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株式会社 日立システムズ

専門家コラム:人を活かす心理学

【第14回】不注意の真実~安全の心理学~

不注意とは

私たちの身近では、さまざまな災害や事故が起こります。想定を超えた自然災害は今も身近に発生しています。事故はどうでしょうか。水の事故、交通事故、医療事故など、さまざまな事故が起きますが、こうした事故ではその原因として「不注意」を挙げることがよくあります。
不注意、つまり注意していなかった、注意が足りなかったということですが、本当にそれが原因なのでしょうか。そもそも不注意とはなんでしょうか。例えば、機械を止める際にレバーを上げる操作をすべきところを下げてしまい、事故が起きたとします。これはレバーの操作を間違えた単純な「不注意」が原因でしょうか。もしも、ほかのレバーはすべて下げることで操作が停止するところ、このレバーの操作だけが反対だったとすると、これは簡単に不注意とはいえません。操作ミスを誘発しやすい設計になっていたことが、そもそもの原因であったとも考えられます。
間違えば人の命に関わるような、例えば建設現場や医療現場などでは、事故を単に不注意という言葉で片付けるのではなく、不注意とされる背景にある人間行動のメカニズムに注目することにより、より安全な環境づくりを目ざそうとする研究が蓄積されています。今回はこうした研究の中でヒューマンエラーと呼ばれる現象について見ていきましょう。

さまざまエラー

研究者のミラーとスウェインは、ヒューマンエラーを「システムに定義された許容限界を超える一連の人間行動」と定義しています。つまり偶然の失敗ではなく、システムで想定された許容範囲を超えてしまい、人が対応できなくなった結果、起こるエラーということです。
こうしたヒューマンエラーの現れ方としては、以下のようなものがあります。

  • (1)入力時のエラー
    電源が入っていないことに気づかず「スイッチを入れたのに装置が動かない!」と慌ててしまい事故につながるようなケース。
  • (2)対応時のエラー
    ガス漏れに気づき空気を入れ換えようとして換気扇スイッチを入れてしまい、爆発を誘発するといったケース。空気を入れ換えなければ、という意図は分かるのですが、判断を誤った処理のミスといえます。
  • (3)記憶のエラー
    たしか右のスイッチがOFFと記憶していたのに、実際は右がONでOFFは左のスイッチだったというような日常でもしばしば見られるケース。
  • (4)出力時のエラー
    火災元の空気流入を遮断するため空気調整弁ハンドルを左に回すべきところを、慌てていて右に回してしまい、弁が開いてかえって火の勢いが強まってしまったというようなケースで、いわば動作のミスです。

スリップ・ラプス・ミステイク

こうしたエラーが生じる原因として、研究者のノーマンは次の3つを挙げています。

  • スリップ :計画自体は正しいのに実行段階で失敗してしまう
  • ラプス :実行の途中で計画自体を忘れてしまった
  • ミステイク:正しく実行はできたけれども計画そのものが間違っていた
分類 居酒屋店員の例
スリップ
(うっかり)
オーダーを受けて手順どおり注文伝票に書いたが、伝票を置く場所を間違えてしまった
ラプス
(物忘れ)
オーダーを受けて注文伝票に書いたが、ほかの客の応対に追われているうちに伝票を出し忘れてしまった
ミステイク
(思い込み)
「ビール大」と注文されて生ビールの大だと思い、持っていったら、「頼んだのはナマじゃなくて瓶ビールの大だ」と言われた

スリップを防ぐには計画を実行する(行動に移す)前に中身を再確認すること、ラプスを防ぐにはメモやチェックリストの作成を、ミステイクを防ぐには手続きや方法の理解や実際の訓練が役に立ちます。

意図的なルール違反行動

ヒューマンエラーは、自分のとった行動が本来の意図からずれて別の結果につながってしまったものといえます。一方で、明らかに意図してルール違反行動をとった結果が事故を生むこともあります。面倒だからと決められた手順を省略してしまう、マニュアルがあるのに「裏マニュアル」が作られて違法なやり方が定着した結果が、大事故につながった例もあります。
こうした意図的ルール違反行動は不安全行動とよばれ、ヒューマンエラーとは区別されます。不安全行動の背景には『これくらい大丈夫だろう』という意識が見え隠れしています。例えはよくありませんが『赤信号みんなで渡ればこわくない』の意識であり、運転時のスピード違反や一時停止無視など、日常を思い出せば決して他人事ではありません。
不安全行動はすぐに事故に結びつくとは限りませんが、繰り返している中でヒヤリとしたりハッとしたりすることも多く出てきます。そうしたヒヤリ、ハットの積み重ねの中にほかの要因が加わるなどして、あるとき重大な事故が発生することになります。

ハインリッヒの法則

このように、事故の背景にはさまざまな要因が関わっており、1つの事故が1つの要因だけで起こるわけではありません。ハインリッヒは5千件以上の労働災害を調査・分析した結果、同一人物が起こした重大な事故の背後には29件の軽度の事故が発生しており、さらにその背後にはヒヤリ・ハットに類する300件の軽微な体験が発生しているとし、「1:29:300」の経験則を発表しました。これが「ハインリッヒの法則」と呼ばれるものです。300件のヒヤリ・ハット体験は直接の事故体験ではないものの、その背後にはヒヤリ・ハットを生み出す多数の不安全行動も隠れていると考えられます。
したがって、ヒヤリ・ハットを生み出す日常の不安全行動や軽微な事故をなくしていくことが、重大事故の発生を防ぐことになります。ここからは、職場環境の整備や安全に対する意識の向上、訓練や研修の重要性が浮かび上がってきます。

そのほかの事故発生モデル

事故発生のモデルには、このほかにも、防御の不十分な箇所がたまたま重なってしまい、危険がそこを通り抜けた場合に事故が発生するという考え方もあります。スライスしたチーズに空いている穴はチーズを重ねればたいていは塞がれますが、たまたま穴が重なって貫通してしまう、そうした防御の穴が事故につながるということです。これを「スイスチーズ・モデル」といいます。
また医療現場では、1つのエラーが別のエラーを誘発し、そのエラーがさらに別のエラーにつながって患者のところまで到達し事故を生むことがあります。似た名前の患者を確認せずに本来とは別の処置をし、引き継いだ別のスタッフも、確認しないままに別の処方箋で出してはいけない薬を出してしまった。その結果患者が重篤な症状に陥ってしまったというような場合です。ちょうど雪玉がごろごろと大きくなりながら坂を転がり落ちていくように、エラーがエラーを生んで危険が増幅していくというイメージから、「スノーボール・モデル」と呼ばれます。

不断の防止取り組みが大切

働く現場でのエラーは大事故につながりかねません。工学や生理学分野はもちろんですが、近年は心理学の領域でも多くの研究が蓄積されてきており、安全心理学、ヒューマン・エンジニアリング、交通心理学など専門領域での知見がさまざまな場面に応用され、事故発生の防止に役立っています。
現場での事故はもちろんですが、スリップやラプス、ミステイクなどのエラーは日常どこでも起こりうるものです。どうしたらエラーの芽を摘むことができるか、エラーの連鎖を防ぐにはどうしたらよいか。手順確認の励行、研修や訓練、職場コミュニケーションの活性化など、職場での不断の取り組みの工夫が求められます。

  • ※ コラムは筆者の個人的見解であり、日立システムズの公式見解を示すものではありません。
 

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