【第9回】詐欺師は演技派（オーストラリア）

笑顔の素敵な詐欺師

今から30年以上前の話です。
学生だった私はオーストラリアで放浪の旅をしていました。ある日、仲間とともにレンタカーを借りてキャンプに出かけました。素晴らしい自然の中で夕食を作り、お酒を酌み交わし、語り合い、とても良い思い出を作ることができました。

翌日、レンタカーを返却に行ったときのことです。
レンタカー会社の店舗前は、私たちと同じように返却に来た車両で長蛇の列ができていました。街中にある店舗前の路上は、車と客、それに通行人でごった返し、ちょっとした「混乱状態」でした。係員がたった１人で返却に来た客に対応していたので、なかなか順番が回ってきません。
私たちは車の中で、キャンプの疲れで多少イライラしながら順番を待っていました。あと3-4台で私たちの番だというタイミングで、店舗から作業服を着た青年が出てくるのが見えました。彼は、私たちの車に近寄ってきて、満面の笑顔と丁寧な英語で、窓越しに話しかけてきたのです。

「返却のお客さまですね？混雑してきたので、返却作業をサポートすることになりました。先に車を点検に回しますので、書類を持って店舗カウンターへ行ってください」
私たちは「ラッキー！」とばかりに疑いもせず車を降り、作業員風の青年が笑顔で車に乗り込み、車列から離れて去っていくのを見送ったのです。

なんとなく変だな？

青年が車に乗って去ったあと、仲間の一人が言った言葉が印象的で、今でもはっきりと覚えています。

「なんとなく変だな。あいつ、やけに親切だったと思わないか？」
確かに、忙しく黙々と作業する他の従業員の中で、青年の爽やかな笑顔は異質でした。

私たちが店舗カウンターに行ったとき、その不安が的中しました。
店員：「車のキーを返却してください」
私 ：「さっき、作業員の人が車に乗って点検場に行きましたので、私たちはキーを持っていません」
店員：「はぁあ？車、渡しちゃったの？また、やられたー！早く、警察に通報だ！」

店舗内は大騒ぎになり、私たちは警察官に細かく事情聴取されました。警察官によると、以前にも同様の手口でレンタカーを持ち逃げされた事案が発生していたそうです。
店舗のマネージャーの話では、犯人は店舗に入ってきてレンタカーの料金を訊くと、すぐに出て行ったそうです。それは、混雑に紛れて車両を詐取する目的で、順番待ちの客に従業員だと信じ込ませる行動だったと思いますが、大胆不敵で手際の良いプロの犯行でした。
幸いにも、盗難車両は保険でカバーされ弁償する必要はありませんでしたが、キャンプの楽しい気分に水を差す事件でした。

シンプルな嘘ほど、ばれにくい

プロの詐欺師は、「まっとう」「誠実」「真面目」「親切」な雰囲気を醸し出す、一流の俳優だということを知っておかなければなりません。彼らは、嘘をつく初期段階の緊張した局面でも、自然に振る舞って私たちを信用させるのです。
プロの詐欺師の「嘘」を信じ込ませる手口は巧妙で複雑に思えますが、「嘘」の主要部分は「同情を抱かせる」「親近感を持たせる」「儲け話」「身分詐称」など、非常にシンプルな構成の「作り話」です。しかし、実際の騙しのプロセスは非常にスピーディーで、淀みなく迫真の演技で肉付けされるため、私たちは「なんとなく変だな」と感じつつも、正常な思考を働かせることができずに信じ込んでしまうのです。

キーワードは「違和感」

海外で詐欺被害に遭わないためには、どうすれば良いのでしょうか？
過去に詐欺被害の経験がある私には、プロの詐欺師の嘘を冷静に見抜くことは非常に難しいと感じます。なぜなら、彼らは架空の人物像を完璧に演じ、ターゲットに考える時間を与えず、たたみ込んでくるからです。

私が経験から言えることは、日本で生活していて、めったに見かけることの無い振る舞いをする人は、海外でも「珍しい人」だということです。見知らぬ人に異常に親切にする人、出会った直後なのに自分のことを話したがる人、初対面なのに儲け話をする人、見知らぬ人に気安く声を掛けて自己紹介する人などは日本で珍しいですが、海外でもあまり見かけません。
私たちが「珍しい人物像」から感じる「違和感」は、海外でも「詐欺師検出」のセンサーとして十分に機能します。たとえ、ささやかな違和感であっても、海外では決して無視しないことが重要な予防行動と言えるでしょう。