グループ・ダイナミクス(集団力学)という領域の創始者である社会心理学者のK.レヴィンは、行動を人と人を取りまく環境との相互作用としてとらえ、次のような公式で表しました。
注)fは2つの変数が互いに影響し合う関係(関数関係)であることを示します。
つまり人の行動は、人の側の要因と、人を取り巻く環境要因とが絡み合って生まれるものであり、どちらか一方が欠けても行動は生まれません。組織にあてはめれば、「人」と、人を取りまく環境 =「組織」とが相互に影響し調和をはかることで、組織目標達成に向かう従業員の「行動」も促進されるということです。
人と組織がどのように調和を保っていくかは、仕事へのモチベーションを考えるうえでも重要な問題です。近年は、人と組織とがどのように影響し合い、調和のとれた状態(適合)を生み出すかということが注目され、多くの研究が生まれてきています。
一口に人と組織の適合といっても、さまざまな適合の側面があります。「適合」の例を、いくつか紹介します。
仕事要件と能力との適合は、仕事を遂行するうえで求められる要件や遂行のレベルと、本人の遂行能力との適合です。欲求と欲求充足機会の適合は、本人がもっている欲求に対して、仕事がその欲求を満たしてくれる機会をもっているかどうか、という点からの適合です。人と組織の相補関係からの適合もあります。これは、人と組織の間でお互いに足りない部分をどれくらい補い合えるかという点からの適合です。
また、組織心理学者のブレッツとジャッジの二人は、適合の種類を整理し、
の四つに大別しています。
このように、一口に組織と個人との適合といっても、その関係はさまざまです。適合の対象となる行動も、どのような適合関係に着目するかによって、例えば職務満足、組織コミットメント、健康、離職や定着傾向など、多方面にわたります。
人と組織との適合の例として、ここでは価値観の適合ということを取りあげてみます。
「価値」とは、何が正しいかを判断したり、何かを選ぶときの重要性を判断するときの評価の基準になるものです。個人を形づくる芯、あるいは核ともいえます。
組織についても同様のことがいえます。組織がどのような目標に価値をおき、どのような仕事のやり方を重視するかによって、組織が示す特徴も異なってきます。ここから、組織風土や組織文化といわれる、その組織固有の色合いが生まれてきます。
この両者、すなわち個人の価値観と組織の価値観が近いものであるか、あるいは大きく隔たっているかによって、個人が感じる仕事満足や組織への適応の度合いも違ってきます。この点に着目した組織心理学者のオーライリーらは、「プロフィール比較法」という方法を用いて、個人が重視する価値観(「個人の価値観」)と組織が重視する価値観(「組織の価値観」)を比較しました。そして両者の一致の程度が高い場合には、職務満足や組織コミットメントも強まることを明らかにしました。
わが国でも同じことがいえるかどうか。筆者ら(角山剛・都築幸恵・松井賚夫)は、企業に働く女性を対象に、個人の価値観と組織の価値観との一致度が職務満足および組織コミットメントにどのような影響を及ぼすか、オーライリーらと同様の方法を用いて調べてみました。
用いた手続きの詳細は省きますが、結果は、個人の価値観と組織の価値観の一致度が高い場合には職務満足も組織コミットメントも強まることが明らかになり、オーライリーらの結果が日本でもあてはまることが示されました。
つまり、個人と組織両者の価値観一致度が高い場合、個人は仕事を通じて自分の価値観を追い求めることができます。組織の側も、個人に対して組織の価値観に従わせようとする圧力をかける必要はありません。個人の価値観を追い求めることは組織の価値観充足にもつながることになり、職務満足も組織へのコミットメントも高まってくるわけです。
一方、両者の一致度が低く、価値観に隔たりがある場合には、個人は仕事の中で組織の価値観と対立したり、衝突したりすることが多くなります。個人が仕事を続けていくためには、組織の価値観に合わせた行動をとることが求められます。個人には、組織の価値観と一致する行動をとるように圧力が働き、個人はその圧力に対応していかねばなりません。こうした状況では、個人は組織に不満を抱き、コミットメントも弱くなると考えられます。
個人と組織の適合関係がうまくいっているかどうかということは、仕事業績だけではなく、生活満足感、あるいは心身の健康など、さまざまな面に影響を及ぼします。適合関係がうまくいっているときには、人は組織に留まることに快適さを感じ、組織目標を積極的に受け入れ、組織のために努力しようとします。価値観の適合という点からいえば、組織目標を実現することは、すなわち自分の価値観を実現することにもなり、それは仕事を通じての自己実現にもつながるからです。
もちろん、両者の一致が由々しき事態につながってしまう場合もあるかもしれません。筆者らの研究では扱わなかった側面ですが、組織との価値観を共有しているがゆえに、組織を守るためにグレーなことやブラックなことに手を染め、結果として不祥事に至ってしまうということも考えられます。
いずれにしても、人と組織が適合し調和を保っていくことは、仕事へのモチベーションを促進し、組織への一体感やコミットメントを強めることにつながります。モチベーション・マネジメントの視点からも、大変重要な役割をもつものといえます。
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