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株式会社 日立システムズ

第15回 売るのは家か?車か?

安田と日比野の2人が駆け付けると、あすなが目に涙を浮かべている。
「おいおい、何の騒ぎだこれは」
さすがの日比野もそう口を挟まずにはいられなかった。
「だって、さっきから庄司さんも富永さんも、自分の言いたいことばかり言ってるんですもん!」
あすなが言いたいことは、ある程度想像がついていた。たった今、安田にその講釈をしてきたばかりだ。だから本来は安田にこの場をおさめさせたいところだが、「目の前のじゃじゃ馬は、お前の担当だ」とばかりに、安田はうすら笑いを浮かべて日比野のほうを見ている。日比野は「やれやれ」と思いながら、口を開いた。
「…それで、今、議論はどういう状態なんだ?お前の言葉で説明してみろ」
日比野に促されて、あすなは鼻をすすりながら話を始めた。
「自動運転車にハウスユニットを載せたものを、いくらで売るかという話で、お二人の主張が延々と平行線のままなんです」
「どんなふうに?」
「富永さんは、家なんだから数千万円で売れる。でも庄司さんは、車なんだから一千万円以上にしないほうが良い…ずっとその話ばかりしてます」
庄司と富永の名誉のために言うと、売上計画を単価と数量に分解して議論するのは非常に重要なことである。そもそも今回の合宿でB2BとB2Cのペアに分かれることになったのは、このテーマが発端であった。しかし、あすなが要約すると、2人の議論はまるで痴話喧嘩(げんか)のようでもあり、安田は思わず吹き出してしまった。
「道草、お前もう少しマシな説明をしてくれよ…」
力が抜けたように庄司が言うと、場の空気がようやく緩み、みんあの笑い声が食堂に響く。
「よし、1時から安田と私も議論に加わりましょう。いよいよ正念場なので、昼食の後は少し散歩でもしてリフレッシュしてきてください。…あ、ちょっと来い」

日比野はあすなを手招きすると、財布を取り出した。あいにく千円札がなく、一万円札を出して渡した。
「コンビニがあるのは知ってるな?適当に全員分のおやつでも買ってこい」
「え、私が選んでいいんですか?」
「ああ…こういうのは、お前が一番詳しいだろう」
あすなは子どものように喜んで「はい!」と言った。それは、あすなのおかげで議論の膠(こう)着状態を打破できたことへの、ささやかな褒美のつもりだった。

昼食を終え、いよいよ合宿のメインテーマである経営計画の立案を行う時間になった。先ほど険悪なムードになっていた2人も、1時間のブレイクのおかげですっかり表情が和らいでいた。
「昨日の冒頭で、皆さんの双肩にH社の未来がかかっているという言い方を安田がしていたのを覚えている人もいるでしょう。しかし、だからこそ、ここからのディスカッションは肩の力を抜いて、リラックスして取り組んでください。延々と議論が続くような時間になりますが、途中休憩や間食を自由にとっていただいて構いません」
日比野は話しながら、いつの間にか持ち込まれていたホワイトボードに「単価×数量」と書いた。
「先ほどのお二人の議論は、これからの計画を、以下の2つの路線のどちらに寄せていくか?と言う論点に置き換えることができます。

(1) 高い単価で稼ぐのか
(2) 単価を下げて、たくさんの人に行き渡らせて稼ぐのか

しかしいずれの場合でも、先日決めた1,000億円というラインに最終的に到達できるようにする必要があります…、富永さん」
「はい?」
「先ほど、この事業で売りたいものは『家』だと仰いましたよね。想定価格はどれくらいですか?思い浮かんだ数字で結構です」
「うーん…せいぜい2,000万円だと思います」
日比野は庄司にも似た質問をしたところ、『車』だとしたら800万円くらいで売れるのではないか、という答えだった。
「いったん、単純化して考えましょう。1,000億円売るためには、単価2,000万円で5,000軒、単価800万円の場合は12,500台売ることになります」
日比野が「軒」と「台」という単位を細かく使い分けているのは、2人のどちらの意見にも肩入れしていないという姿勢の表れだった。
「どちらが現実的か?という話をする前に、どちらのほうが楽か?を考えましょう。木田さん、どちらのほうが楽ですか?」
「私は車のほうだと思います」
木田がそう言うと、庄司は「そうか?」と首を傾げた。
「私は家のほうが楽そうです。H社にとって車は売ったことのないアイテムだ。カーディーラーを持っていないウチが新たに車を売ろうと思うと、大変です」
その意見に、今度は富永が「うーん、でも」と付け加える。
「うちは土地のオーナーさんとつながりがありますよ。例えば駐車場として利用している土地に、シェアリングカーのように車を置くことができたら面白くないですか?」
いつの間にか、庄司が「家派」で富永が「車派」になっている。一人ひとりが自分の発言に拘泥せず、この場全体で最も有用な発言をしようとしている空気に変わってきた。ここまでくると、一つ一つの発言が誰のものかは、むしろ問題ではなくなる。

「そうなると、ビジネスモデルを丸ごと考え直さないといけないんじゃないですか?何の気なしに車や家を売るつもりで話してましたけど、もしかしたらリースやサブスクリプションといったビジネスモデルも考えの中に入れないといけないのかもしれないですよ…」
「いや、そこまで広げるとキリが無くなるから、俺たちは販売に特化することにして、そういうのは専門業者に任せたほうが良いんじゃないか。そのほうが議論もシンプルになる。もちろん、それらの業者をM&Aしてくるとか、子会社として立ち上げるのも選択肢の一つではあるが」
「あ、だとしたら、さっきのカーディーラーがない、という当社の弱みは無視できるっていうことですね」
議論の結果、H社が売るものは「車両」ということになり、いったん想定単価を800万円とおいての台数の積み上げ計算を行うフェーズに入った。
「集中して議論する時間が少し続いたので、いったん休憩しましょう」
日比野がみんなに休憩を促したそのとき、安田の携帯が鳴った。
「…社長からだ」
そのつぶやきを日比野は、表情を変えずに聞き届けた。

つづく。

 

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