2015年3月17日掲載
2回に渡って、基幹系システムを短期間で海外展開するためのポイントを説明してきました。1回目はシステム部門として大きく押さえておくべき3点を、2回目はシステム導入の方針と、サポートを依頼する場合、どのようなコンサルティング会社を選ぶべきかということでした。さらに「忘れがちなこと」があるといいます。それは何でしょうか?
* 本文中の登場人物・企業名はすべて架空のものです。
埼玉県にある従業員約280人のEMS(Electronics Manufacturing Service)企業、YMC電子工業(仮名、以下YMC)。同社のCIO山田昭(仮名)は、急な海外展開に伴うITシステムの準備について、顧問ITコンサルタントである美咲いずみに相談した。
システム部門として押さえるべきポイントと導入の方針、およびコンサルティング会社の選定ポイントを聞くことができ、早速検討に入ろうと思った山田だったが、いずみはもう1つ、忘れがちなことがあると言う。
山田が話を促すと、いずみは質問から始める。
「念のため確認いたしますが、御社の強みはなんでしょうか?」
「営業・設計・生産の三位一体営業による高い提案力と、多品種小ロットで生産できることだね」
「現地のスタッフにも営業してもらうことを考えていますか?」
「今回は、お客さま企業の現地生産の需要に応えるための海外展開なので、それは考えていないな。営業は国内で完結することになると思う」
「では、生産については?」
「将来的には多品種小ロットの対応もお願いしたいが、当面は少品種大ロットの生産をお願いすることになるだろうね」
「生産のやり方ですが、 まず自動で作れる部分については、そのためのラインを用意する。そのうえで、最後のきめ細かい作業が必要な部分については、セル生産方式でスキルの高い技術者が手で作業するという流れで間違いないですか?」
「その通り。セル生産方式に対応できる熟練の技術者が多数いることが、当社の本当の強みかもしれないね」
「将来的に多品種小ロットの生産も現地でとなると、そのような技術者がたくさん必要になるのではないでしょうか?」
「その通り。そうか、美咲さんが言いたいことは『人材育成』か」
「はい。現地に行かれる日本人スタッフは4、5名とうかがいました。その人数で人材育成までとなると、多少重荷ではないでしょうか?」
「なるほど。全部は無理かもしれないが、システムで肩代わりできる部分があれば、現地の日本人スタッフもかなり楽になるということだね?」
「おっしゃるとおりです!」
いずみは、さらに質問をする。
「ところで、スキルの高い作業員を育成するために、御社ではどういう取り組みをされているのですか?」
「けっこう地道な取り組みだよ。まあ、製造業では普通かもしれないが」
「ぜひ、改めて教えてください」
「まずは理念の浸透からだね。『YMCウェイ』という企業理念の教育から始めるんだ」
山田は、ホワイトボードに「YMCウェイ」を書く。すっかり頭に入っているようだ。
YMCウェイ
「素晴らしいですね!」
「そうかな。製造業ではあたりまえのことだと思うのだけど」
「この『異常な徹底』というのがすごいと思います。ある高名なコンサルタントが、『本当の徹底とは、見学に来た人から見れば異常にうつるものだ』とおっしゃっていたのを思い出しました」
「YMCもその先生に指導を受けたのかもしれないね。僕も最初に当社に来たときには、ミリ単位まで道具を揃えるような仕組みを作っているのを見て、ちょっとやり過ぎじゃないかと思ったよ」
山田は生え抜きではなく、あるシステムインテグレーターに努めていたのだが、ヘッドハンティングされてYMCに転職したのである。
「『YMCウェイ』の暗唱をしても、それだけでは腹に落ちない社員も多い。何と言っても『異常』だからね」
2人は声を揃えて笑った。
「だから、社長がさまざまな方法で繰り返し社員に伝えるんだ。年頭所感などではもちろん、週初めの全社への一斉アナウンス、食堂の張り紙、素晴らしい取り組みをしている社員の活動紹介など、本当に頭が下がるぐらい徹底的にやっているよ」
「社長と同じことを現地の日本人スタッフはできるでしょうか?」
「そうだね。お願いすればやってもらえるかもしれないが、立ち上げ当初は忙しいだろうし、できれば社長の思いが直接的に伝わるようにしたいね」
「ちなみに御社では、コンプライアンス(法令遵守)やプライバシーポリシーなどの教育は、どうされていますか?」
「eラーニングシステムを使っているよ。年に1回は復習してもらっているし、法令などの影響で変更があったときにも、変更部分だけ勉強してもらっている。そういう場合にはeラーニングは本当に便利だ」
いずみは山田の目を見て、少し沈黙した。
「ああ、そうか。海外での『YMCウェイ』の浸透に、eラーニングを活用せよということだね」
「ご明察のとおりです!」
「なるほど。繰り返し伝えることだから、eラーニングはぴったりだ」
「その他にも、テレビ会議システムなどを活用して社長から直接語りかけていただく機会を作るのもいいかもしれません。通訳が必要かもしれませんが…」
「それが、うちの社長は英語も達者でね。最近使う機会があまりないとぼやいていたから、ちょうどいいかもしれない」
「ああ、それはいいですね」
「ただ、文化の違いもあるし、そう簡単にいくのかな?」
「これは中国に展開したある企業で起きた実際の事例ですが、中国と日本ではかなり文化が違うので、最初はコミュニケーションがうまくいかなかったんだそうです」
「そうだね。中国には合弁会社もあるが、苦労することが多いよ」
「最初は日本的な考え方を押し付けようとしたけれど、うまくいかない。それで、できるだけ現地のマネージャーの自主性に任せるようにしたんだそうです」
「ふむ」
「ただ、一点だけ守ってほしいと」
「何だろう?」
「失敗があってもペナルティの対象にしないから、包み隠さず報告してほしい。その代わり、隠していた失敗が発覚したら厳重なペナルティを与えるとしたんですね」
「ほう」
「失敗の報告はデータベース化して、形式知化しました。いわゆるナレッジマネジメントの仕組みを作ったんです。本当にペナルティを与えなかったので、現地スタッフとの信頼関係ができ、理念だけでなく整理・整頓・掃除のような日本的なことも徐々に受け入れてくれるようになったんだそうです」
「なるほど。まずは包み隠さないオープンな環境を作って、信頼関係を作る。人の心を大切にすることを先に実践するんだね」
「はい」
「同時にナレッジ共有の仕組みも導入するとなれば、システム部門の出番もあるということだ」
「ええ。早期の人材育成という面で、ITシステムがサポートできることはたくさんあると思うんです」
「そうだね。タイは中国よりは日本の文化に近い面もあると聞いている。中国でできたのなら、タイでもできそうだ」
山田の顔が明るく輝きだした。どうやら、短期間での海外展開にめどが立ったと同時に、タイでもオープンで明るい職場が実現できると確信し、ワクワクしてきたようである。
まとめ
いずみの目
海外の現地スタッフだけではなく、日本国内においても、企業の理念や文化を浸透させるためには繰り返し伝えることが必要です。基本的には人から人へ伝えるものですが、その1つの手段としてeラーニングシステムも選択肢になり得るのではないでしょうか。
日立システムズは、システムのコンサルティングから構築、導入、運用、そして保守まで、ITライフサイクルの全領域をカバーした真のワンストップサービスを提供します。