企業の不適切会計や不祥事がニュースなどでよく取り上げられています。ひとたび発生すると金銭的なダメージがあるだけではなく、社会的信用も失墜し、企業の存続が危ぶまれる事態になり得る不適切会計。お金の出入りを管理する経理担当者は、不正や誤謬をいち早く発見し、未曽有の危機から企業を守る防波堤、最後の砦です。
そこで、不当・違法な利益を得るために意図的に行われる「不正会計」の3大パターンとその防止策について、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社新書)などの著書で有名な公認会計士の山田真哉先生に詳しくお話を伺いました。
従業員が会社から現金を着服する横領事件は後を絶たず、億単位の巨額横領事件を報道で目にすることも珍しくありません。ガバナンスの強化に取り組む企業が多い昨今、それでも繰り返し発生する「横領」とは一体どのように起きるのでしょうか?
編集:
少し前ですが、芸能事務所の横領事件がかなり大きく取り上げられていましたね。先生は芸能人の方の会計も多くご担当されていらっしゃるのでしたよね?
山田先生(以下山田):
はい。ですのでかなり注目してニュースを見ていましたよ。
編集:
10年以上前ですが、団体職員が横領して外国人妻に数十億円貢いだという事件もかなり騒ぎになりましたが、団体の管理体制が非難されていましたよね。現預金の管理は注意して行っているつもりではいますが 横領というのはどのように発生して、企業はどのようなダメージを被るのでしょうか。
山田:
横領にもさまざまなケースがあるのですが、まずよくある3大パターンを理解しておいた方がよいです。
編集:
3大パターンですか? 要するに現金を盗ってしまうというだけではない?
山田:
そうです。業務上横領でよくある3大パターンは「着服・横流し・キックバック」ですね。
編集:
単純な窃盗しかイメージしていませんでした。そうですよね、モノを横流しした売り上げを着服したらそれは横領ですね。
山田:
そうですね。融通がきく会社へ発注してキックバックを受け取る、というようなケースも横領にあたります。
編集:
しかし、その辺に現金を置いてあるなら盗られる隙もありますが、それ以外でどのように発生するのでしょうか?
山田:
まず多いのは経費の着服ですね。接待交際費といった名目で預金を引き出す訳です。旅費の架空請求も多く見られるパターンです。これらの場合は領収書を改ざんします。例えば白紙の領収書をもらっておいて、金額などを自分で記載するなどですね。
編集:
なるほど 。しかし領収書があったら発見できないのでは?
山田:
それがそうでもないんです。ほかの従業員と比較して明らかに頻度が多いとか、場所や時期とか、不自然な点に気づくんですね。それで関係者にヒアリングをしたら横領が発覚した、ということは往々にしてあります。同じ飲食店の領収書の筆跡が毎回違う、ということで着服に気づいたという話も聞いたことがあります。
編集:
筆跡が違う? 変ですか?
山田:
その飲食店は小さな店で、毎回毎回必ず別の人が書くというのも考えづらいという着眼点でした。レジ係が、そもそも従業員がそんなに何十人もいる訳がない、と。フタを開けてみれば、つど身の回りにいる誰かに適当に代筆を頼んでいたんです。
編集:
「策士策に溺れる」というやつですね 。でもよく気づきましたね、さすが経理担当者、鋭いです。
山田:
一方で、経費の着服は経理担当者や管理職が当事者、というケースも多いんです。先ほどの芸能事務所の話はまさにそれで、会計事務所から派遣された経理担当者が犯人でした。平均月50万円くらいを引き出して着服していたようなのですが、5年半遡った経費の着服総額は1億7千万円ほどになったようです。芸能事務所ですと、日ごろから交際費や衣装費として100万円単位で引き出すことも多く、通常の税理士の往査では気づかれにくい事例ではあったかと思います。この事件も結局、まったく偶然の出来事によって判明することになります。
編集:
1番詳しい人に用意周到にやられてしまった訳ですね。
山田:
横流しはまず、製品など"モノ"がある場合に発生します。オークションサイトで売られている物が実は横流しの品だった、ということもひょっとしたらあるかもしれません。
編集:
インターネット取り引きがメジャーな今は、昔と比べて横流し品を売りやすくなっているかもしれないですね。
山田:
あとは会社にある切手や金券類を売ってしまうというケースもよくあります。
編集:
切手って そんな大きな額にもならないですよね?
山田:
そうとも言い切れません。例えば1,000部パンフレットを郵送した、といいながら実はパンフレットは100部で、差分の郵送費を着服する、など手口はいくらでもあります。
編集:
経理部門で本当に1,000部あるのか現物をチェックするような企業は少ないでしょうね。
山田:
そうですね。モノの横流しはまず在庫管理で気づきますので、年1回ではなく月1回にするなど頻度を多くした方が安全です。切手や金券なども勝手に使用できない、目的を確認する、などのルールが必要です。
編集:
キックバックはどのように露見することが多いのでしょうか?
