今回は5年ほど前に、ある会社の海外人事を担当する、知り合いのN氏から聞いたお話です。
N氏:「やまもっちゃん、企業で海外危機管理を担当していたときに海外駐在員が病気になったという経験はあるの?」
私 :「ありますよ。デング熱にかかったとか、うつ病になったとか。でも、幸いなことに大事に至ったことはないよ」
N氏:「そうか、それはよかった。俺、最近のことだけど、大変な経験をしたんだよ」
N氏は、そのときの話を詳しく教えてくれました。
N氏の会社は、東南アジアのある国に事業所があります。営業主体の事業所で、駐在員は社長のAさんと、若い補佐役のBくんの二人だけで、現地従業員は10人ほどの小規模なオペレーションだったそうです。Aさんは還暦に近い人でしたが、赴任前の健康診断では、何も問題はありませんでした。
N氏:「ある日、補佐役のBくんが俺に電話してきたんだよ」
私 :「へえ。人事に電話してくるなんて、珍しいな。何の用だったの?」
N氏:「労務関係の問題で、社長のAさんがいつも就業時間中に居眠りをしていて現地従業員に示しがつかないのだけれど、自分から注意するのも気が引けるので、『本社の人事から本人に善処するよう、それとなく言ってもらえないか』とういう相談だったんだ」
N氏によると、Aさんは日本本社にいるときから、「居眠り部長」と呼ばれて有名な人だったそうです。「居眠り部長」は、部下の面倒見がよく、夜遅くまで仕事をしているAさんへの親しみを込めたニックネームとして、社内では受け止められていたそうです。
しかし、海外赴任してからは、現地従業員が「社長はいつも居眠りしている」と囁きあうようになって、事業所内では好ましくない状況になっていたそうです。
N氏:「俺、頼まれたら嫌とは言えない性格だからAさんに電話して事情を話したら、素直に謝ってくれて、それ以来、あまり居眠りしないようになったんだよ」
ところがある日のこと、Aさんが突然に居眠りを始めたのだそうです。
Bくんは「また居眠りが始まった!」と思って、Aさんを起こそうとしました。
私 :「そりゃ、Bくんは怒るだろうな」
N氏:「ところが、Bくんの呼びかけに、Aさんはちゃんと返事をしなかったんだ」
私 :「えっ!どうして?」
N氏:「Bくんが、どうしていいか分からずオロオロしていると、異変を感じた現地従業員が機転を利かせて、すぐに救急車や信頼できる病院を手配してくれて、ラッキーなことに専門医がいたので診てもらったら、脳梗塞だったんだ。Aさんは単身赴任だったから、夫人の渡航支援や病院とのやり取りで、俺たち人事は大変だった。でも、治療の甲斐あって大事には至らなかった。Bくんや現地従業員が「いつものこと」として放置していたら、どうなっていたか分からないよ。Bくんと現地従業員は、命の恩人だ」
この話は、海外進出企業にとって他人事ではありません。事業所責任者として派遣される駐在員は、生活習慣病などが気になる年齢の人が多いと思います。海外事業所で万が一、責任者が急病で職場を離脱すると、意思決定者が突然に不在の状態となり、事業運営上のリスクが生じます。また、現地従業員への心理的なインパクトも大きいですから、労務管理上の問題にもなり得ます。なぜなら途上国の事業所では、現地従業員が「会社」ではなく事業所責任者の「人柄」に信頼と愛着を感じることによって、安定した労使関係が維持されている場合があるからです。
海外事業所の重責を担う駐在員には、「自分が病気で倒れたら、影響が大きい」ということを念頭に置いてもらい、赴任前には必ず、生活環境が日本とまったく違う赴任地での健康管理の具体的対策を伝えておくべきです。また、途上国では、日本並みの医療を受診することが非常に困難である現実を明確に伝え、同時に、駐在員全員に緊急時の救急車や信頼できる病院の手配方法などを指導しておくことも重要です。信頼できる医療機関が少ない途上国においては、不測の事態に備えて緊急搬送サービスを提供する海外医療サービス会社と契約をしておくことも、安全配慮の観点から必要な場合があります。
私 :「大事に至らなくて、よかったね」
N氏:「Aさんは幸いにも元気になって、大事をとって本社に早期帰任したんだ。今は負荷の少ない職場で元気にしているよ。Aさんは一緒にがんばってきた俺たちの大事な仲間だし、ご家族にとってはかけがえのない存在だから、ずっと元気でいてもらいたいと思っているよ」
[山本 優 記]
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※ コラムは筆者の個人的見解であり、日立システムズの公式見解を示すものではありません。
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