2015年9月15日掲載
経営陣からのシステム運用・保守のコストダウン要求がこのところずっと続き、システム部門は運用品質を向上しながら同時にコストダウンもするという難問に取り組んできました。一方で、市場が変化するスピードもどんどん速くなっており、新サービスを早期に立ち上げることが業績向上のCSF(重要成功要因)となっています。つまり、「安く・速く・良く」が現在のシステム導入・運用・保守に求められる必要条件であり、しかもその要求レベルが年々高くなっているということなのです。このような状況で注目が集まっている技術トレンドの1つが、プライベートクラウドです。今回から3回にわたって、プライベートクラウドの現状と導入の勘所を考えていきます。
(注)本文でも触れていますが、本稿における「プライベートクラウド」は、社内にクラウド同様の仮想サーバー環境を構築するという従来の意味だけではなく、ベンダーのデータセンターに専用の仮想サーバー環境を構築し、運用・保守も含めて委託するということまでを含む広い意味で使用しています。
埼玉県にある従業員約280人のEMS(Electronics Manufacturing Service)企業、YMC電子工業(仮名、以下YMC)。同社の顧問ITコンサルタントである美咲いずみ(仮名)は、週はじめのシステム部門の定例ミーティングに参加した後、同社の山田昭(仮名)CIO兼システム部長の相談を受ける形態のコンサルティングをしている。
会議室に差し込む日差しをまぶしく感じたのだろう。山田CIOは、ブラインドカーテンを閉めながら、しみじみとした口調でこう言った。
「5年後のICTシステムってどうなっているんだろうなあ」
「どうなさったんですか?」といずみ。山田の声に元気がないのが心配になったのである。
「システム部の定例ミーティングでは、あまりはっきりとは言わなかったんだけど、この週末に役員の合宿があって、ICT投資に関してもテーマに挙がっていたんだよ。それでね…」
山田の言うことをまとめると、次のようになる。
5年前にシステムの運用・保守費の削減目標を立てた。毎年10%ずつ、5年で約4割の削減という目標だ。そこでIT資産を見直し、不要システムを撤廃したり、端末やサーバーの仮想化を進めてハードウェア保守費用を削減したりするなど、あらゆる努力をして、なんとか達成した。これで一息つけると思ったのだが、この先5年同じ努力を続けろと、企画部門から要求されたというのだ。
一方で、事業部門からは、同業他社と比較して新サービスの立ち上げが遅いため、機会損失につながっているという指摘を受けた。新サービスの立ち上げには、もちろんICTの準備が不可欠である。そこで、どうすればもっと早く新サービスを立ち上げられるかを検討せよと言われたのである。
「ICT投資予算は全体としては減らさず、運用・保守費の削減分を新サービス立ち上げの原資としていいということなので、妥当な話だと思うのだけど、一方で運用品質の向上、つまり障害件数の削減や障害復旧の迅速化も当然求められているわけで、正直どうしたらいいのか悩んでいるんだよ。ただ、YMCだけでなく、世界中どこの企業も同じようなことを言われ、同じ努力をするわけでしょう? なので、5年後のICTはどうなっているのかなあと思ったんだよ」
いずみは、山田の心情を理解した。どこの企業もICT投資に関して厳しい要求を続けているが、このままだとシステム部門やICTベンダーなどユーザーにシステムを提供している側が疲弊して、まともなシステムが提供できなくなるという危機感を持っているのだ。しかし、厳しい要求に応え続けてこそ進歩があるのも、また事実だ。
「運用・保守コストの削減しながらサービスを早期に立ち上げるということでしたら、すでに経験済みではありませんか」といずみは言う。
「えーと。あ。そうか。タイ工場の話だね」 山田も思い出す。「クラウドをもっと活用しろということだね。ただ、何でもかんでもクラウドというわけにはいかないだろう。セキュリティ面の心配はほとんどないといっても、たとえば突然のサービス提供停止のようなリスクは常にあるわけだし」
「パブリッククラウドに関していえば、おっしゃるとおりですね。ですが、プライベートクラウドなら、提供停止のリスクもかなり小さくなります」
「プライベートクラウドか」
山田は、1分ほど考え込んだ。
「恥ずかしい話だが、YMSでもオンプレミス(クラウドの反対語で、自社内でサーバーなどのインフラを調達すること)で仮想化環境を作っているじゃないか。これと、プライベートクラウドの違いが、実はよく分かっていないんだ。教えてもらえないかな?」
「本来は、一緒のものです。まさに自社で調達したサーバーで仮想化環境を作って、どのサーバーでどのアプリケーションが動作しているかを意識しないようにするというのがプライベートクラウドでした。ベンダーは、サーバーの調達と効率的な仮想化の支援をすることを、プライベートクラウド・ソリューションと呼んでいました。主なねらいは、サーバー数削減による資産管理負荷の軽減と、アーキテクチャーの統合によるサービス導入の簡易化・早期化でしょうか」といずみは答えた。「でも、ここ数年のプライベートクラウド・ソリューションは当初とは変わってきています」
「どこが変わってきているの?」
「単に仮想化環境を作るだけだと、やっぱり運用・保守が大変なんですね。それで、多くのベンダーが、自社のデータセンターにユーザーのサーバーを置いて、運用・保守を併せて提供することが主流になっています。サービスメニューとしては今でも、プライベートクラウドの構築とその後の運用・保守を分けているベンダーが多いのだけど、ユーザー側からすれば、運用・保守も含めて考えているので、そのような提案のほうが受け入れられやすく、結果として主流になっているという感じでしょうか」
いずみによれば、プライベートクラウドの概念はさらに広くなっており、サーバーなどのハードウェアをベンダー側の資産にすることによって、ユーザー企業の資産管理の負荷を軽減するというサービスも存在しているという。
「そうなると、従来の運用アウトソーシングとは何が違うんだろう?」と山田は当然とも言える疑問を口にした。
「ベンダー側から見れば、スケールメリットですね。かなりのメニュー化ができるわけですから、ハードウェアやOS、ミドルウェアなどの基本ソフトを同じ会社から大量に購入でき、仕入値が下がります。運用監視ツールも共有できます。また、アーキテクチャーがそろえられることで、社内要員の教育コストも下げられます。結果として、安くて高品質なサービスを提供できるので、ユーザー企業も喜びます」
システム部門への運用・保守コスト削減要求は、そのままベンダーに転嫁される。ベンダー側としても従来の運用アウトソーシングの業態では、その要求にすべて応えることは難しい。そこで、ハード・ソフトはもちろん人間も含めたあらゆる共通化・共有化を実施し、スケールメリットを図ることで、ユーザー企業の低コスト化要求に応え続けてきた結果が、現在のプライベート・ソリューションの形態を産んだということなのだろう。
「大きな概念は分かった。実際の使われ方や、どのような課題が解決されているのかをもう少し詳しく説明してもらえないだろうか?」
「分かりました。私が知っている事例を基にお話しします」
いずみは、持参したペットボトルのお茶をごくっと飲み込んだ。
まとめ
いずみの目
クラウドが普及するのに伴って、求められるサービス内容も変わってきています。ただし、「プライベートクラウドの構築」という業務自体が変わっているわけではありません。
日立システムズは、システムのコンサルティングから構築、導入、運用、そして保守まで、ITライフサイクルの全領域をカバーした真のワンストップサービスを提供します。