2016年12月19日掲載
「持たざる経営」―1990年代半ばからある言葉ですが、最近また見直されてきています。特にIT分野では、クラウドの進展とクラウドベースの運用アウトソーシングが登場したため、情報システムを「持たない」経営は現実的なものとなりつつあります。
今回は、クラウド時代の運用アウトソーシングについて解説します。
東京都港区にあるソフトハウス・スマイルソフト(仮名)は、IPO準備中の成長企業だ。ITコンサルタント・美咲いずみ(仮名)は、スマイルソフトの神谷隆介(仮名)社長から、経営へのIT活用の相談を受けている。
今回は「持たざる経営とそれを実現するためのIT戦略」というテーマのセッションである。ここまで、持たざる経営の歴史と課題、その解決法について解説し、続けてクラウドの最新事情について解説した。
これから、クラウド時代の運用アウトソーシングについての話が始まる。
「まず、『業務運用』と『システム運用』という言葉について定義しておきたいと思います」といずみは切り出し、資料を手渡した(図1)。
「お願いします」。神谷社長はもちろんこの2つについてはよく知っているが、用語の共有は大切だし、おさらいの気持ちで聞くことにした。
「業務運用ですが、これはユーザーが業務遂行を円滑にできるようにするための運用です。データ入力や帳票デリバリーのような、いわゆる『手作業』も含みます。これらも含めての業務システムだからです。
ですので、運用管理者(システムオペレーター)の作業だけでなく、ユーザーの作業も含めて『業務運用』ということがあります。例えば、ユーザーIDとパスワードをユーザー自身で登録するシステムがありますよね?」
「Webサイトの会員登録などはそうですね」
「はい。それも『業務運用』の一種です。
一方、システム運用は、システム基盤(インフラ)を維持管理することで、信頼性・可用性・保全性・セキュリティなどを確保するための運用です。
こちらは基本的には運用管理者が実施するものとなります」
「バックアップ・リストア(回復)は、業務レベルとシステムレベルの2つがありますが、どう違うのでしょうか?」と神谷社長が念のために聞く。
「例えば、データベースやファイルシステム全体のバックアップ・リストアはシステムレベルになります。このレベルでリストアが成功すれば、システムは問題なく再稼働できます。これがシステムレベルのバックアップ・リストアです。
しかしユーザーの視点で見たら、作業中に障害が起きた場合には、自分のファイルは失われているかもしれませんよね?」
「そうですね」
「そこで、ユーザーの作業中のファイルを定期的に自動バックアップしておき、ファイル単位でリストアできるようにしておくといった運用が求められることもあります。これが業務レベルのバックアップ・リストアです」
「なるほど」
「これで準備は終わりです。クラウド運用の話に入りますね」
「その前に質問ですが、そもそも運用管理はクラウドベンダーがやってくれるのではありませんか?」
「そこが勘違いしやすいところなのです。例えば、パブリッククラウドのSaaSを利用していたとしても、ユーザー登録や抹消などの業務運用はユーザーがする必要がありますよね?」
「そうか。そうですね。でも、登録作業はベンダーがやってくれるのでは?」
「だとしても、その元データを一覧表などで渡す必要があります。登録後も元データの保守が必要ですよね? それも立派な業務運用です」
ここに至って、神谷社長はいずみがなぜ業務運用とシステム運用の話を先にしたのか理解できた。これらの区別がついていないと、今の話もよく分からなかったかもしれない。
いずみは、「クラウド運用の主要機能」と書かれた資料を神谷社長に手渡した(表1)。
表1 クラウド運用の主要機能
機能 | 説明 |
---|---|
監視 | リソースの死活監視、性能監視、サービス監視など |
ジョブ管理機能 | ジョブの自動実行の管理と監視 |
リソース自動検知 | 新規追加ノードの自動検知 |
課金アラート | クラウド課金情報を監視し、しきい値を超えたらアラートを発行 |
テンプレート機能 | クラウド環境構築の簡易化・自動化 |
ハイブリッドクラウド構成変更 | 複数のクラウドを統括して、サーバー資源を管理 |
「PaaSやIaaSの場合だと、ある程度のシステム運用をオプションでやってもらうことができます。とはいえ、監視結果などのアラートをいちいち電話でもらうでしょうか?」
「メールで受け取るのが普通だと思います」
「ジョブの実行結果であれば、それが一番簡単で便利ですね。しかし、死活監視や性能監視はリアルで状況を確認したくありませんか?」
