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株式会社 日立システムズ

第2回 いよいよキックオフミーティング…しかし。

キックオフミーティングの日は5日後に設定された。
「あすなちゃん、すごいですね。新規事業のメンバーに抜擢されるなんて!」
ナミはいつものとおりコーヒーを淹れながら日比野にそう言った。
「ふん、あいつは人質みたいなもんさ。安田のやつ、あすなを置いておけば、もれなく俺がついてくるとでも思っているんじゃないか」
日比野も、いつものどおり悪態をつく。しかしその悪態が様になっていない。
「…とにかく、H社にとっては“見えざる正念場”なんだ」
「見えざる、正念場?」
「ああ。正念場には違いないが、普通の正念場と違うのは、H社の人間のほとんどが、今自分たちが“そのこと”に気づいていないところだ」
H社の業績は、たしかに表面上では増収増益。しかしその裏には、五輪特需に乗り切れていない危うさがある。
「でも社長、もし今のうちに手を打てるとなれば、ラッキーですよね」
「そのとおりだ。本業から得られるキャッシュフローが十分にあれば、新規事業に思い切った投資もできるからな」
キャッシュフローとは、その名のとおり「現金の流れ」である。ビジネスで得られたキャッシュの使いみちは、突き詰めれば以下の3つしかない。

(1)債務の返済に充てる
(2)さらなるビジネス拡大を狙って、設備投資やM&Aを行う
(3)配当や自社株買いにより株主に還元する

H社がやろうとしている新規事業開発は、(2)に近いわけだが、裏を返せばキャッシュフローが十分でない会社は、新しいビジネスを生み出すことすら、ままならないともいえる。曲がりなりにも増収増益を続けているH社を「ラッキー」と評する理由はそこにある。

H社に向かうタクシーの中で、ナミは腕時計をちらっと見ながら、日比野に話しかける。
「例のものは印刷しておきました。先方は安田さんを含め、5名さまでしたよね」
「ああ」
「5人組か…、どんなメンバーが集まっているんでしょうね?」
「安田のことだ、単なるおりこうさんは選ばないさ。あいつはいつも、じゃじゃ馬を乗りこなそうとするからな」
「でも、一風変わった人が集まるとなると、プロジェクトを進めるのも大変ですね」
ナミが何気なく言った言葉に、日比野は一瞬口をつぐむ。
「……まぁ、安田のお手並み拝見といったところだな」
実は日比野には、少し引っかかっているところがあるのだった。

キックオフミーティングの場所に指定されたのは、ミーティングルームというよりカフェに似た雰囲気を漂わせている場所だった。
「社内のコミュニケーションを活性化させようという狙いで、会議室のフロアを最近リノベーションしたのさ…お前は初めてだよな?」
安田が簡単にフロアの案内をしてくれた。H社に限らず、最近はオフィス家具を単なるコストの塊ではなく、社員のパフォーマンスを高めるための大事な投資の一つであるという考えが浸透しつつある。しかし日比野はさほど関心を持たず、「ああ」と返事するきりだった。
「とにかく、みんなお前を待っているよ。さあ、この部屋だ」
ドアを開けると、若々しいメンバーがそろって椅子から立ち上がった。

「日比野さんですね、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
順に名刺交換を済ませていく日比野。そして一人ずつ、安田が人となりを紹介していく。

庄司律也(しょうじりつや) 36歳。
旧ポジションは不動産事業開発部都市開発課の課長。安田の右腕として多くの都市開発プロジェクトを仕掛けてきた実績を持つ。いわゆる参謀タイプで、理知的に物事を進めることが得意だという。ひょろっとした長身が特徴的だ。

富永新(とみながあらた) 32歳。
旧ポジションはリフォーム事業部オフィス企画課の主任。ベンチャー企業のオフィス設計から大企業のオフィス移転に伴う設計などを手掛けるデザイナーとしての顔を持ちながら、読書家で経営への造詣も深い。今このミーティングが行われている会議室のリノベーションのプロジェクトにも参画したという。学生時代はラグビーをやっていたそうで、がっしりした体躯からは熱いオーラが常にほとばしり出ているようである。

木田由利(きだゆり) 28歳。
旧ポジションはCSR部ダイバーシティ担当。北欧への留学経験があり、働きやすい職場づくりをめざしてH社に就職して、4年目である。小柄だが意志の強そうな目をした女性で、話し方も非常に快活である。

道草あすな 24歳。
旧ポジションは不動産事業開発部都市開発課。言わずと知れたこの物語の主人公。「実力不足の感は否めないが、色々な経験値を積んでもらいたくて抜擢した」と安田は言う。

「…さあ、それではさっそく始めよう。日比野、ここからは仕切ってもらってもいいか?」
安田がそう促すと、
「いいんだな?」
日比野はやや冷たさを伴った口調で言う。突如、場が引き締まった。
「もちろんだ。そのために来てもらっているんだから」
安田のその一言を聞くや、日比野はおもむろに、全員にA4の用紙を配布した。日比野、そしてナミだけが、これから起こることを知っていた。

「ご覧いただければお分かりになると思いますが、その紙にはお名前を書く欄と、3つの質問に対する回答欄があります。今から30分以内にこの用紙を記入して提出してください。ルールはたった一つ。本音を書くことです。その代わり、この用紙に何を書こうが、皆さんの人事評価には影響させないことを私がお約束します」
会議室がにわかにざわついた。
「あの…今からここで書くのですか?」
富永が皆の代わりに尋ねたが、日比野は首を振った。
「いいえ、各自お好きな場所で書いてください。この部屋には30分間、ここにいる大木ナミだけが座っているようにします」

呼ばれたナミが軽く会釈をして「はい、私がご提出いただいた紙を預かります」
戸惑いの表情を隠せない4名…いや、安田を含めれば5名。しかし日比野は表情をピクリとも動かさない。
「さあ、いったんご退室ください。安田…お前も俺と一緒に出てもらう」
そう言って、日比野は安田を連れて無理やり部屋を後にした。残りの4名も、プロジェクトリーダーの安田が退室した以上、従うほかなかった。

「日比野、お前のやることだからきっと考えがあるのだろうが…一体どういうことだ?」
別室に移動した安田は、耐えかねたように切り出した。
「全員のいる前では本音を語りにくい。一人で紙に向き合ってもらう時間をとっただけだ」
「それはわかる。しかしこの最後の質問は何なのだ!」
安田は配られた用紙の「質問3」を苛立たし気に指さした。
「安田…あえて冷静に考えてほしい。彼らはその3つ目の質問に、どう答えると思っているんだ?」
日比野は相変わらず、いつものどおりの無表情のままだ。
「…そ、それは…」
「はっきり言おう。それを理解していないお前は、そもそも、リーダーとして大事な資質が欠けているんだ」
日比野の言葉には、眉間に銃口を突きつけるような残酷さを持っているように、安田には思えた。

 

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