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株式会社 日立システムズ

第22回 割れる見解、そして

富永のプレゼンはいよいよ佳境へと入った。
「当社グループがとるべき新規事業の柱を、私たちはモビリティ事業と名付けました。動かざると書く『不動産』を扱うわが社グループにとって、これは言うまでもなく全く新しい事業領域になります」
富永は、いつの間にか自分の緊張がほぐれていき、代わりにプレゼンへの熱がこもっていく自分に気づいていた。32歳の富永にとって、このプレゼンの場はまたとない成長の機会になっている。
「ご存じの通り、あらゆる業界の垣根があいまいになっています。電気自動車を家電メーカーやIT企業が開発する事例も出てきました。H社グループも多分に漏れず、今こそ『動く不動産』を手掛けるべきなのではないかと考えています」
スライドには、彼らが考案した「動く住宅」のアイデアが映されている。
「今後、自動運転がスタンダードになれば、私たちは住むところさえ動くものに変えることができるはずです。それを新しいビジネスの種にしようというのが、今回の主なアイデアです」

ここからの富永のプレゼンの要旨は以下のようなものだ。

  • 自動車に搭載できる住宅モジュールを開発する。ただし、自動運転車の技術は開発せず、自動車メーカーと連携することを前提とする。
  • 動く住宅のためのパーキングスペースを併せて開発する。それは既存の大家たちの新たな収益源になるため、カニバリゼーションは避けられる。

「なるほど、動く住宅と聞いて、単身アパートなどの大家さんにとっては打撃があるのではないかといったん懸念したが、パーキングスペースにするという手があるんだな」
「おっしゃる通りです。まだまだ構想の域を出ませんが、パーキングスペースを立体化することができれば、いわばそれは動くマンションと呼んでもいいかもしれません」
富永がそこまで話すと、それまで黙っていた大村専務が口を開いた。
「非常に面白いが…自動運転技術の確立を待っていたら、さっき話していた5年後の赤字に間に合わないんじゃないか?かといって、運転席がついたものを作るとしたら、それはただのトレーラーハウスになってしまうし…いったいこれでどう儲けるんだね?」
不意打ちのようなタイミングでの質問だったが、富永は動じずに答える。
「ご質問いただきありがとうございます。おっしゃる通り、この計画は自動運転技術が確立された後に実現するという意味では他力本願な部分がありますし、収益に結実する時期を見積もることがなかなかできません。その部分をどうカバーするかという話を、これからさせていただきます」

富永が操作するスライドに「海外進出」という文字が出たとき、大村専務と唐沢本部長は思わず顔を見合わせた。
「動く住宅は、まず海外で軌道に乗せ、日本に逆輸入する形をとるのがいいのではないか、というのが私たちの考えた結論です」
「そんなばかな!H社は規模こそ大きいが完全なドメスティックカンパニーだぞ?いきなり海外に出て成功するはずがない!」
どうやら大村専務はこの計画には賛同しかねるらしい。しかし、東野は笑っている。
「でも、面白そうじゃないか?いったん富永君の話を最後まで聞いてみようじゃないか」

さて、ここからは読者の皆さんにとっても初耳となる話が続くので、少し詳細に彼らのアイデアを説明しておこう。

お気づきの通り、海外進出というアイデアは社長室で安田と日比野が事前打ち合わせをした際に出されたものである。一般的には海外進出は日本で確立された事業を海外に持ち込んで展開することが多いが、彼らの考える「動く住宅」はそうはいかない。なぜなら、自動運転技術は言うに及ばず、住民が絶えず動き続けるという状況に対して、日本では障害となる規制があまりにも多いことが想像されるからだ。
「であれば、規制が少ない国、例えば新興国に進出してしまえばいい。動く住宅単体での販売ではなく、街中に動く住宅があることを前提とした街づくりやサービスを考えていく。もともと都市開発も手掛けているH社にとって、それは得意領域でもある」
数日前に行われたプロジェクトメンバーどうしのミーティングで、もともと開発部長であった安田は、鼻息荒くそう話した。
「家にもなり、車にもなる『動く住宅』は、当然だが、家と車両方を買うより安上がりだ。実は、所得の低い新興国とは、相性がいいはずじゃないか。住宅を走らせるために道路整備なども進めば物流も産業も進化していく。大げさかもしれないが、その国にとっては一大プロジェクトになるかもしれない」
そんな日比野の言葉に、庄司も乗った。
「なるほど…当面の売り先は政府ということになりますね。とても面白いですね」
「ああ、現地の政府になるのか、それとも日本政府のODAのカードとして提示するのか…このスキームなら案外、1,000億は固いかもしれないな。もともと都市開発は行政と連携する部分も多いし、パイプを作ることも不可能じゃない」
…といったやり取りを経て、H社の新規事業は最終的に「動く住宅を軸にした新興国の都市開発」という形に落ち着いたのである。

プレゼンを終えた富永は、上気した顔で席に戻った。
「…富永君、ありがとう。いや、君たち全員に感謝をしなければならない」
東野がそういって、頭を下げる。安田はそれを見て慌てて返礼をしながら「ああ、よかった」と心の中で安堵していた。
「大村君、どう思う?僕は気に入ったけどね」
東野は率直に意見を求めた。
「すばらしいプレゼンではありました。しかし、荒唐無稽にも見えますな…正直個人的にはこの危ない橋を渡るのは気乗りしませんね…」
そういうと、大村専務は腕組みをして黙り込んでしまった。

会社のツートップの間で見解が割れてしまえば、だれも口を出せない。しばし、気まずい沈黙が続く。日比野はその空気を変えるべく「社外の人間である私が発言すべきかはわかりませんが…」と口火を切った。

つづく。

 

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