。何に引っ掛かっているかよく分かりました。実は、多くの方がそこに引っ掛かりを感じられるようです。では、まず財務会計と管理会計の違いをはっきりさせましょう」
いずみは、ホワイトボードに「財務会計と管理会計の違い」という簡単な表を書き、以下のような説明をした。
大前提として、財務会計と管理会計は用途が違う。財務会計は企業の経営状態を社外ステークホルダー、すなわち株主や金融機関、投資家あるいは税務署に説明するためのものである。一方、管理会計は経営者や管理職が社内の業績管理をするために使うものだ。
そのため形式も違ってくる。財務会計は社外の誰もが理解できることを要請されるため決まったルール(企業会計基準委員会の定めるルール、グローバル化に伴い国際財務報告基準(IFRS)に準拠する会社も増えてきた)に基づいて記載する必要がある。管理会計は内部管理用なので、独自の使いやすい形式で構わない。
財務関係は原則として年単位に全社(連結決算なら全グループ)で集計するが、管理会計は管理したいスパンで事業部・部門あるいはプロジェクト単位で集計する。
「こうして比較すると違いがよく分かります。そうすると月次決算とか、中には日次決算までやっている会社がありますよね。これは決算というから財務会計だと思っていたが、実は管理会計なんですね」
「はい。月次決算や日次決算は伝票をほぼリアルタイムに入力していれば、財務会計と同じデータでできますが、例えば出張精算などは出張が終わってからするのが普通ですから、どうしても不正確になります。そういう不正確さがある程度許容されることと、問題の早期発見つまり管理が目的ですから、管理会計の一種と考えるのが妥当でしょう」
「それは分かりましたが、財務会計のデータでできないことも多分あるのでしょう。具体的にどういうものですか?」
「この表にも出ていますが、プロジェクトの会計データが最たるものです」
「それは、例えばプロジェクトの管理番号を伝票の摘要欄に記載するということで、財務会計のデータとして蓄積できるのでは?」
いずみは首を横に振った。「御社はソフトウェア開発をされていますから、プロジェクト会計を実施されていると思います。それを例に考えてみましょう」
「特に管理ソフトがあるわけではなく、表計算ソフトの表に、各要員がプロジェクトのために使った経費や労働時間を入れてもらって、それを毎月集計しているだけですが……」
「それでも管理会計をされているといえます。それによって毎月のプロジェクトごとのコストが把握できていますよね?」
「はい。そこは間違いなく」
「そのコストの月単位の推移を財務会計のデータで把握できますか?」
神谷はしばらく考えてから、こう答えた。「できません」
「なぜですか?」
「プロジェクトにかかった人件費は、売り上げが発生したあとに製造原価に振り替えるからです」(注:年度をまたがるプロジェクトの場合は、その期までにプロジェクトにかかった人件費を期末に「仕掛品」として計上する)
「ご明察です。財務会計では、プロジェクト進行中には人的コストが発生しないように見えてしまうのです。これではプロジェクト管理はできませんよね?」
「なるほど。すっきりしました」
神谷社長が続ける。「ということは、やはり管理会計ソフトは財務会計ソフトとは別に用意したほうがいいということですね」
「御社のような、プロジェクト単位での原価管理が日常的な業態では、特に必要だと思います。もちろんExcelで入力して集計ソフトを自作してもいいのですが、それには1つ問題点があります」
「二重入力ですね?」
「さすがです。例えば入力はできるだけ管理会計からにして、そのデータを財務会計のデータベースに取り込むという形にしたいところです。そういう連携ができるかどうかが管理会計ソフトを選定する1つの大きなポイントになります。もう1つ、業界の商慣習に合っているかどうかは、さらに重要です」
いずみは「建設業界で実際にあった話ですが……」と前置きして、次のような話をした。ある建設会社がIPOを計画し、公認会計士事務所にコンサルティングを依頼した。その際に言われるがまま導入した会計ソフトが使いものにならずに、公開が遅れた。理由は、いったん工事が完了して請求を発生させないと追加工事ができない仕様になっていたからだ。建設業界の慣習では、工事完了前に追加工事が発生するのは普通である。しかし公認会計士的な観点だとイレギュラーな処理となる(もちろん法律違反ではない)。
「これは、我々の業界でいう仕様変更による追加費用発生と一緒ですね。それが処理できないと困るな。他にも、発注書をもらうまではプロジェクトを開始できないとなると、実務上困ってしまう」
「望ましい商慣習とはいえないかもしれませんが、受注製造産業ではよくあることです。しかし海外製のソフトや他業界向けだと対応していないものもあります。そのあたりは注意して、自社の業務で使いものになるソフトウェアを選ばなければいけません」
「少し頭が疲れました。ちょっとコーヒーブレイクをしてから、内部統制の話をお願いします」
「その前に、先ほどの答えは大丈夫ですか?」
「IPOをした会社の社長が、財務諸表が読めたほうがいいのはなぜか、ですよね? それは分かりました。株主総会で株主に説明しないといけないからですよね? 質問もされるかもしれないし」
「ご明察です」といずみはにっこりと笑った。
まとめ
いずみの目
財務会計と管理会計の二重入力をできるだけ避けたいという点では統合パッケージがお薦めです。また、日本の商慣習に適合させるという意味では、国産のパッケージがやはり優れています。その両方を兼ね備えたソフトウェアパッケージの導入事例をご紹介しましょう。
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