2020年1月20日掲載
2018年から、実業務への応用事例が急速に増え、普及期に入ったと言われているAI(人工知能)。経済学者たちはAIが、2030年までに世界全体のGDPを15兆ドル以上増加させると予測しています。これから取り組む企業も多いと考え、本コラムでは産業界におけるAI有識者として知られているマーク・ミネビッチ氏の見識に基づいて、世界のAI最新事情を6回にわたってお伝えします。今回は、製造業でAIがどのように使われているか、今後どうなるかについて解説します。
美咲いずみは、29歳とまだ若いが、既にいくつかの顧問先を持つフリーランスのITコンサルタントだ。仕事がら最新ITの情報収集は欠かせない。
今日も、知る人ぞ知る世界的なAI有識者であるマーク・ミネビッチ氏(以下、マーク)の講演会に参加し、講演後の別室で質疑応答が行われると聞いて駆けつけたのであった。
前回の「高齢化社会におけるAI」に関する質疑応答に引き続き、今回も質疑応答の模様をマークといずみの対話形式でお届けする。
いずみ:続いて、IoT活用などAIと関連の深そうな製造業について教えてください。
マーク:製造業では長年、自動化・ロボティクス・データ分析に取り組んできました。したがってAI活用もかなり進んできています。
いずみ:市場性はどうでしょう。
マーク:さまざまな報告によれば、製造業におけるAI市場は、2019年は10億ドルですが、2025年には172億ドルないし185億ドルにまで成長すると見込まれています。172億ドルとしてこの期間の年間平均成長率は49.5%になります。
いずみ:年49.5%! すごい!
マーク:IoTやAIなどを活用した「スマートマニュファクチャリング」に関する数字はもっとすごいですよ。TrendForceによれば、2020年には3020億ドルを超える市場になるとのことです。世界全体では今後10年間で153兆ドルを超える予算がこうしたインフラに費やされると見込まれています。
また産業用ロボットは、2015年には全世界で160万台に過ぎませんでした。しかし2019年末には260万台まで増加していることでしょう。2025年には240億ドルの市場に成長すると予測されています。
産業用ロボットの増加により、3000万~6000万人の常勤労働者が機械に置き換えられる可能性があります。産業ロボットの導入に力を入れている日本、中国、韓国、米国、ドイツなどの国々では最大で3分の1の人件費を節約できるでしょう。
いずみ:製造業ではどのような用途に使われることが多いのでしょうか。
マーク:製造業者に対して行ったアンケートがあります。多い用途が10個ほど上がっていましたが、まとめると予知保全、運用・流通の最適化、予測・分析、新しい傾向・異常の発見などが主な用途と言えます。
回答が多かった順に5つ挙げると以下のとおりでした。
3について補足します。これはAIが、場所、社会経済的要因、マクロ経済学的要因、気象パターン、政治的立場、消費者行動などを結びつけるパターンを探すことで市場の需要を推定するものです。これを活用することで、人員配置、在庫管理、エネルギー消費量および原材料の投入量などが最適化できます。製造業者にとってきわめて貴重な知見であることは言うまでもありません。
いずみ:製造業らしい事例を教えてください。
マーク:数年前までは自律走行車や予知保全などの事例が目立っていましたが、昨年あたりから、ありとあらゆる分野での事例が出てきています。その中であえて製造業らしいといえば、スマートファクトリーでしょうか。
スマートファクトリーは、サプライチェーン、設計部門、生産ライン、品質管理などからネットワーク経由で送られてくるデータを関連づけて統合し、その統合データで設備を駆動するインテリジェントな工場です。
これも数年前までは、実証実験レベルの事例が多かったのですが、既に運用段階に入った企業が増えてきています。
例えば、P&Gは、世界中の130の工場でスマートファクトリー技術を使用しており、20%のダウンタイム削減を実現しました。
GEは、一部の工場で顧客からの注文データを取り込むソフトウェアを使用しています。取り込まれたデータは設計チームに送られて、そこで3D印刷技術で新しい部品を作ります。以前は部品ができるまで数日から数週間のリードタイムでしたが、今では数時間です。
キスチョコで有名なハーシーは、機械学習を通してロボットにトゥイズラー(リコリス)*1の作り方を教えました。理想的な重さのトゥイズラーを作るために1日に約240回の調整を行うように機械に学習させています。
*1:欧米でポピュラーなねじった棒形状のグミタイプキャンディ
いずみ:自律走行車についてはどうでしょう。個人的に興味があるのですが。
マーク:技術的な進展は飛躍的なのですが、相変わらず法律と倫理の問題が普及への足かせになっています。たとえばAIが起こした事故は誰の責任になるのか、事故が回避できないときに運転者と相手のどちらを優先して守るのかなどの問題です。
今後発展が見込まれる分野は、自動支払いですね。センサーと決済アプリを組み合わせて、運転者がルートで行った購入について支払いを自動化するしくみです。金融機関も、こうした支払を銀行口座で行えるように、銀行サービスと自動運転車の統合に取り組んでいます。
いずみ:製造業におけるAI普及の課題は何でしょうか。
マーク:多数の事例が出てきていますが、AIベースの技術導入に消極的な製造業者が、まだまだ多いようです。特に中小製造業には、AIを扱える人財の確保や、コストの問題など導入のための障壁がありますが、競争に勝ち、生き残るためにも積極的にAIを活用していってほしいと考えます。
いずみ:製造業ならではの可能性はありますか。
マーク:長期的に見ると、設計と製造のプロセス全体をデジタル化して連動し、高度な自動化を適用していくことで興味深い可能性が開けてくるかもしれません。既に設計データと3Dプリンタの連携が行われていますが、こういったことを突き進めて「ものづくり改革」につなげていくということです。
先ほども申しましたように、製造業では長年自動化やデータ分析に取り組んできたので、AI技術の活用は「革命」というより「改善」にしか見えないかもしれません。しかし着実に改善を積み重ねていくことで、大きな変化が期待できます。地道な取り組みが製造業においては大切なのです。
まとめ
いずみの目
今回解説したことは、製造業でのAI活用に関するごく一部です。製造業は分野が幅広いため、トレンドも事例も多岐にわたります。
さらに詳細な情報を知りたい方はグローバル最新AI事情コラム「【第4回】製造部門におけるAIの概要レポート 」をご参照ください。
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