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株式会社 日立システムズ

第23回 やり遂げた後にやってくるもの

「どうぞ日比野さん、ぜひお話しください」
東野が快く発言を許してくれたのを聞き届けて、日比野は続けた。
「専務がおっしゃったとおり、この案はまだ対象国のリストアップもできていませんし、その結果どのような売り上げが上がるのかも現時点では想像がついていないのが正直なところです。しかし、富永さんがプレゼンした通り、H社として既に持っている都市開発を、動く住宅というわかりやすい特徴とともに海外に持ち込むというのは、荒唐無稽なようでいて、実はかなり地に足がついていると思います」
日比野が諭すように整理をすると、大村専務はいったん頷いた。
「うん…、理屈はそうだがね。しかし、今のプレゼンの内容のままでは冒頭の1,000億の根拠が全くない状況じゃないか?もちろん、現時点でのプレゼンが最終報告ではない、ということはわかっているが、もろ手を挙げて賛成できるようなものではないよ」
「おっしゃる通りです…そこで、私なりの考えがあります」
そういうと、日比野はチラッと東野のほうを見る。東野はうなずいて「どうぞ、続けてお話しください」と促す。

「社外の私から発言するのが筋違いなのは百も承知なのですが、ちょうど管理本部から唐沢さんと吉村さんがいらっしゃっています。経理部門のお力を借りて、こういった支援を行った場合の収益へのインパクトを試算させていただくお時間をいただけませんか?」
部外者である日比野があえて突っ込んだ発言をしたのは、前話のとおり社長と専務で見解が分かれる中で、社内のパワーバランスを無視してものを言えるのがもはや自分しかいないという自覚があったからだ。日比野と同じ考えを持ちつつも声を出すわけにいかず、日比野の発言を隣で聞くしかなかった安田は、黙ったまま、心の中で日比野に頭を下げた。
「どうだい?大村君」
「…確かにそうまで言われると、いったん試算をしてもらいたくなりますね。数字を見ずにNOを出すのも気が引けるし…。ただ、問題は管理本部にそのリソースがあるかどうかですが、唐沢君、どうなんだ?」
唐沢はちらっと隣にいる財務経理部長の吉村を見た。吉村は相槌で返事を返した。
「吉村君のところから、一時的にプロジェクトに加わる形で、人材を1人出してもらうことにしましょう。安田君、それでもいいですか?」

安田はようやく緊張を解き、笑顔で頷いた。大村が部分的に否定的な見解を示したものの、新規事業の方向性が大筋で認められた瞬間だったからである。
「唐沢本部長、吉村さん、ありがとうございます。大変心強いです」
その言葉を受けて、東野が再び口を開く。
「今まで何度となく似たようなプロジェクトを立ち上げては、中途半端に終わるという経験をしてきた。大村君が慎重な発言をしたのにはそういった裏側もあるということを知っていてほしい。彼もH社の明るい未来を望んでいるのは間違いないんだからな?」
「いやいや、無理やりフォローしなくても大丈夫ですよ…」
大村が苦笑いしてそう答えると、場の空気が一気に温かくなり、皆が笑った。
「引き続き頑張ってくれ。期待してるからな」
大村は、最後にそう言ってくれた。

会議が終わり、新規事業開発室のメンバーはほっとした様子で部屋に戻った。
「立派なプレゼンだったじゃないか。おめでとう」
庄司はそういって、富永に握手を求める。富永は満面の笑みでその手を握り返した。
「ありがとうございます。皆さんが座っていてくれてなかったら、緊張で押しつぶされるところでした」
女性陣2人もその輪に加わる。
「ほんと、最初のほうは私たちも緊張しちゃって大変でした。ね、木田さん」
「ふふふ、そうね」
「2人ともありがとな。機器や資料のセッティングをしてくれたおかげで、俺は話す準備に専念できたよ」
富永がそういうと、あすなは得意げに答える。
「それくらいの役割なら、これからも任せてくださいよ!」

その光景を安田と日比野が遠くから見守っている。
「ひとまず、ほっとしたな」
「ああ…お前のおかげだ。礼を言うよ…しかし、ここからが本番だからな」
「その通りだ。4人ともよく頑張ったが、ここからは俺たちが気合を入れる番だ…経理部からくる新メンバーを受け入れて数字を固めていく間に、いろいろと根回しをしていかなきゃならない…」
安田はいつの間にか買ってきていた缶コーヒーを1つ日比野に渡すと、自分の分をプシュッと開けた。
「一番大変な根回しはどこだと思う?」
「大変というよりも、先にやらなければいけないのが社内の勢力だろうな。この新規事業の是非は取締役会の決議事項だが、今日OKを出してくれたのは社長・専務・管理本部長の3人だけで、取締役15人の半分には遠く満たない」
日比野の言葉を「そうだな」と認め、安田は続ける。
「もともと、社長の鶴の一声ですべてが動くことも多い社風ではあるんだが…今回は反対派もいるだろうからな」
「相変わらず、察しがいいな」
「何を言うか、俺はH社の人間だからわかっていて当たり前だ…社外からそんな趨勢が見えているお前のほうがバケモンなんだよ」
そういうと、2人は声をあげて笑った。
「一番反対しそうなのは当然、山西だろうが、前に話した通り、彼はしばらく泳がせておいたほうがいい。彼の動きを見ておけば、役員連中の誰と誰を囲い込んでいるのか、ある程度分かるはずだからな」
「それはそうだが、…山西さんを見張るのか?」
安田がそう訊くと、日比野は口元に笑いを浮かべた。
「もっと簡単な方法がある。彼の交際費や交通費を調べればいいのさ」
「しかし帳簿を見られるのは財務経理部だけだろう…あっ、まさか!」
安田ははっとした。経理のメンバーを1人招き入れるのには、そういう狙いもあったのか。

つづく。

 

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