DX銘柄制度における活動状況を紹介する本連載。今回は、「DX銘柄2022」選定企業 33社の中から「DXグランプリ2022」に選ばれた中外製薬(医薬品)、日本瓦斯(小売業)のDXの取り組みについて、「DX銘柄2022」選定企業の発表会での講演や経済産業省が公表する「DX銘柄2022」選定企業レポートの内容を踏まえて紹介します。なぜ、2社がグランプリに選ばれたのか、その理由を探っていきます。
まず、紹介するのが中外製薬です。同社は「DX銘柄2020」「DX銘柄2021」にも選定されてきました。バイオ医薬品を始めとする新薬の創出事業を展開する同社では、成長戦略「TOPI2030」を策定し、その重要な要素の1つに「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を位置付けています。
DXの推進に当たっては「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を掲げ「デジタル技術によって中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターになる」ことをめざしているとのことです。
同社では、DX推進のためにデジタル基盤の強化を図っています。「Digital Innovation Lab」は、社員のアイデアを具現化し、デジタルの観点から業務改善や新たな価値創造を創出する仕組みです。これまで400件以上のアイデアが集まり、10件以上の本番開発を実現。トライ&エラーの推奨と失敗の許容、挑戦する風土形成につながっているとのことです。
また、デジタル人財を体系的に育成する仕組みとして「Chugai Digital Academy」を構築し、データサイエンティストをはじめとする100名を超える人財育成を図っています。さらに、全社データ利活用の推進を目的にクラウド基盤「Chugai Scientific Infrastructure」を構築。大容量のデータを安全に利用、移動、保管することで、従来と比べ環境構築コストを11分の1に削減するとともに、構築期間の大幅短縮を実現しています。
デジタルを活用した新薬創出については、AIやロボティクスなどを活用。創薬プロセスの改善、創薬の成功確率の向上、プロセス全体の効率化を進めています。また、抗体創薬プロセスに機械学習を用いることで最適な分子配列を得るAI創薬支援技術「MALEXA」の自社開発・活用しています。その他にも、画像解析技術を用いた細胞判定や、薬理試験後の臓器選別や計測・判定での深層学習アルゴリズムを開発。テキストマイニングAI技術を用いた論文のクラスタリング・ネットワーク解析など、各種デジタル技術の開発・導入に取り組んでいるとのことです。
さらに同社は「高品質なリアルワールドデータ(RWD)を利活用できる環境を共創し一人ひとりの患者さんと疾患の深い理解を通じ個別化医療を実現する」というビジョンを掲げています。RWDを解析することで医薬品の承認申請に寄与し得るエビデンスを創出したり、社内意思決定における根拠情報として活用。
今後、さまざまな企業や行政・医療機関などとの連携を進めて、RWDのさらなる活用に向けた環境を整備する計画で、承認申請の効率化による革新的な医薬品の上市までの期間短縮、患者の治療効果・QOL(Quality of Life)の向上、患者一人ひとりに最適化された高度な個別化医療の実現をめざしています。
また、デジタル技術を用いて疾患の有無やその状態を客観的に評価する取り組みを推進。痛みの可視化や、運動と出血の関連性評価をするウェアラブルデバイスやアルゴリズムの開発、電子的な患者情報アウトカムの活用に取り組んでいます。
さらに、すべてのバリューチェーン効率化を図っています。顧客データの統合的な解析を通じ、インサイトに基づいたアプローチによって顧客体験を高めるソリューションの開発や、AIを活用した治験関連文書の作成の効率化とともに「DecentralizedClinicalTrial(分散型臨床試験)」による治験の効率化、患者のアクセシビリティの向上などにも取り組んでいます。
