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株式会社 日立システムズ

第18回 ネガキャンを利用する

「や、山西さん…」
つい2日前に対峙したばかりの山西が、そこにいる。安田の表情がひきつるのと裏腹に、山西は妙になれなれしい笑顔で近づいてくると、
「いや、ちょうど今から大阪に帰るところなんだよ」
と言い、重そうな荷物を指さした。
「このホテルは良いね、東京本社から近いし、眺めも良いからね…」
山西は本社という単語にわざわざ「東京」と付けて呼ぶ。それは自分が率いるプロジェクトを通じて大阪支社の格上げを狙おうという野心の表れだろう。
「それで、君たちはなぜここに?密談かね?」
山西の眼光が鋭くなる。安田はたじろいだ。
馬鹿正直にこの後、社長に会う予定だとでも言おうものなら、山西による牽制が強まることは必至だ。社内で顔合わせすることを避けてここに来たのに、裏目に出たか…。安田は自分の思い付きで日比野をラウンジに誘ったことを悔いた。

「そういう山西さんこそ、大きな荷物を持って帝都ホテルのロビーにいらっしゃるなんて、おかしいですね…こちらにお泊りだったのですか?」
そんな挑戦的な言葉を投げつけたのは、もちろん日比野だ。腕時計をチラッと見た山西は、思いがけない日比野の言葉にぴくっと反応した。
「何が言いたい?」
「山西さんは営業本部長でしょう?。『東京』本社に在籍していて、住まいも遠くないはずなのに都内のホテルを利用されている…、まさか宿泊費を経費で落としたりはしていないでしょうな」
日比野は、山西の使った東京本社という単語を皮肉たっぷりに用いて切り返す。
「別に構わんだろう!私は毎日スケールの大きなビジネスをしていて多忙を極めているんだ。仕事をして夜遅くなれば、やむなく近くに泊まることもある」
「なるほど…私はてっきり家庭に不和でもあるのかと思ったのですが、杞憂でしたか。それにしても、本部長ともなるとずいぶん贅沢な経費の使い方ができるものなんですね」
隣にいる安田も、気が気でない。
「さ…さっきから、何を言っているんだ、君は!そ、そういう君たちこそ、勤務時間中に、なぜこんなところにいる!」
気色ばんだ山西の問いに、日比野は平然と答える。
「なぜって、私がここに打ち合わせ場所を指定したのです。次のアポイント場所がすぐそこにあるものですから、すぐに動けるようにと私からお願いしました」
「…アポイントだと?…どこだ、それは!」
「申し上げられません」
「なぜだ!」
「簡単なことです。そもそも私は部外者ですから、あなたの命令に従う必要はありませんし、その取引先と秘密保持契約も結んでいるので、このような開けた場所でおいそれと話すわけにもいかないのですよ」
山西の顔から血の気が引いていく。
「貴様…覚えてろ!」
そういうと、山西はカバンを引っ提げて苛立たし気にホテルから出ていった。

「…おい、日比野!あまり火に油を注ぐなよ」
安田は冷や汗をかいているが、日比野は気にもかけずにラウンジに向かう。
「安田、あいつ腹が立つと『覚えてろ!』しか言わないんだな。あっはっは…」
「笑いごとじゃないぞ。お前の嘘八百を聞いて俺は生きた心地がしなかった。あいつが後を付けていたら、どうするんだ?」
「そんなことしないさ。時計をチラチラ見ていたから、新幹線の時間が迫っているんだろう。それに、アポイントはすぐそこのH社だし、そことNDA(秘密保持契約書)だって交わしたろ?まあ、ここに誘ったのは俺じゃなくて安田だが、そこを除けば俺は意外と正直者なのさ。あ、2名です。タバコは吸いません」

日比野はさらりとそう言って、ウェイターに案内されたグランドピアノのそばの席に腰を下ろした。
「いったい山西さんを怒らせて、何の得がある?」
安田はハンカチで額の冷や汗をぬぐいながら、コーヒーを注文した。日比野も「僕も同じのをください」と頼んでから、
「俺の読みが正しければ、山西さんは後々になって使える人になるはずだ」
といった。
「どういうことだ?俺にはさっぱり分からん」
「…いや、今時点でのあいつの使い道を知っておいてもらおうか」
そう言うと日比野はコーヒーをひとすすりした。

「このプロジェクトの最大の肝は、意思決定後の社内周知だと言って良い」
「ああ…そんなことは分かっている」
「山西は、今のところは邪魔な存在だが、意思決定後にはさぞかし熱心にネガティブキャンペーンを張るだろう。それが俺たちにとって、この上ない周知活動の助っ人になってくれるのさ」
「ネガティブであろうと、周知はしてくれるという意味で言っているのなら、それを助っ人とあがめるのは間違いだ」
安田はそう言いながらコーヒーをすすると、「熱っ」と顔をしかめた。
「安田、冷静に考えてみろ。このプロジェクトでとばっちりを受ける人は、実はほとんどいない。これはリストラではないんだ。配置換えはあるかもしれんが、給与が下がることもない」
「…それは、そうだが」
「だから、山西がどんなにそのデメリットを語ろうと、ほとんどの社員には『ふーん、それで?』としか思わないさ」
「つまり、山西さんを怒らせたのは、彼が躍起になってプロジェクトのネガティブキャンペーンを張ることで、逆に社内周知をやり易くしよう、という狙いか」
こちらの意図をようやく理解した安田が内心ほっとしたのを見計らった日比野は、頷いて話を続ける。
「それもある。もう一つ言うとするなら、社内の抵抗勢力の意見をある程度まとめておきたい、ということだ」
「抵抗勢力をまとめる?」
「4人のプロジェクトメンバーがプレゼン行脚をする時、反対意見が多ければ多いほど苦戦することになるが、どいつもこいつも同じような反対意見を述べてくれるようなら、かえって対応はたやすいだろう?」
「確かに極端に言えば、一つの想定問答を用意しておくだけで、足りるかもしれん」
「…そういうことさ。お前のことだから、本社で山西に会いたくなくてここを選んだんだろうが、むしろ引きが良かったな」
そんなことまでお見通しか…と安田は苦笑いするしかなかった。

つづく。

 

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