2017年3月13日掲載
従来のロボット工学より広い概念である「ロボティクス」という言葉が注目を集めています。ここ数年で急激に製品やサービスが充実したため、全体像が見えにくくなっている方も多いのではないでしょうか。前々回から3回にわたって、ロボティックスの有望な3分野について解説しながら、全体像を描いています。
ITコンサルタントの美咲いずみ(仮名)は、東京都港区にあるスマイルソフト(仮名)の神谷隆介(仮名)社長から、月1回の頻度で、経営のためのIT活用の相談を受けている。スマイルソフトは、中堅企業向けのCRM(顧客管理システム)パッケージソフトKIZUNA(仮称)の開発・販売で急成長した、IPO(Initial Public Offering)準備中の新進企業だ。
相談したいテーマは神谷社長から事前に送ることになっている。今回は「ロボティクスとビジネスへの応用」という、少し抽象的なものだった。ロボティクスとは、従来のロボット製造に重点を置いたロボット工学だけにとらわれず、産業以外への応用面などを含めたロボット全般に関する科学研究を総称したものである。背景にはロボットの応用範囲が急激に広がってきたことがある。
いずみは、ロボティクスに関して現時点で将来有望な分野が3つあるという。パーソナルロボット(コミュニケーション型ロボット)、ドローン、それとパワーアシストスーツ(装着型ロボット)だ。今から、パワーアシストスーツに関する解説が始まる。
いずみはまず、呼び名についての説明を始めた。
「それでは、パワーアシストスーツについて説明したいと思います。これについてはさまざまな呼び方があります。例えば、装着型ロボット、パワードスーツ、強化スーツあるいはアシストスーツと呼ばれることもあります。また、普及している商品名が普通名詞化してしまうことがありますよね? その例としては、マッスルスーツやスマートスーツ、ロボットスーツなどがあります」
「ややこしいですね。基本的には同じものと考えていいのでしょうか?」
「そうですね。中には、『医療・介護分野で使われているものは、パワーアシストスーツと呼称される』という説明(Wikipedia)もありますが、市場調査や政府資料などで最近使われているのが『パワーアシストスーツ』という言葉なので、異論はあるかもしれませんが、私はこの言葉を使うのが適当だと思っています」
「まだ定着している言葉ではなさそうですね。そうなると相手に応じて使い分ける必要があるかもしれません。それはそれとして、これらの言葉に共通する概念は何なのでしょう?」
「『デジタル大辞泉』が簡潔に定義しています。それによれば、『筋力を補強するための人体装着用の機械』(『パワロボティクスード・スーツ』の項)とのことです。市場調査会社のシード・プランニングはもう少し、詳しく解説していて、『人体に装着される電動アクチュエータや人工筋肉などの動力を用いて、人間の機能を拡張、または補助するために装着(あるいは非装着)する装置』と定義しています。ちなみに、『電動アクチュエータ』とはモーターと機械部品を組み合わせた製品のことです」
「パワーアシストスーツには、具体的にはどのような製品があるのでしょうか?」と神谷社長が尋ねる。
「まず2004年に筑波大学の山海嘉之教授によって設立されたサイバーダイン株式会社の『HAL®(Hybrid Assistive Limb®)』が有名ですね。同社のホームページによれば、身体機能を改善・補助・拡張・再生することができる、『世界初のサイボーグ型ロボット』だそうです。大きく下肢用、単関節用、腰用の3つのタイプがあり、介護者用と自立支援用の両方があります。
HALはバリエーションが豊富ですが、その他の会社では『力仕事をサポートする』という観点で、一番傷めやすい腰を補助する製品がいくつかあります。
例えば、最近注目されている製品として、東京理科大発のベンチャー企業である株式会社イノフィスの『マッスルスーツ』があります。会社の設立は2013年と後発ですが、開発の歴史は古く、2001年には初期モデルである『内骨格腕モデル』の開発が開始されています。現在の製品は腰補助用で、こちらは約10秒で装着が完了し、使用準備全体も約40秒で終わるという、大変使い勝手のいい製品です。
