2019年11月8日掲載
2018年から、実業務への応用事例が急速に増え、普及期に入ったと言われているAI(人工知能)。経済学者たちはAIが、2030年までに世界全体のGDPを15兆ドル以上増加させると予測しています。これから取り組む企業も多いと考え、本コラムでは産業界におけるAI有識者として知られているマーク・ミネビッチ氏(以下、マーク)の見識に基づいて、世界のAI最新事情を6回にわたってお伝えします。今回は第2回目として、AIによって未来の仕事がどうなるかについて考えていきます。
美咲いずみは、29歳とまだ若いが、既にいくつかの顧問先を持つフリーランスのITコンサルタントだ。仕事がら最新ITの情報収集は欠かせない。
今日も、知る人ぞ知る世界的なAI有識者であるマーク・ミネビッチ氏の講演会に参加し、講演後の別室で質疑応答が行われると聞いて駆けつけたのであった。
前回の「責任あるAI」に関する質疑応答に引き続き、今回も質疑応答の模様をマークといずみの対話形式でお届けする。
いずみ:「AIに仕事を奪われる」という話があります。例えばわが国の野村総合研究所は、英国のオックスフォード大学との共同研究で、今後10~20年の間に日本の労働人口の49%がAIやロボットで代替可能になるという研究結果を2015年に発表しています。マークさんはどのようにお考えでしょうか。
マーク:この質問に対しては、良い話と悪い話があります。まず良い話をすると、確かに多くの仕事が代替されるでしょう。それは多くの業務がAIによって自動化(アルゴリズム化)されるからです。ですが、それ以上に新しい仕事も増えると多くの専門家は語っています。しかも新しい仕事はこれまでにないものですから、創造的であると予測します。
一方で悪い話というのは、その新しい仕事に就けるかどうかはその人次第だということです。新しいスキルだけでなく新しい時代に対応する気持ちの切り替えも必要ですが、大部分の労働者がそのための準備をしていません。準備ができなければ失業する可能性が高くなることになります。
いずみ:「新しい仕事」とはどういうものでしょうか。
マーク:抽象的な言い方になりますが、アイディア、知見、人間ならではの観点、創造的才能を発揮できる仕事です。例えばAIによるアートが現実に生み出されていますが、人間によるアートが無くなるどころか、AIアートに刺激を受けて、新しいアートを生み出すのが人間というものです。ビジネスでも同様で、新規事業の創出やイノベーションはAIだけではできません。AIを活用してインサイトを得て、新しいビジネスを生み出すのは人間の役割となります。このように人間とAIが役割分担しつつ、お互いに刺激し合って進歩していくようになるのではないでしょうか。
実際、ZipRecruiter社の調査によると、AIツールを既に利用している企業でも、そのうちの81%が完全な自動化システムを導入するより、人間を雇うことを希望しているという調査結果があります。同社は2018年中にAIによって奪われた仕事数の約3倍の仕事が創出されたことも明らかにしています。
ただ少し遠い未来については、有識者でもディストピアを思い浮かべる人が多いのが事実です。例えばForrester社は、AIによって2030年までに29%の仕事が失われ、その間に13%の仕事しか創出されないだろうとしています。もしそうなるとすれば、ジェンダーギャップや不平等の拡大などのリスクが高まります。我々はこうしたリスクを軽減するために教育に力を入れたり、現実化したときに備えて新たな社会的セーフティーネットを作ったりする必要があります。
いずみ:どのような人材が必要とされるのでしょうか。
マーク:世界経済フォーラムによると、聞く能力、話す能力、批判的思考力、読解力といったスキルが、今後数年間とても有効な能力となります。逆に修繕、インストール、トラブルシューティングといった業務はアルゴリズム化しやすいので将来性は高くありません。
いずみ:職種でいうと?
マーク:まずAIを作ったり、使いこなしたりする人材が必要です。トップエンジニア、データサイエンティスト、AI人材など、いわゆるデジタルエリートと呼ばれる人たちです。デジタルエリートは既に企業間で争奪戦になっており、そのため学術界から実業界への頭脳流出が活発化しています。これらのデジタルエリートが今後、企業戦略策定や新規事業創出を担うようになり、いわゆる正社員はこれらの人々が中心になっていくことでしょう。
このほかでは、人間味がありセンスが高い労働者や複数領域での知見を持つ労働者、教育者、解説者といった人々が求められますが、企業はその多くを契約社員やフリーランサー、リモートワーカーという形で調達することになっていきます。
いずみ:雇用という形よりも外部人材への委託という方向に進んでいくということですね。
マーク:はい。それも外注企業よりも個人への委託が進んでいきます。インターネットを通じて単発の仕事を受注する人たちによって成り立つ経済形態を「ギグエコノミー」と言いますが、米国では急激にそちらに移行しています。米国では既に5730万人、つまり36%の労働力がフリーランサーなのです。日本では多くの企業で終身雇用が残っていて、政府の方針にも関わらずなかなか移行が進まないようですが、一度移行が始まると若い人を中心に急速にギグエコノミーが立ち上がっていくのではないでしょうか。
いずみ:まとめると、ルーチンワークは機械化されて、人間はより創造的な仕事に集中するようになる、その仕事はAIと協業するような形になる、そして大多数の人は、いつでもどこでも好きなときに働けるという形態で仕事をするようになるということで、よろしいでしょうか。
マーク:おっしゃるとおりです。
いずみ:しかし準備をしていなければ、こうした新しい仕事に就けなくなり失業するということでしたね。ではどういう準備が必要なのでしょう。
マーク:先ほども言いましたように「複数領域での知見」が求められるようになります。したがって現在の職種で得た知見のほかに、最低でも1つの領域について詳しくなる必要があります。一番分かりやすいのはやはりデジタルテクノロジーに関する領域でしょうか。例えばプログラミングのスキルなどです。あるいはデータ解析ツール(BIツール)の操作スキルなども有望です。いずれにしても何らかの自己投資が必要になるでしょう。
いずみ:ですが、労働者の自己責任だけではないと思います。
マーク:そのとおりですね。企業が生涯にわたるトレーニングプログラムを従業員に提供することも大事ですし、それ以前に学術界と産業界が連携して、学生の頃から包括的にAI時代の人材育成をしていく必要があります。そうなると政治も関係してくるということです。
幼少期から老年期まで生涯にわたって学び続けること、そして政府や企業が学べる環境を用意することが今後ますます重要になっていくことでしょう。学べる環境を用意するという意味では、将来のAI思想家やAIリーダーを育成することも重要です。どのような環境が必要かは、思想家やリーダーが議論して考えていくものだからです。
「特定の人種や性別のみの組織ではAIを十分に活用できない」という意見もあります。思考が硬直化するからでしょう。多種多様な国籍、性別などを持つ人材が、正社員か外部人材かに関わらず平等に議論しながら、AIをフルに活用し、新しい社会的価値を創造していく――このような未来を私たちは全力を挙げて創り上げていかなければならないと考えます。ディストピアを怖れるのではなく、自分たちで理想の未来を創るのです。AIはそのためにも役立つのではないでしょうか。
まとめ
いずみの目
今回解説したこと以外では、企業における組織論などがありますが、紙幅の関係で割愛しました。また今回解説した項目のそれぞれについても、さらに細かい留意点があります。
詳しくはグローバル最新AI事情コラム「【第2回】未来の仕事 」をご参照ください。
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