今から10年ぐらい前に、ある会社の知人から聞いた話です。
ある途上国の事業所に社長として派遣されたM氏は、部下に厳しい人だったそうです。
そんなM氏は、海外事業所でも現地スタッフに対して、とても厳しい対応をしていました。
ある朝のことです。M氏は、社長付ドライバーに威圧的な態度で解雇を言い渡したそうです。
M氏 :「お前!何度言ったら分かるんだ!荒っぽい運転しやがって、危ないじゃないか!」
ドライバー:「今までの社長さんからは、そんなことを言われたことはありません。私はいつも早く目的地に到着できるように努力しているのです」
M氏 :「安全第一が常識だろう!言い訳ばっかりしやがって。お前、クビだ!明日から来なくていい!」
その日のうちに、ドライバーは解雇となりました。ところが、その話を聞いた人事マネージャー(人事MG)が社長室に飛び込んできて言ったそうです。
人事MG :「社長!ドライバーをクビにしたと聞きました。いきなりそんなことをすると、労務問題になりかねません!」
M氏 :「いいんだよ、あんな奴!」
人事MG :「解雇は必ず私を通してください!もう、どうなっても知りませんからね!」
次の日の朝、M氏のパソコンに見覚えの無い差出人からメールが入っていました。
「みんながお前のことを嫌っている。X-Dayが近い。お前の身に何が起こるのか、楽しみだな」
明らかに殺害を予感させる脅迫メールでした。気丈なM氏も、脅迫メールを受け取るのは初めての経験だったので、強い恐怖感で仕事どころではなくなってしまったのです。殺されるかもしれないと思ったM氏は、本社の海外危機管理担当者に支援要請をしたのでした。
「俺、殺されるかもしれない!助けてくれ!」
脅迫犯が解雇したドライバーであったことは間違いないそうですが、実際に会社としてどういう対応をしたかなどについては社内の機密事項ということで、知人から詳しいことを聞くことはできませんでした。幸いにも本社側の動きが速く、事件は解決し、M氏も無事だったそうです。
海外駐在員が現地スタッフとあつれきを起こして脅迫を受けることは、よくあることです。特に現地スタッフの解雇については、現地の労働関係法令と雇用風土に則った対処が必要で、従業員の解雇通告に駐在員が直接関与することは避けるべきです。必ず、労働事情に詳しい現地の人事マネージャーを通じて行うようにしましょう。
肝に銘じておくべき最も重要なことは、「現地スタッフは奴隷ではない」ということです。日本の常識が通用しないからといって、立場の弱い従業員を罵倒したり、理不尽に解雇すべきではありません。現地スタッフをしっかり指導することは大事なことですが、決して自尊心を傷つけることの無いように細心の注意を払うことが、身体・生命の安全と事業所運営の安定性を確保することにつながります。
また、企業側としては、海外駐在員の赴任前研修の際に、現地の労務管理についての情報を提供し、現地スタッフとあつれきを起こさないよう、しっかりと指導しておくことも、非常に重要だといえるでしょう。
【補足】海外事業所での脅迫事案について
実際に脅迫メールを受け取ると、ほとんどの場合、恐怖感から冷静さを失います。恐怖にさらされているとき「冷静になれ」と言われても難しいですが、「こういうときこそ落ち着いて行動しないと、被害を受ける確率が高まる」と自分に言い聞かせましょう。
海外事業所の駐在員に送られてくる「脅迫メール」は、多くの場合、「いたずら」だったり「留飲を下げるための示威行為」だと言われています。しかしながら、安易な自己判断で「単なるいたずらだ」と過小評価して放置したり、逆に、信ぴょう性の分析に時間をかけすぎたりすることは非常に危険です。脅迫を受けた場合は、無視したり考え込んだりせず、犯人側に強い犯罪実行意図があるという前提に立って、速やかに対処行動を開始することが必要なのです。
脅迫には、いくつかのパターンがあり、対応の選択を間違うと命に関わる可能性があります。日本本社側と連携し、日本国大使館・領事館、契約している海外危機管理コンサルティング会社、セキュリティー会社、現地警察などに助言を求めて慎重に対応すべき場合もあれば、事業所独自で緊急対応すべき場合もあります。
日本国外務省から、脅迫・誘拐への対処についての優れたパンフレットが発行されておりますので、海外事業所の責任者、海外危機管理担当者の皆さまにおかれましては、一読されることを強くお勧めいたします。
[山本 優 記]
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※ コラムは筆者の個人的見解であり、日立システムズの公式見解を示すものではありません。
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