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株式会社 日立システムズ

第11回 ロマンがノルマに変わるとき

H社の役員会議室には、不穏な空気が漂っていた。
山西の言いたいことはシンプルだった。大阪支社を大阪本社に格上げするためには、資金も人材も必要になることは明らかだ。安田のポストを保証する代わりに、新規事業の開発を諦めさせることで、その資金を自分の野望のために使うとともに、安田という格好の人材を引き抜きたい、ということである。
「山西さん、私は社長に命じられて新規事業開発を担っているのです。それを山西さんにとがめられるいわれはありません」
「それはそうだ。だが、君が新規事業のアイデアを出さなければ時間の問題で開発室は消えてなくなることになるだろう?それでいいのさ。そうすれば俺はいずれ社長の座につけるし、君は君で、再び新天地で不動産開発に携わることができる…あながち悪い話ではあるまい?」
言葉に詰まる安田。しかし日比野は食い下がる。
「……なるほど、新規事業の立ち上げというプロジェクトを失敗させた張本人として、今の社長に責任を負わせて解任させることもできる。出世のことしか頭にないあなたにとっては、またとないチャンスと言えるでしょうな」
「ふふふっ、すべてお見通し、というわけか。しかしこの際、社外の人間である君は口を挟まないでほしい。これは私と安田君の話なんだからな」
安田は口をぎゅっと閉じたまま黙っていた。新規事業開発室に籍を移した今となっては、山西は直属の上司ではない。だから安田に対する人事権はないので、今すぐこの話を突っぱねたところで安田の身分が危うくなるわけではない。しかし、この場でこの話に反対してしまえば、仮に山西が社長就任を成し遂げた場合に、せっかく立ち上げた新規事業をつぶされる可能性もある。
発言を封じられた日比野は、ただ安田の反応を待っていた。
「まぁ、ゆっくり考えてくれればいい」
山西がそう言って席を立とうとしたとき、安田がようやく口を開いた。
「や、…山西さんは、5年後に売り上げをいくらにしたいですか?」
「なんだと?」
「私を右腕に考えているのですから、それ相応のビジョンを描いていらっしゃるのでしょう?5年後のグループ売上高は、いくらにするおつもりなんですか?」
山西はみるみる気色ばんでいく。
「……貴様、俺が温情でこの話をしてやってるのが分からんのか!」
立ち上がり激高する山西。しかし「温情」と言うなら、かねてから不動産開発に力を尽くしてきた安田を、最初から手放さなければよかったのである。一度人を異動させておいて、冷や飯を食わせておいて呼び戻すその采配は、温情どころか人を人とも思わない扱いと言っても良かった。
「…申し訳ありませんが、ビジョンなきリーダーに従うつもりはありません。失礼します」
安田のセリフに合わせて、2人は立ち上がった。
「お前たち、覚えてろ!」
山西の捨て台詞は、もう2人の耳には入らない。

部屋を出て、役員専用のエレベーターのボタンを押した日比野は、思わず笑っていた。
「はっはっはっ、傑作だな」
「…笑い事じゃない。俺は首をかけたんだぜ」
ため息交じりにそういった安田に、日比野は鋭い視線を向けた。
「この期に及んで、当たり前のことを言うな。俺がメンバーに書かせたアンケートのことを、忘れたわけではあるまい」
日比野はキックオフミーティングでの出来事を思い出させるように言った。そして、そのアンケートの中に「もし、あなたがH社を辞めざるを得なくなったとします。そうなったら何に不満や不安を覚えますか。」という質問を入れたことに、安田が腹を立てたことを思い出させた。
「あの時こうも言ったよな。『今回のアンケートで試されているのは、安田、お前なんだ』と」
安田の額に、冷や汗が浮かんだ。
「まさか、お前…こうなることまで想像していたのか?」
「もちろん、現実になって欲しくはなかったがな…」
「なんて奴だ…」
安田は日比野の先を見る眼にあらためて舌を巻くと同時に、これほどの人材をつまらないことではじき出してしまったH社の底の浅さを目の当たりにした思いがした。

さて、その頃。
合宿所にいるメンバーたちは、軽い夕食を取り始めていた。まだまだ作業が山積みなので、アルコールはお預けという約束になっている。
「何とか10時までにはケリをつけて、ゆっくり休もうぜ」
庄司と富永は、向かい合って座った。
「ええ…どうですか、そっちのチームは?」
「うん、何とか形になりそうだが…なんだか怖くなってきた」
「怖い?何がです?」
富永には庄司の言葉の意味が分からない。
「輝かしいビジョンを描くのはよいが、おそらくその新規事業が本当に立ち上がったら、責任を負わされるのは俺たちなんだぜ?俺たちは将来の重圧を自分で生んでいるような気がしてならんね…お前はそう思わないのか?」
「え、ええ…まあ」

正直なところ、富永はあすなとともに行う作業に没頭してしまい、そんなことまで想像できていなかった。
「今、お前たちはまだ毎年の売上高予測を作ってる段階なんだろ?それができたら、1年目の売上高を達成するために、毎月やるべきことを洗い出していくことになる…俺たちのチームもそうだが」
そこまで言って庄司は夕食の照り焼きチキンを美味しくなさそうに一口かじり、
「…今すぐにでも動かないと間に合わない、っていう気持ちになるぜ」
「……」

富永は急に、喋らなくなった。そして無言のまま、自分が注文したロースカツカレーを無理やり口に押し込んだ。
「あれっ、富永さん、がっつり食べますね!」
あすなが木田とナミを伴って富永の隣に座ったのが、ちょうどその時だった。富永は苦笑した。
「…こんな重たいもの、選ばなきゃよかったよ」
「え?なんでですか?カツカレーなんて縁起良さそうじゃないですか!」
一瞬、場が固まる。
「…なんだそれ。お前オッサンか?」
あすなを除く4人は、腹を抱えて笑った。そうやってこの空気を共有することが、彼らにとって一番の糧になるのだった。

つづく。

 

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