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株式会社 日立システムズ

第1回 旧友からのメール

あっという間に、1年が経った。
オフィスの掃除を一とおり終えたナミは、いつもどおりコーヒーを淹れ、社長室でPCとにらめっこしている日比野の前にカップを置いた。
「先月のレポート、ご覧になりましたか?」
「ああ、今見ているが…これは誰が書いたんだ?」
「榎田君です。成長したでしょ?」
「そうだな」
日比野がオープンしたシェアハウス「アンジュ」の一室に構えられた、タウン誌「かすみタイムズ」の編集部は、立ち上げに携わった架純が大学を卒業したため、後任として榎田君が編集長を務めている。日比野の厳しくも温かい指導の甲斐あって、少しずつ榎田君の仕事の能力も上がってきているようだ。
「タウン誌やメディアは続けることが肝心だからな。彼がいてくれてよかった」
「そうですね。そういえば彼、大学院に進学するそうですよ。MBA(経営学修士)を取るんだって」
「あはは、それは楽しみだな」
若者のことを話しているときの日比野は、機嫌が良い。数年前に道草あすなに出会ってから、少しずつ彼の持つ本来の優しさが顔を出すようになったことを、ナミは敏感に感じ取っていた。

そして、そんな日比野の顔が突如引き締まったことにも、彼女はすぐに気づいた。

「どうかしましたか?」
「…安田からメールが来た。力を貸してくれ、と」

安田は、かつて日比野が勤めていたH社の同期である。日比野と同じ開発部で共に働いた友人でもあり、無二のライバルでもあった。かつては開発部長という立場だったはずだが、メールの署名欄を見ると「新規事業開発室」とある。
「近いうちに一度話がしたい」
それだけ書かれたメールを見ながら、安田が置かれている状況を、日比野はそれとなく想像した。
「ナミ、アポイントを調整してくれ」
ナミが「はい」と返事をして社長室を出ると、日比野は自らH社のIR資料を調べ始めた。彼が注目したのは、有価証券報告書の「経理の状況」の項目にある「セグメント別の状況」というものである。企業の行う事業ごとに、売り上げや利益を示す数値が並んでいる。日比野はそれを手際よくExcelにまとめた。

セグメント別の状況
2期前 1期前 直近期
不動産開発事業 78,181 199,091 201,015
リフォーム事業 78,181 81,004 80,271
住宅サービス事業 42,897 41,127 41,189
その他 1,030 1,311 1,440
合計 320,026 322,533 323,915

「……なるほどな」
表面的には、中核事業である不動産開発が順調に売り上げを伸ばしているようにも見える。しかし、かつてH社でさまざまな土地開発・再開発を手掛けてきた日比野には、その内側にある実情がなんとなく理解できた。そして、安田がその花形部門の責任者の立場を下ろされ、新規事業開発室という新しい肩書きを得ていることの背景までも、ある程度の推察をすることができた。
「社長。安田さんが今日にでも来てくれ、ということです」
ナミの言葉を聞いて、日比野は一層表情を引き締めた。
安田が何かを急いでいる。

3時間後、日比野は安田の元を訪れた。安田は日比野の想像に反して、昔と変わらないはつらつとした表情で迎えてくれた。
「もう気づいているだろうが、肩書きが変わってな。今は新規事業開発室の室長だ」
そう言って安田は新しい名刺を渡した。
「…いつからだ」
「この4月さ」
応接間の椅子に向かい合って座ると、安田は少し声のトーンを落として、本題に入ろうとした。
「…お前のことだから、色々想像ついているか?」
安田のその言葉は、助けを請うようでもあり、またどこかで、日比野の力を試そうとしているようでもあった。ライバルとは、そうやって相手の力量を見計らうものだ。日比野は「ふっ」と笑って、自分なりの見解を伝えた。
「2020年の五輪を控えているのにも関わらず、不動産開発事業の伸び率は今一つだ。幸い増収増益を続けてはいるが、五輪の反動で需要が落ち込むことを考えれば、暗い材料のほうが多い。だから、新規事業を立ち上げようという発想自体は間違いじゃない」
「…そうだな」
「しかし、簡単に新しいビジネスが始まるようならだれも苦労はしないさ。安田がその責任者に任命されたのは、他の人間には務まらないからだろう。…いや、『務まらなかった』というほうが正しいかもな」
「……」
「ここからは推測でしかないが、新規事業の立ち上げについて、H社ではすでに試行錯誤が続いていたんじゃないだろうか。プロジェクトチームを立ち上げては頓挫し、新しいチームで仕切りなおす…その繰り返しに終止符を打ちたくて、不退転の覚悟で会社は新しい部署を作り、そのトップにH社の中で最も手腕と人望のあるお前に白羽の矢を立てた…」
「あっはは、お世辞はよせ」
「本気だ。安田が慌てて俺を呼んだのは…おそらく着任したお前は、まず過去のプロジェクトの資料を見た。そして『お粗末さ』に呆れたんだろう。そしてこう結論付けた…社内の人材で任せられる奴はいない、と」
日比野はあえて遠慮なく、そこまでのことを言い切った。それは安田が胸の中に抱えていながら、H社側の人間であるがゆえに吐露することのできない、本音を代弁する意味もあった。
「…さすがだな。たった1行のメールで、そこまで感じ取ったか。ほとんどお前の言うとおりだよ。…今、新規事業開発室にいるメンバーは俺を含め5人。若くてやる気のあるやつらばかりだが、いかんせん実力が伴っていない。新規事業という言葉に舞い上がって絵空事をぶちあげたり、やれアンゾフのマトリックスだ、シナジーだと知識を披歴するだけで満足したり…な」
なお、ここで登場したアンゾフのマトリックスやシナジー効果という言葉の意味するところについては、この物語が進むにつれて明らかになる。

「…なるほど。お前が俺に期待しているのはチームビルディングなんだな」
「ああ。じゃじゃ馬をまとめ上げるには、社内で作り上げた実績だけじゃダメなのさ。外側の人間が冷徹に危機感を伝えないといけない」
「今は増収増益でも、このままでは5年後には赤字体質になる…ってところかな」

日比野の「5年後」という指摘は鋭かった。
「そこまで分かっているのか。やっぱりお前にはかなわないよ、日比野…」
そう言った安田の顔には、安堵の表情が浮かんでいた。こいつとなら立て直せるかもしれない、日比野の洞察力を目の当たりにして、改めてそう感じたからだろう。
「よし、やろう」
どちらともなく、2人はそういって固い握手を交わした。
「そうと決まれば、近日中にキックオフミーティングを開こう。日程をナミと調整しておいてくれ」
「…ああ。じゃじゃ馬たちを紹介しないといけないしな。…もっとも、ひとりはもう知っている顔だが」
日比野の表情が、げんなりしたものになった。
「やっぱり、アイツがいるのか」

 

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