山田:
横流しとは逆に、キックバックはモノがない場合に多いです。例えばコンサルなど、価格が比較しにくい業務でよく見られるパターンで、なかなか見つかりづらく判別が難しいケースもあるのですが、利益率を比べてみると目立つことがあります。
編集:
なるほど! 着服分を乗せているから、周りと比べて利益率が変わってしまうんですね。
山田:
そうなります。しかしこれも絶対ではないので、手掛かりの1つになるかもしれないという程度です。どう見つけるかという観点も大事ですが、定期的に担当者を変えるなど、「どう防ぐか」といった予防策が大事になってきます。
編集:
防止できるシステムが必要ということですね。それにしてもキックバックを支払う方はなんというか気の毒ではないですか?
山田:
キックバックを支払う側の担当者も着服しているケースはあります。しかし、売り上げを上げたくてやってしまう、または「断り切れなくて」ということも多いでしょうね。立場が弱い側は仕方なくやっている。しかしいずれにせよ1度手を染めたら永遠に共犯です。
編集:
1回1回は小さい金額でも、長年に渡って繰り返し横領されてしまうと被害額も大きくなってしまいますね。
山田:
そうですね。さらに、盗られた金額だけではなく、あとから発生する損失も大きなものになりかねません。
編集:
盗られた分だけでは済まない、ということですか?
山田:
はい、まとまった額の横領事件には企業側に第2波が襲ってきます。例えば、最初の芸能事務所のケースで説明しますと、着服分を帳簿上「衣装費」「交際費」勘定にしていたとします。ところがこれは着服されたものであって実際に衣装費や交際費に使われた訳ではないですよね。するとこの分は「経費性が認められない」と指摘されて、経費の否認、つまり損金不算入になります。追徴課税が発生しますね。
編集:
そうなんですか!? 企業側は盗まれた被害者なのに?
山田:
容疑者の横領で経費がかさ上げされており、本来払うべきだった税金が安くなっていたという解釈ですね。ですので、申告漏れの状態となり本税の追徴は仕方ありません。仮に、横領1.7億円×税率35%とすると=9,450万円、約1億円の税金が課せられることになります。
編集:
1.7億円盗られた上に、さらに税金1億円追加とは 。「泣きっ面に蜂」とはこのことですね。
山田:
あとは(調査通知前で過少申告加算税はかからなかったと仮定して)延滞税だけで数百万円というところでしょう。「横領時の重加算税の有無」は、大きな論点の1つなのですが、もし重加算税だったなら追徴課税はもっと増えます。しかし、この事件は会社ぐるみの話ではないので、重加算税には該当しないと思います。また、事件が発覚した時点で損害賠償請求額の債権が発生するので、そこに税金がかかります。
編集:
企業によっては倒産ということにもなりかねないですね。
編集:
横領は1回1回が小さな金額だったとしても、いわゆる「チリツモ」で、企業の存続を左右するほどの大損害になり得るということがよく分かりました。早めに不正を発見して損害を軽微に留めるためには、私たちはどこに気をつけたらよいでしょうか?
山田:
不正を暴くという以前に、まずは経費の使用頻度やタイミングに不審な点はないか、突出した点はないかなど、「異常点」に着眼する意識を持つことが大事でしょう。在庫管理の頻度を高めたり、金券などの使用目的や量をチェックしたりすることも必要です。しかし何よりも「チェックする人を変える」ことが重要です。未然に防ぐという観点でも効果的ですし、不正が露見するのも担当者が変わったタイミングというのが1番多いんです。慣れてしまうと思い込みや先入観があり気づけない、ということは多々あります。
編集:
やはり担当をローテーションするなどの対策が必要ということですね。早めに発覚すれば被害金額も少なくて済みますし、逮捕や解雇といった大きな事件になる前に、企業だけでなく横領に手を染めようとする人をも救えるという見かたもできます。
山田:
そうですね。また、システム的な面での業務プロセスの改善も不正防止に有効です。システム化というと業務効率化や生産性向上というメリットが思い浮かびますが、人の手による改ざんがやりづらくなるという利点もあるかと思います。
編集:
最近注目のRPAで、オペレーションを人の手を介さずに自動化できれば、単純なミスだけでなく故意による不正も含めて異常点に早く気づけるようになりますね。透明性も高まりますし、不正の抑止につながりそうです。
【執筆者】
山田 真哉
公認会計士・税理士。中央青山監査法人(現・PwCあらた有限責任監査法人)を経て、一般財団法人芸能文化会計財団の理事長に就任。
主な著書に、160万部突破の『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社)、シリーズ100万部『女子大生会計士の事件簿』(角川文庫)。
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