2014年2月18日掲載
情報システムの費用は投資であり、システム導入を検討する際には「費用対効果」を明確にすべきだという考え方は、今では多くの企業に定着していると言えるでしょう。しかしながら、「費用対効果」を定量的に計算する標準的な方法はいまだに存在しないのが現実です。そこで今回と次回の2回にわたって、システム導入の意思決定をするための有力な方法について解説します。
* 本文中の登場人物・企業名はすべて架空のものです。
いずみは、経営コンサルタント亀田金太郎のアシスタントとしてコンサルティングに同行し経験を積むうちに、金太郎のような仕事を自分でしてみたいと強く思うようになっていった。そこで独立を決めたいずみだったが、すぐにクライアントが見つかるわけではなかった。金太郎はそのようないずみを、独立後もパートナーとしてコンサルティングに同行させていた。
金太郎がいずみのことを相談してくれていたらしい。ある日、大木製作所(仮名)の大木太一(仮名)社長(「おたすけコンサルタント亀田金太郎が行く」第19回ほか参照)からいずみに電話があった。埼玉県春日部市にある従業員280人のEMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器の受託生産)企業、YMC電子工業(仮名)が、CIOをサポートしてくれるコンサルタントを探しているというのだ。
いずみは早速アポを取った。8月のお盆の翌週の月曜日、13時に約束。YMC電子工業の本社工場に、照りつける太陽よりも熱い気持ちで向かうのだった。
約束の10分前に着いたいずみは、受付前のロビーで汗が引くのを待ち、きっちり5分前に受付でアポがあることを告げた。すぐに会議室に通され、待つこと約10分、工場内らしくブルーの作業ジャケットを着た男性が入ってきた。きれいなグレーの髪の毛を自然に分け、しゃれたネクタイをしている。いずみはさっと立ち上がって名刺を交換した。面接の相手はCIO本人の山田昭(仮名)だった。
「すみません、お待たせして」山田はいずみに座るように促した。
「とんでもありません。お忙しい中、機会をくださって本当にありがとうございます」
「実際、忙しいんです」山田はほほえみながら気負いなく言う。「CIOといっても肩書きだけで、システム部長兼任だし、部下もプロパーが3名と、システムインテグレーターから常駐で来てもらっている外部社員が1名という状況なんです」
「製造業のシステム部門はそのようなケースが多いようですね」
「そう。だから会社の規模にしては充実しているほうかなとは思ってはいるけど、海外進出などもあって、私自身がタイやインドネシアに直接出向いて、駆けずり回っているようなありさまでねえ。なので、システム企画や外注マネジメントや要員育成などについて一緒に考えてくれる人が欲しいと、うちの社長が大木社長に相談したんですよ」
YMC電子工業の山田雄一(仮名)社長は、山田昭の叔父に当たる。山田社長と大木社長は大学以来の友人であり、そのつてでいずみが紹介されたということらしい。
「ところで、美咲さんはずいぶんお若いそうですね」と言う山田に対し、「いえ、そうでもないんですが…。でも経験の少なさは努力で補えると思っています」いずみは相手にどう思われるか不安に思いながら答えた。
「いや、こういうことに年齢は関係ないと思っているし、経験よりも発想が大事なこともあるので、むしろ若い人に期待したいんです」という山田の言葉にいずみはほっとした。山田はこう続けた。「ただ、私が今直面している悩みに対して、それなりの答えはいただきたいと思っています」
「その悩みとは何でしょうか?」
「システムの価値をどのように測定したらいいのか、ということです」
「その件では、SEをしていた頃にお客さまと一緒に悩んだことがあります。ですからある程度の答えはあります。ですが、その前にシステムの価値を測定したい理由をお話しいただけないでしょうか」金太郎ならば自説を述べる前にこのような質問をするだろうと思ってとっさに出た言葉だった。
山田に「それは、いい質問ですね」と言われたいずみは、金太郎にほめられたような気がしていた。山田は続ける。「中小企業とはいえ、従業員が280人いて、海外進出にも取り組んでいると、それなりにシステムの数があります。新規の開発もしなければなりません。しかし、泥縄式に増やしてきたという事情もあって、それほど使われていないシステムもあります。果たしてシステムにかけている費用は妥当なのか、という疑問があるんです」
