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株式会社 日立システムズ

第5回 5年後の姿を描け

あすなが付箋を手に部屋に戻ってきたときには、すでに日比野は説明を始めていた。第1話で日比野が眺めていた決算資料と同じものをメンバーに配っている。
「H社グループのここ3年間の業績が、こちらです。単位は百万円ですから、ここ最近の売上は3200億円強というラインを継続していることになります」

キャプションを入れてください。
2期前 1期前 直近期
不動産開発事業 197,918 199,091 201,015
リフォーム事業 78,181 81,004 80,271
住宅サービス事業 42,897 41,127 41,189
その他 1,030 1,311 1,440
合計 320,026 322,533 323,915

メンバーは一様にうなずきながら説明を聞いているが、やはり安田や日比野が抱く危機感を「見せかけの増収増益」から見出すことは彼らにとって難しいようだった。
安田は沈滞した空気を明るくするように、
「せっかくだからクイズにしてみよう。このままいけば3年後、2021年度の売り上げはどれくらいになると思う?」
と言って、あすなが丁度持ってきた付箋を一枚ずつメンバーに配った。

「クイズってことは、正解があるんですか?」
そう訊いてきたのは、32歳の富永新だった。
「いや、そういうわけじゃ…」
と打ち消そうとする安田の声を遮るように、
「当然あります」
と、日比野が断定した。

「おい、日比野…」
心配そうなまなざしを向ける安田。しかし日比野は動じない。
「試しに俺と安田もこのクイズに参加しようじゃないか。俺と安田はおそらくほとんど同じ数字になるはずだ…この新規事業の立ち上げがなく、このままH社が進んだらどんな数字になるのか。想像するのはそう難しくないさ」
そういうと、日比野は内ポケットから万年筆を取り出して、みんなに見えないようにしてさっと数字を書き、
「さあ、みんなもどうぞ。10秒もあれば書けるでしょう」
といって、腕時計の秒針に視線を当てる。4名のメンバーと安田は慌てて数字を書いた。

10秒後、みんなは数字を書いた付箋をテーブル中央に置いた。

庄司律也:3100億円

富永新:3300億円

木田由利:3150億円

道草あすな:3000億円

安田賢作:2750億円

日比野京一:2750億円

「ほんとだ、2人全く同じ数字になってる!」
あすなは安田と日比野の付箋を見比べて驚きの声を上げた。あすなはこの2人を除けば一番悲観的な数字を挙げたメンバーであり、ある意味「ニアピン賞」である。
「あはは…まさか、ぴったり同じになるとはさすがに思っていなかったがな」
日比野は少し笑ってそういった。
「しかし、いくら何でも2750億円というのは少なすぎませんか?3000億円を割り込むことだって想像できない…」
庄司律也は戸惑いを隠せない表情でそういった。
「はい、天下のH社がこれ以上成長できないなんて、あり得ないっすよ」
そう同調した富永は、ただ一人増収を予想した男だ。いや、予想というより、H社に対する愛社精神がただの贔屓目になって表れた数字だろう。

「消費増税による景気圧迫、そして東京五輪後の景気後退を考えたとき、もっとも割を食うのは建設業、そしてそのすぐそばにいる我々不動産業だ。当社グループは一見増収を続けていても、増税前の駆け込み需要や五輪特需のうまみを十分に吸い上げられておらず、先々のことを考えると非常に暗い気持ちにならざるを得ない。私が2750億円という数字を出したのは、売り上げがこのラインを下回ったとき、おそらくH社は最終赤字を計上せざるを得ないからだ」
安田の解説を聞いて、一同愕然とした。
「あ、赤字!そんな馬鹿な」
「いや、リーマンショックのあおりを受けた2008年度の売り上げがちょうどそれくらいだった。決して過度に低く見積もった数字ではないということだ」
静まり返る会議室。日比野は「コホン」と咳払いをして、
「もう一つ、書いてほしい数字があります。今度は5年後、2023年度にH社がどれくらいの売り上げを上げていてほしいか、です。先ほどは『予想』でしたが、今回は『妄想』で結構です。これくらいあったらいいな…という気持ちで自由に書いてください。少し気持ちを切り替える意味で、今回は30秒とりましょう。スタート」
と、テンポよく進めていく。日比野の秒刻みのファシリテーションは、メンバーに程よい緊迫感と集中力を与えていた。

