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株式会社 日立システムズ

第13回 新たなリーダー候補。しかし…

安田は食堂の自販機で買った缶ビールを開けて、最初のひと口を飲んだ。静かな食堂に、その「ゴクリ」という音がやけに大きく響く。冷えたビールが腹の中に落ちていくのを感じながら、安田は今日という長い一日を振り返った。
新規事業がなかなか立ち上がらない現状を打破しようとする若手チーム、そしてその時機を鋭敏に感じ取って社長の座を虎視たんたんと狙う中で、安田に右腕になれと誘ってきた山西。きっと、これまでの新規事業プロジェクトが頓挫した理由の中には、山西のような社内の抵抗勢力の存在が少なからずあったに違いない。しかし、
「俺は、あいつらの想いを無駄にするわけにはいかないんだ」
誰もいない食堂で、そう呟いてみた。安田が室長としてチームを率いるようになってから、まだそう日は経っていない。しかし、チームのメンバーは不器用ながらも着々とその作業を進め、その存在は気づけば安田にとって無二の支えにもなっていた。
そして、安田はエレベーターホールでの日比野とのやり取りを思い出した。
「俺は首をかけたんだぜ?」
「この期に及んで、当たり前のことを言うな」
かつての社長に反目してH社を去った日比野。あいつは、おそらく一つ一つのプロジェクトに自分の首を賭ける思いで臨んでいたのだろう。それに比べれば、自分のこれまでの仕事に込めた覚悟は、可愛いものだったのかもしれない。でもそんな日比野が、今そばで自分のプロジェクトを支えてくれている。
食堂の壁沿いに並ぶ自販機の青白い光が、安田の顔を照らしていた。
「…ふん、負けるものか」
思わずこぼれたその言葉が山西に対するものなのか、日比野に対するものなのか、あるいは自分自身の内なる弱さに対するものなのか…安田自身にも分からない。とにかく安田は、残りのビールをぐっとあおるようにして飲み、自分の部屋へと戻っていった。

翌朝。
食堂に集まったメンバーたちの表情は、昨夜遅くまでの作業の疲れの色を残しつつも、どこか引き締まっていた。こういった合宿によるブレインストーミングは、往々にして参加者の視座を大幅に引き上げるものだ。
みんなが朝食を終えた頃合いを見計らって、安田が立ち上がった。
「さて、初日からみんなには大変な負荷をかけたが、まだまだこれからだから気を引き締めてくれ。まずは昨日の発表を受けて、2つのチームの案のうち、どちらをベースにして今後の検討を進めるかを発表したい」
場の空気がぐっと引き締まる。そんな中、木田がポツリと声を上げた。
「…あの」
「どうした、木田」
「もう、結論は出ているんですか?…その、室長と日比野さんとの間で」
その問いに答える代わりに、安田はチラっと日比野を見た。日比野は安田に代わって口を開く。
「今回の決定には、私は全く関与していません。御社の社運がかかっているプロジェクトだからこそ、安田に腹を決めてもらいました。そのことはもう、昨日ここに戻ってくる前から、2人で話していたことです」
その言葉に、木田は納得したように頷いた。
「ほかの方々は、何か聞いておきたいことはありますか?」
日比野が念のため質問を促したが、みんな黙ったまま首を横に振った。それを見届けた安田は、たった7人しかいない場にしてはやけに良く通る声で、
「では、俺の考えを発表する」
と宣言し、続けた。
「…われわれ新規事業室は、今後、自動運転車事業のアイデアをベースに検討を行うこととしたい」
安田のその言葉を、4人はかみしめる様に受け止めた。アイデアを採用してもらえなかったB2Bチームの庄司はどこか悔しそうに歯を食いしばり、木田も自分の不甲斐なさを振り返るようにかすかに首を横に振った。
いっぽうで、B2Cチームの富永は、まるで将棋の対局に勝った棋士のように動かないまま、その表情に微かな歓喜を浮かべた。そしてあすなも、珍しく一言も声を出さず、代わりに目を赤くして、たった一晩の努力をかみしめる様にしていた。
「先ほど言ったとおり、私はこの決定には関与しませんでした。しかし、おそらくこの決定は2つのチームの検討の出来栄えの差とは異なるところに根拠があるのではないかと思います」
日比野がそう説明を始めると、安田は「ああ」と頷いた。
「昨夜の発表は、事前準備を含めても僅かな検討時間しかないなかで、いずれのチームも拮抗した良いアイデアを出してくださったと思っています」
日比野のその言葉に他意はなかったが、4人はその言葉を真に受けようとしていなかったことが、それぞれの表情から伺えた。彼らは自分たちが「まだやれる」と思っている、そう日比野は判断した。
「…ただ、今の発言の裏を返せば、僅かな時間しかなかったがために、自動運転車事業のアイデアにもまだまだ練り上げる余地があるということでもあります。B2Bチームの2人にとっては悔しい結果になったかもしれませんが、ここからまた1つのチームに戻って、一致団結して計画を立てるのに協力していただきたい。ここまでお2人が検討してきた内容は、少なからずB2Cチームが練ったアイデアに良い影響があるはずですから」
木田は、気持ちを切り替えるように「はい」と返事をした。庄司も、あいまいに頷いた。
「…それでは、今からお昼時間までの間に、B2Cチームが作った自動運転車事業の事業計画の妥当性を検討することにしましょう。ナミ、プリントを配ってくれ」
ナミは、富永とあすなが手書きで作った5カ年の売上計画をPCで表形式にまとめたものを全員に配った。
「ここからのディスカッションは、富永、お前が主導してくれ」
安田に促され、富永が立ち上がる。財務や会計の分野の知識に乏しい富永だが、その表情には気迫がにじんでいた。
「5年後に1000億。H社の威信にかけて、この目標を達成したいと思います。僕はまだまだ力不足なので、ぜひ皆さんの力をお借りしたい。頑張りましょう」
力強い富永の言葉に、木田とあすなが呼応するように「はい」と応える。しかし、庄司はその波に敢えて乗ろうとせず、苦い表情を見せた。

つづく。

 

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