山田は役員会で同じ質問を受けていた。その時は、それなりに根拠を挙げて妥当さを主張し、その場を乗り切ったが、本当にそうだろうかという疑問は消えなかったという。「そこで、システムの価値が明確に測定できればいいと思ったんです。それが分かれば、費用が妥当かどうかは、その価値の範囲内に収まっているかで判断できます」
「なるほど、分かりました。であれば、私がお客さまと悩んだことから得た知見がお役に立つかもしれません。ただし、システムの価値を例えば5億3千万円とか、正確に計算できるわけではありません。というよりも、そのような計算方法はないと言ったほうがいいと思います。しかし、定性的な価値なら、それを推定する方法はあるようです。それでも構いませんか?」
「ぜひ、話してください」
いずみは立ち上がってホワイトボードの前に立った。黒、赤、青の3色のマーカーが置いてあり、試し書きしたところ全部問題なくインクが出る。きちんとした会社だなと思った。
いずみは30秒ほどで、横軸と縦軸のグラフ上に、大小さまざまな円を書いた(図1)。投資判断などに活用するポートフォリオである。横軸が“システムの重要度”で、縦軸が“システムの必要度”である。右もしくは上へ行くほど度合いが高くなる。
図1
「システムの費用が投資だというのであれば、ポートフォリオで判断すればいいというのが私たちのアイデアでした」といずみ。山田は黙ってポートフォリオを見つめている。
「2つの軸は、私たちがいろいろ調べていたときに見つけた海外の文献で、ある会社が採用していた指標です。円の面積はシステムの費用です。これは、初期導入費用と廃止予定時期までの運用費用を足したものです」
「ネットワークなどのインフラに要する費用はどう考えたらいいですか?」
「それはいろいろな考え方があると思います。システムの1つと考えて円を描くこともできますし、何らかの方法でそれぞれの業務システムに案分するという考え方もあります。私たちは案分方式を採用しました。方法としては、ユーザー数の総計を、それぞれのシステムのユーザー数で割るというやり方にしました」
「ふむ、当社でどうするかは検討が必要ですが、案はいろいろ出せそうです。続けてください」
「はい。さて、重要度も必要度も高いほど価値が高い、つまり費用を掛けてもよいということには同意していただけるでしょうか?」
「ええ、それは妥当な考え方でしょう」
山田の同意が得られたので、いずみは自信を感じた。「そうすると、赤で塗りつぶした円、つまり重要度も必要度も低いのにコストが掛かっているシステムは何かが間違っていますよね」
「そうですね。それと青い円、重要度も必要度も高いのにコストが掛かっていないものも変ですね。ただし、ものすごくコストパフォーマンスが高いのかもしれない」
「それは、あり得ます。ただ、青の場合は、さらにコストを掛ければさらに価値を高められる可能性もあります。そのあたりは慎重に吟味する必要があるでしょう」
山田はうなずいて「要するに、全部のシステムをそのようなポートフォリオの形にすると、おおよそ妥当な円の面積が出てくるので、それをシステムの価値と考えればいいということですね?」と続けた。
「ご明察です」
「ただ、技術的な困難がいろいろありそうです。まずは、重要度と必要度をどうやって決めるのか」
「おっしゃるとおりです。ポートフォリオで相対的に判断するというアイデアは、そのお客さまが金融業だったこともあってすぐに出てきたのですが、実際にどう進めるかを考えるのは大変でした。ちなみにまだお時間はよろしいですか?」時計を見るとすでに25分以上経っていた。約束の時間は30分だ。
「いや、実に興味深い。あと30分もあれば全部説明できそうですか?」
「はい、大丈夫です」
山田は5分間の休憩を提案し、次の打ち合わせの時間を30分ずらしてもらってくると言って会議室を出て行った。一人になったいずみは、麦茶が出されていたことに初めて気付いた。緊張していたことに苦笑しながら、それを一気に飲み干した。とっくに氷が溶けてぬるくなっていたが、いずみにはとてもおいしく感じられた。
まとめ
いずみの目
いきなり本質的で難しい質問をされてしまいましたが、たまたま前に検討したテーマだったので何とか答えることができた、運のいい美咲いずみです。システムに掛かる費用の計算法については、時間の関係でまだ十分に説明できていませんが、日立システムズのサイトに参考になる記事がありましたのでご紹介します。どこからアウトソーシングするかというような判断基準も書かれていて、私には大変勉強になりました。
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