「そのほうが安心ですね」
「そうすると情報システム部門の方が、自社にある運用管理ツールのコンソール(操作卓)で見られるようにしたいですよね。また、ハイブリッドクラウドの構成変更なども同じコンソールから実行したい」
「そうすると運用管理ツールのカスタマイズが必要になりますね」
「はい。それだけでなく、操作ももちろん必要です。このようにクラウド運用は意外と難しいのです。
例えば、Amazonやマイクロソフトなどがパブリッククラウドを提供していますが、これらの環境構築や運用は、システムインテグレーターやシステムコンサルティング会社などに委託するのが普通になっています。
メニューが多くて選択が難しいということもありますが、専門性も高いのです」
いずみが話を続ける。「ここで『持たざる経営』に話を戻しますと、システム関連の資産を持ちたくないのでクラウドを活用する。そこまではいいのですが、まだ運用の問題が残る。もちろん社内からのモニタリングはどこまでいっても残りますが、それ以外はできるだけ社内で持ちたくないですよね」
「そうですね。せっかくクラウドを活用しているのに、運用が従来どおり、あるいはさらに大変になるのであれば、意味がありません」
「そこで登場してきたのが、システムインテグレーターなどの運用アウトソーサーによる、クラウド運用サービスです。概要はこの表(表2)のとおりで、メニューから必要なサービスを選ぶようになっていますが、業務運用もシステム運用もワンストップで受託してくれるのが特徴です」
表2 クラウド運用のアウトソーシング
分類 | サービス | 対象 | 説明 |
---|---|---|---|
システム運用 | ITサービス | 情報システム部門、ITベンダー | クラウド基盤の運用(製品サポート、ミドルウェアサポート、OSサポ―トなど) |
運用監視サービス | 情報システム部門、ITベンダー | サーバー、リソース、ジョブ、サービスなどの死活監視、実行管理 | |
業務運用 | ヘルプデスク | 利用者 | 24時間365日の問い合わせサポート |
BPOサービス | 情報システム部門、ITベンダー | バックオフィスや顧客対応の代行 |
神谷が疑問をぶつけた。
「なるほど、これは便利ですね。しかし我々のようなソフトハウス、しかもこれからはSaaSで業務サービスを提供していこうという会社にとっては、このようなサービスを利用するのはどうなのでしょうか?それ以前に業務委託を請けてもらえるものなのでしょうか?」
「あとの質問に先に答えると、ITベンダーの運用アウトソーシングをシステムインテグレーターが受託した事例はすでにいくつも出てきています。それは問題ありません。システムインテグレーターにとっては新しい大きな収益源ですから、むしろ歓迎です。
前半の質問についてですが、御社のコアコンピタンスは何なのでしょうか?」
「それは、顧客一人ひとりを対象としたマーケティングのノウハウとそれをデータベースやソフトウェアに落とし込む開発技術力です」
「それは将来にわたってもコアコンピタンスになり得ますか?」
「マーケティング手法の進歩は日進月歩ですから、最新手法をキャッチアップし続けていける限り、コアコンピタンスになり得るはずです」
「では、クラウド運用はいかがですか?」
「それは、当社の将来的なコアコンピタンスにはなり得ないでしょう。今からそちらに特化していけば別ですが、それではここまでマーケティング分野で成長してきた人材がいなくなるかもしれません」
「であれば…」
「クラウド運用は捨てるというのが『持たざる経営』のセオリーということですね?」
「ご明察です」
「私は正直、IT企業がシステム運用を他社に任せることにためらいがあったのですが、おかげさまですっきりしました。
また、『クラウドマスト』で、バックオフィス業務もコアコンピタンスに関係ないことは、クラウドの活用を検討しようと改めて思いました」
「その場合、人材育成はどうされますか?」
「研修などアウトソースすべきところはしますが、採用や育成計画、人材育成の仕組み作りなどは社内に持とうと思っています」
「御社の『持たざる経営』は必ず成功すると思います」。いずみは満面に笑みをたたえて、そう言った。
まとめ
いずみの目
ITベンダーもクラウドを活用し、クラウド運用アウトソーシングを利用する時代になりました。もはや業界を問わず、「クラウドマスト」であるだけでなく、「アウトソーシングマスト」と言っていいのではないでしょうか。
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