その他にも、作業計画とアサインの自動化、遠隔支援ツール、ペーパーレス化を推進するなどオペレーションの最適化にも着手。RPAをはじめとする自動化ツールが96%の部署で活用され、2022年は10万時間の業務短縮が見込まれています。
中外製薬の取り組みについては、学識経験者、デジタルの専門家、投資家などで構成される「DX銘柄2022評価委員会」の審査員から以下のようなコメントが上がっています。
続いて、もう1つの「DX銘柄2022」グランプリ企業である日本瓦斯の取り組みを紹介します。DX銘柄制度の前身である「攻めのIT経営銘柄」を2016年に選定されて以降、7年連続で選定され続けている企業です。
同社はラストワンマイルのエネルギー小売に特化し、デジタルを推し進め、効率的な供給体制を構築し、地域社会のお客さまにガスと電気を供給してきました。昨今は、革新的なテクノロジーの進歩、カーボンニュートラル、天災の増加・激甚化などを考慮し、エネルギー供給の脱炭素化、災害時でも自立供給できるレジリエントな地域分散型システムへの転換を図っています。
また、同社は現在、デジタルを軸とするエネルギーの最適利用の仕組みを総合的に提供するエネルギーソリューションへとビジネスモデルの進化に取り組んでいます。同社では「NICIGAS3.0」と定義し、その実現に着手。
具体的には、従来のガス・電気のセット提供(ステージ1)に加え、太陽光発電やEV(電気自動車)、蓄電池などの分散型エネルギー源を各家庭にサブスクリプションモデルで普及させ、デジタルの仕組みで発電と電気の需要を効率よくバランスさせる「スマートハウス」化の提案(ステージ2)。さらには、配電ネットワークで接続されたコミュニティ全体のエネルギー利用の最適解について、メタバースの仮想空間上でAIのアルゴリズムがディープラーニングしながら導き出し、現実社会のオペレーションに反映させる「スマートシティ」によって、コミュニティ全体の最適エネルギー利用の実現をめざしています。そこからカーボンニュートラルやTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などの社会課題の解決を通じて、企業価値のさらなる向上を見据えているのです。
DXの推進では、プロジェクトごとに事業を理解するビジネス側の人財とエンジニア、UI・UXデザイナーが協働し、案件を遂行する体制を構築。ビジネス側では、既存の枠組みを捨てて事業を再定義し、DXを推進できることを重要視しています。
この実現に向けたステップとして、日本瓦斯は、これまで競争の中で築いてきた自社の高効率なオペレーションをプラットフォーム事業として他社に展開しています。独自の高効率な仕組みである「プラットフォーム」として他社と共同で利用するというものです。
遠隔自動検針などを可能にするガスメーター「スペース蛍」では、自社既存ガス顧客100万件以上に導入済み。2021年からは他社への提供を開始し、2022年3月末時点で全国15社、7万台超に設置されています。
また、2021年3月に稼働したLPガスハブ充填基地「夢の絆・川崎」を起点とするLPガスオペレーションでもDXを活用。スペース蛍から収集したガス使用量、ガスボンベやボンベ配送車両の位置情報など、あらゆるデータを連携させた独自の高効率な仕組みを実現しています。そして、充填・配送・保安・検針・システムなどの高効率な仕組みを「LPG託送」として他社にも提供。同社はプラットフォーム事業をさらに成長させる見込みです。
日本瓦斯の取り組みについては、先述のDX銘柄2022評価委員会の審査員から以下のようなコメントが上がっています。
経済産業省が2022年6月に公表した「デジタルトランスフォーメーション調査2022」の分析レポートでは、調査結果を基にしたDX銘柄企業の特徴などが報告されています。それによると「全てのDX銘柄企業が既存ビジネスを変革する取り組みや新規ビジネス創出について、本格的に実施しており、既に効果が出ている」とのことです。
次回以降は、業種ごとの選定企業のDX推進の傾向を探っていきます。先進的なDX企業の取り組みを参考にして、ぜひ自社のデジタル化を検討してください。
[翁長 潤 記]
日立システムズは、システムのコンサルティングから構築、導入、運用、そして保守まで、ITライフサイクルの全領域をカバーした真のワンストップサービスを提供します。