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株式会社 日立システムズ

第17回 計画をストーリーに変える

合宿もあっという間に最終日になった。
「皆さん、おはようございます」
日比野は挨拶をしながら全員の顔色を読み取った。幸い、昨日のBBQで羽目を外す者もおらず、全員のコンディションは悪くなさそうだ。
「昨日の時点で、粗削りではあるものの、何とか計画に目鼻を付けることができました。ここからやるべきことは、この計画をプロジェクトの外に周知するための準備です。社長に向けたプレゼンが急遽設定されましたが、このストーリー作りはどの道欠かせない工程でしたので、プレゼン当日を一つのペースメーカーとして準備するつもりでいてください」
社長へのプレゼンというイベントはメンバーに緊張感を持たせるのには十分すぎるものだったが、日比野はその緊張感を不必要にあおらないよう、注意深く言葉を選んでいる。
「というわけで、まずはプレゼンの大枠を作り上げましょう。プレゼン当日に発表役を務めるのは富永さんになりますが、全員が同じように発表ができるように準備をしてください。あすな、理由は分かるか?」
「えっ?」
うっかり生あくびをしてしまったあすなは、慌てて理由を考える。
「えーと、富永さんが風邪をひいてしまった時のためですか?」
あすなは真剣に答えたつもりだったが、そこにいた全員がクスッと笑った。空気が和らいだことを目ざとく察知した日比野は、敢えてその天然ボケに乗ることを選んだ。
「まぁ、万一そうなったら、お前が代わりにやるか?」
「え!いやだ!無理!」
あすなの悲鳴を聞いて皆がどっと笑うのを見届けてから、日比野は続ける。
「社長から無事ゴーサインをもらえたら、ここにいるメンバーが社内のさまざまな部署に出向いてプロジェクトの概要を説明することになります。地方にある拠点なども回らなければならないことを考えれば、すべてを富永さんに任せるのは厳しいでしょう。そのため、少なくとも2人1組で、2チーム体制で全国行脚をすることになるだろうし、全員にプレゼンの機会が回ってくることは、もう確定的と言ってもいい。ですから今のうちに、プレゼンの流れや資料の構成など、すべて自分事として準備をしていただきたい。では、ここからは富永さんが主導してください」
そう言うと、日比野はナミに進行補助を任せ、安田とともに合宿所を出た。

「社長は本社にいるのか?」
「ああ、そのはずだ」
社長のプレゼンまで一週間しかない。ぶっつけ本番になるより、あらかじめプロジェクトの進捗状況を伝えておくとともに、社長の腹づもりを探っておこうと日比野が提案したのだった。幸い社長は急なアポイントを快諾してくれ、2人は急いで本社に向かうことにした。
「社長に会いに行くのはいいが、ストーリー作りをあいつらに任せて大丈夫だろうか。これは単なるOJTじゃないんだぞ」
「本当なら同席したいところだがな…でも社長の腹づもりを知るのが今日か週明けか次第では、対策を打てる時間が大幅に変わってくるだろう…それに」
日比野はそう言いながら、車の窓を開けた。車内に心地よい風が吹き込んでくる。
「あの4人なら、それなりのストーリーにまとめてくれるはずだ。ナミもついているしな」
安田にも彼らを信用する気持ちは、もちろんある。しかし、それでも日比野のようにどっしりと構えてはいられない。安田にとっては自分のいる会社の社運がかかったプロジェクトである。H社が倒産したからって路頭に迷うわけではない日比野とは、その点が根本的に異なっている。

「なぁ日比野…お前なら、どういうストーリー構成にする?」
車外の景色を眺めている日比野に、安田はそう問いかけた。日比野は少し沈思して、
「大まかに、2つのパターンがあり得る」
と前置きした。
「ストーリーと言っても、結論は決まっているんだ。つまり、彼らが考えた自動運転車事業で、H社の未来がより明るいものになる…という筋書きさ。だから、2つのパターンで分かれ目になるのは…」
「その結論に至る前提、つまりH社が今どんな状態にあるか、ということか?」
「ああ、それに、世界全体を俯瞰(ふかん)して、どういうチャンスやどういう脅威が待っているか…という点だ」
勘のいい読者の方はお気づきだろう。この話は、合宿前にあすなたちが行っていたSWOT分析と密接に結びついている。
「SWOT分析には、ある程度主観が入り込むんだ。例えばAI技術を機会ととらえる人もいれば、脅威ととらえる人もいるだろう。2つのパターンというのはその主観、つまり社内外の環境をどう解釈するかの差に起因して分岐するのさ」
高速道路の入り口手前の信号が赤になった。ウインカーを点灯させながら、安田は「わかってきたぞ」とつぶやいた。
「一つには、H社はこのままでは危機的状況に陥る、という前置きだろう?…だからこそこのプロジェクトが発足したのだから」
「その通り。そしてもう一つが、機会を前面に出す手法だ。業界の垣根が崩れ去った今、“動かない“不動産を扱っていたH社が、“動く”モビリティサービスに手を付けるチャンスが来た、と。…お前はこっちのストーリーのほうが好みだろう?」
「ああ…たぶん、お前もだろ?だが、これは不動産事業の老舗であるH社のアイデンティティを揺るがす話でもあるから、抵抗勢力は少なくないだろうな…」
「まさしくそこだ。いずれにせよ、さっき言ったような解釈の違いをどう御するかが、最大多数が納得できるストーリーを作るための焦点になる。いや、最大多数というより…」
「…社長だろう?」
「そう。東野社長が頷くストーリーなら、正面から異を唱える者は、そう多くない。だから今、俺たちは本社に向かっているというわけさ」
そこまで聞いて、安田は「やれやれ…お前はやっぱりすごいわ」とため息をついた。
「…このプロジェクトで、俺はいったい、あと何回お前に脱帽することになるんだろうな」

幸い、高速道路は空いていて、予定よりもだいぶ早く東京についた。アポイントの時間は決まっているので、少し空き時間ができたことになる。
「帝都ホテルのラウンジで、コーヒーでも飲んでから行こうか?たまには奢るよ」
「おいおい、珍しいな。いつもの缶コーヒーじゃなくていいのか?」
笑いあう2人を乗せて、車は帝都ホテルの駐車場に滑り込んでいく。車を降り、ホテルのロビーに入ったところで、
「おや、君たちか」
と声をかけてきた男がいた。山西だった。

つづく。

 

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