30秒後に出そろった数字は、以下のとおりだった。

庄司律也:3500億円

富永新:3350億円

木田由利:3400億円

道草あすな:3750億円

安田賢作:3750億円

日比野京一:4000億円

「やったー!私室長と同じ!」
何故か歓喜の声を上げるあすなを無視して、日比野は話を続ける。
「これはあくまで妄想で描いた数字です。だから根拠などなくていいし、極端な話1兆円と書いたって良かったわけですが、皆さんはどんな気持ちでその数字にしたのか、教えてください。思ったことを気楽に答えてくださってかまいません…じゃあ、若い順でいこうか」
そう言って日比野はあすなに視線を向ける。
「私は、既存の…」
あすなは意気揚々と話し始めたが、
「あー、すまん。やはりお前は最後にしよう。木田さんからどうぞ」
ふくれっ面をするあすなを気にしながら、木田由利は話し始めた。
「こういったプロジェクトチームが立ち上がっているということはH社の将来は明るくなくて、やはり今のままだと減収は免れないのだろうと思いました。それを転換することができるとしたら、どれくらいの売り上げになるんだろうと想像して出したのが3400億円です」
「なるほど、富永さんは?」
「私はそもそもH社の底力を信じているので、あくまで3年後の予想をそのまま引き延ばして考えました…変ですか?」
「いや、実に面白いです。何よりこの会社に愛着を抱いていることが伺えてとても気持ちが良いです…庄司さんは?」
「私のは、仮に五輪のあとの景気減速が無かったら…ということを妄想して作った数字です。見方を変えれば、そういった向かい風などもろともせず、H社らしいペースで成長を続けていくというシナリオです」
「いいですね…さあ、最後はあすな。どうだ?」
「…なんで私だけ呼び捨てなんですか?」
あすなが半分おどけてそう訊き返す。日比野は表情を変えず、
「それは失礼しました。では、道草さん」
「何それ…まあいいけど」
あすなはそう言って、全員に均等に視線を配りながら話し始めた。
「私は、新規事業を立ち上げるくらいだったら一気にH社の中心的な事業になるくらいのものをめざしたいな、と思ったんです。主力の不動産事業はさすがに無理としても、リフォームに負けずとも劣らない規模に新しい事業を一気に育てられたら…という気持ちです。だから、先ほど室長と日比野さんが挙げられた数字に1000億円上乗せしたんです」
「……」
静まり返る会議室。慌ててその沈黙に終止符を打ったのは安田だった。
「いや…驚いたな。まさか僕と同じ妄想だったとは」
その一言に、メンバーは顔を見合わせる。まさか、プロジェクトチームで最年少のこの平社員が、安田と同じ目線でこの会社の経営を語っているなんて…。
「…安田、さすがにそれは買い被りというものだ。仮に似たような方向で安田が同じ金額を思い付いたのだとしても、そこには圧倒的な差があるんだ」
あすなはその言葉に、条件反射的に立ち上がって
「ど、どういうことよ!私が安田さんより劣ってるって言うの!?」
と言ってしまってから、突然大人しくなって
「…いや、嘘です。すみません…」
とうつむいた。その様子がおかしくて、みんなが爆笑した。
「おいおい、さすがに今のは査定に響くんじゃないか?」
「……ごめんなさい…」
どんどん元気がなくなるあすな。

「…さて、冗談はこの辺にして。全員考えてみましょう。時間もないのでこれを次回までの宿題とします」
日比野が仕切りなおすと、空気がピリッと引き締まった。
「安田とあすなが挙げた新規事業の1000億円。これを、今から書く掛け算の形で表してきてください」

日比野は黒板に、こう書いた。

売上 = 客数 × 客単価

つづく。

 

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