2020年2月17日掲載
2018年から、実業務への応用事例が急速に増え、普及期に入ったと言われているAI(人工知能)。経済学者たちはAIが、2030年までに世界全体のGDPを15兆ドル以上増加させると予測しています。これから取り組む企業も多いと考え、本コラムでは産業界におけるAI有識者として知られているマーク・ミネビッチ氏の見識に基づいて、世界のAI最新事情を6回にわたってお伝えします。今回は、AIが金融業界に与える影響について解説します。
美咲いずみは、29歳とまだ若いが、既にいくつかの顧問先を持つフリーランスのITコンサルタントだ。仕事がら最新ITの情報収集は欠かせない。
今日も、知る人ぞ知る世界的なAI有識者であるマーク・ミネビッチ氏の講演会に参加し、講演後の別室で質疑応答が行われると聞いて駆けつけたのであった。
前回の「製造業におけるAI」に関する質疑応答に引き続き、今回も質疑応答の模様をマーク氏といずみの対話形式でお届けする。
いずみ: 金融業界でもAIの活用はかなり進んでいると思うのですが。
マーク:おっしゃるとおりです。例えばAIは、フルタイム社員1億4,000万人分の仕事を置き換える可能性があると言われていますが、米国の調査会社Allied Market Analyticsのアナリストたちは、銀行業界のAIによるコスト削減額は2030年までに1兆ドルになると見込んでいます。有名な事例ですが、ゴールドマン・サックスでは2000年に600人以上在籍していたトレーダーが、現在ではわずか2人となっています。
保険業界でも、経営幹部の約75%が、今後数年のうちにAIによって業界全体に大きな変革が起こるだろうと考えています。例えばマッキンゼーは、2030年までに自動車保険や生命保険の保険料が、被保険者が普段通行する道路などの要素に基づいて変動するようになると予測しています。アクセンチュアの調査によると顧客の74%は、こうしたテクノロジーによる保険業界の変革を歓迎し、AIが保険に関するアドバイスをするシステムを高く評価しています。
いずみ:具体的には、どのような活用例があるのでしょうか。
マーク:顧客との接点ではチャットボットや音声案内の活用が進んでいます。カスタマーサービスをできるだけ自動化することで、カスタマーサービスのコスト削減と顧客対応の満足度向上の両方を狙っています。
融資事務などのミドルオフィス業務では、不正決済の検知と防止、マネーロンダリング対策にAIが使われています。これらの取り引きのパターンを学習して、検知するわけです。
その他の例としては、AIによる資産管理アドバイスや、顧客の行動履歴を学習してより良いお金の使い方を提案するスマートウォレット、保険の自動引き受け、顧客の金融取引を支援する仮想アシスタント、顧客同士が相互融資や投資共有をする金融ソーシャルネットワークなどがあります。
全般的に、コストを抑えつつ、安全性や顧客満足度の高いサービスを提供することにAIが活用されています。AIのおかげで新たに生まれる時間は、より良いカスタマー体験を顧客にもたらすことに注力されます。
いずみ:具体的な事例を紹介していただけますか?
マーク:この数年で山のように事例が増えたので、どれを紹介したらいいか迷います。カテゴリーだけを並べてみてもこれぐらいあります(マーク氏は、以下の「事例のカテゴリー一覧」をいずみに見せた)。
いずみ:本当に多岐にわたっていますね。ちなみに「予測分析」とは、どういうものでしょうか。
マーク:オランダの銀行INGの事例で説明しましょう。INGは「Katana」というツールを導入しました。これは債券トレーダーが迅速で的確な価格決定をできるように支援するものです。履歴データとリアルタイムデータに基づく予測分析を行い、債券の値付けを代行するトレーダーを支援します。トレーダーは自分の経験に基づく勘に加えて、Katanaの予測値を参考にして、値付けをします。
INGでは、ロンドンの新興市場のトレーダーを対象とした、Kanataのパイロット検証を行いました。その結果、90%の取り引きについてトレーダーが値付けをするスピードが上がり、取引コストが削減できました。それだけなく、適切な価格を設定できる頻度も上がりました。
いずみ:これまで医療分野や製造業でのAI活用について教えていただきました。それらの業界と比較しても、金融業界のAI活用の進展は際立っているように感じます。もしそうならば、理由があるのでしょうか。
マーク:もともと金融業界は、IT化が進んでいる業界だということもあるでしょう。ただ、同時にROIに厳しい業界でもあります。ここまで進んだ大きな原因は、AI技術が低コストで調達できるようになったからだと考えます。特にオンラインで利用できるオープンソースのソフトウェアが増えたことと、極めて安価なクラウドストレージの普及が大きな要因でしょう。
低コストで導入した技術で、最大のコスト要因の1つである人件費が削減できる、あるいは売り上げを生まない仕事に費やされていた時間を売り上げを生む仕事に回せるのであれば、金融業界の経営者が飛びつかない訳がありません。事実、世界経済フォーラムがデロイトの協力を得て発表した2018年のレポートでは、銀行業界のCEOの76%が「AIは差別化に必須であるため、最優先事項だ」という意見に賛同したといいます。つまり経営者が導入に熱心だということも大きな理由です。
もう1つは顧客がAI技術を活用したサービスを求めるからです。特にミレニアル世代以降の若者は、わざわざ銀行に出かけて現金を引き出し、それで買い物をするということを好みません。Eコマースで済むことはそれで済ませますし、店頭で顧客体験を楽しむ際でも、スマートフォンで決済することを好みます。彼らがFinTech(ICTを駆使した革新的な金融商品やサービス)普及の原動力となっていますが、便利なアプリが提供されれば、その上の世代も利用するようになります。顧客が求めれば、それに応えざるを得ません。
いずみ:金融業界におけるAI導入の課題は何なのでしょう。
マーク:先行している企業とそうでない企業の差が広がる一方だということです。したがって後発組は必死で追いつこうと頑張っていますが、このような課題があってなかなか進みません(マーク氏は、以下の「金融業界におけるAI導入の課題一覧」をいずみに見せた)。
いずみ:人材やスキルの不足はほとんどの業界に共通することと感じますが、レガシーシステムとデータに関しては金融業界ならではの難しさがあると私も思います。
マーク:これらの課題を乗り越えられない企業は残念ながら淘汰されていくものと思われます。金融機関の統廃合もこれまで以上に進むことでしょう。大きな痛みを伴いますが、5年先10年先を考えると、生き残った金融機関は売り上げを増やしつつコストも削減できるでしょうし、顧客もより良い顧客体験が得られるようになるでしょう。AIから最大のベネフィットを得るのは、金融業界とその顧客かもしれませんね。
まとめ
いずみの目
今回解説したことは、AIが金融業界に与える影響のごく一部です。特にユースケースに関しては、領域が幅広すぎるため、大幅に割愛しました。
さらに詳細な情報を知りたい方はグローバル最新AI事情コラム「【第5回】銀行・金融サービス・保険にAIが与える英供養―金融市場の概況 」をご参照ください。
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