また、ユーピーアール株式会社と金沢大学および山本寛斎事務所が共同開発した『サポートジャケット』があります。機能性が高いのはもちろんのこと、山本寛斎事務所が関わっているだけあって、ファッション性も高い製品です。他には、アクティブリンク株式会社の『アシストスーツ(AWN-03B)』、株式会社スマートサポートの『スマートスーツ』も知られています。またトヨタやホンダも開発にかなり力を入れています。ホンダの歩行支援機器『ACSIVE』は有名ですね」
「パワーアシストスーツの市場規模はどれぐらいあるのでしょうか?」と神谷社長。
「先ほど出てきた市場調査会社のシード・プランニングによれば、2017年には50億円程度、それが2020年には300億円を超える規模になり、2024年には約1,030億円になると予測されています。また現在は、介護用途と運搬用途が半々ぐらいですが、今後農業用途が伸び、2020年にはこれら3つの用途が同じぐらいの割合になると考えられています。
また、矢野経済研究所は国内介護ロボット市場の規模を予測しています。それによれば、この市場は、2015年度に前年度比549.0%の10億7,600万円と大きく伸長し、2020年度には149億5,000万円に達するだろうとのことです。ただし、こちらはパワーアシストスーツだけでなく、非装着型移乗介助ロボット、屋外型移動支援ロボット、介護施設型見守り支援ロボット、排泄支援ロボットなども含まれた数字となっています」
「なるほど。パワーアシストスーツの市場規模は今後も順調に伸びるだろうし、現在最も大きな適用分野である介護ロボット市場も同様だということですね」
「そうですね。パワーアシストスーツだけでなく、ロボティクス分野はすべて『少子高齢化』と大きく関わっていますので、関連市場も伸長していくものと考えられています」
「パワーアシストスーツの具体的な活用事例を教えてください」と神谷社長。
「既に、農業・建設・介護・製造などあらゆる業種での事例があります。イノフィスのホームページにマッスルスーツの事例がいくつかありましたので、それをご紹介しましょう」
業種 | 業務 | 利用者 | 活用場面 | 導入効果 |
---|---|---|---|---|
農業 | 畑作業 | 40~50代の男性 | 農業では中腰の姿勢が多く、中腰の姿勢サポートに活用 | 腰の痛みが半減し、中腰姿勢が苦にならなくなった |
建設 | 現場作業 | 40代男性 | 建設現場では中腰の姿勢が多く、中腰の姿勢サポートに活用 | 重い物を持つよりも中腰姿勢が長時間続くほうが苦痛だったが、姿勢維持が楽になった。そのうえ持ち上げもサポートしてくれるので全体的に楽になった |
介護 | 介護作業 | 30代~40代の男性が中心 | 移乗介助、訪問入浴介助、体位変換などで活用 | 腰を痛めて離職する人が減少。休日は疲労のあまり寝ている職員が多かったが、楽になり出かけられるようになった。非介護者も安心して介護が受けられると評価 |
製造 | 自動車工場での作業 | 30代男性、20代女性 | 工場で20kg前後のものを繰り返し持ち上げ移動する作業に使用 | 作業効率とスピードが向上したうえ、身体も楽になり、筋肉痛もなくなった |
「興味深いのは、導入した企業で従業員満足度が高くなる傾向があることですね。『社長は我々の身体のことも考えてくれているんだ』と感じる社員が多いのだそうです」といずみは付け加えた。
「ほう。当社のような企業では、パワーアシストスーツの活用場面があまり思い浮かばないのですが、思いがけないことが従業員満足度につながるんですね。勉強になりました」
パワーアシストスーツの解説が神谷社長のビジネスに関係するのか心配だったいずみだったが、意外な観点で興味につながったので、少しホッとしたのだった。
まとめ
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