集団や組織における良好な人間関係は、仕事や課題へのモチベーションを促進します。良好な人間関係を築くためには、お互いの信頼関係は欠かすことができないものです。
リーダーシップ研究の中でも、従業員の上司に対する信頼感が、組織へのコミットメントや仕事継続意思に影響を与えることが明らかになっています。上司は、部下の仕事に関して指示・命令を出したり、仕事の成果を評価したりするなど、部下の行動に強い影響を及ぼす存在です。一方、部下の立場からは、上司の行動を観察し、その上司が信頼に足る人物であるかどうかを判断します。上司に対して信頼感をもつことができないと判断すれば、部下は上司の指示や命令、自分への評価に疑問を感じ、それが組織や仕事への関わり方にも影響を及ぼすようになります。では、どのような条件の下で上司に対する部下の信頼感が強まるのでしょうか。
心理学者のK.バトラーは、面接や過去の研究をもとに、信頼を形成する条件を10のカテゴリーに分類し、それをもとに40項目からなる信頼形成条件尺度を作成しました。
信頼形成条件と質問項目の例(K.バトラー 1991)
条件 | 項目の例 |
---|---|
有用性(Availability) | 必要なときにいつでも会える |
力量(Competence) | 仕事上の判断が的確である |
一貫性(Consistency) | 言うこととすることが一致している |
思慮深さ(Discreetness) | 秘密を守る |
公平さ(Fairness) | 誰にでも分け隔てのない対応をする |
正直さ(Integrity) | 正直である |
誠実さ(Loyalty) | 自分が不利になってもかばってくれる |
開放性(Openness) | 情報や考えを率直に伝えてくれる |
約束履行(Promise fulfillment) | 約束したことを守る |
受容性(Receptivity) | 話を真剣に聞いてくれる |
筆者ら(角山・都築幸恵・松井賚夫)は、バトラー尺度の日本語版を作成し、さまざまな企業で「誰かの下で」働いている人たちの協力を得て、この尺度に回答してもらいました。
さらに、「今の直接の上司を信頼している」「今の上司のもとで仕事をするのは楽しいと思う」など4つの項目について、どの程度強くそう思うかについても回答してもらい、これを上司への信頼感の指標にしました。そして3つの項目で勤続意思の強さを測定し、これらの値をもとに、信頼感が部下の勤続意思に影響を及ぼすかどうかを探ってみました。結果の概要は図に示すとおりです。
図の右半分は、バトラーの10の条件に基づく質問項目への回答を基に、上司の好ましい行動を部下の評価に基づいて3つのカテゴリーに分類し、それぞれが部下からの信頼感にどの程度強く影響していたかを見た結果です。一方、左半分は上司の背信的な行動を、部下の評価に基づいて同じく3つのカテゴリーに分け、それらが部下からの信頼をどのように損なうかを示したものです。
なお、これらのカテゴリーの分類にあたっては、因子分析と呼ばれる統計手法を用いています。また、図の中の数値は相関係数とよばれる値で、2つの要因間の関係の強さを示すものです。マイナスがついている場合には2つの要因の間に逆の関係(一方の値が大きい場合にはもう一方は小さい)があることを示しています。
まず、部下から信頼される上司の特長について見てみましょう。第1の「仕事に精通し部下の力になる」のカテゴリーですが、上司の大切な役割は、仕事をよく知っており、明確な手段や方法を示すことによって、部下の目標達成を助けることにあります。結果を見ると、部下からの信頼感との間には強いプラスの相関関係が見られました。つまり、この信頼条件カテゴリーで評価の高い上司ほど、部下から厚い信頼を得ている上司であるといえます。
第2の「誠実・公正に部下に対応する」のカテゴリーですが、部下の言うことに誠実に耳を傾けて対応し、約束や秘密は守ってくれるなど、部下から見て誠実で公正な上司であると感じられることと、その上司への信頼感の間には、やはり強いプラスの相関関係が見られました。
第3の「オープンで率直である」というカテゴリーでも、上司への信頼感との間に強いプラスの相関が見られました。自分の考えを率直に表現し、部下に対して心を開いていると評価される上司であるほど、部下からの信頼も強いことが示されています。
今度は図の左半分ですが、こちらでは、第1の「事なかれ主義で頼りない」のカテゴリーは、部下からの信頼感と強いマイナスの相関を示しました。つまり、右半分の第1カテゴリーとは逆に、チャレンジ精神が希薄で仕事についても明確な指示が出せず、部下の目標達成を支援することのできない、頼りない上司という姿が見えてきました。
第2の「部下の尊厳を傷つける」のカテゴリーも、部下からの信頼感との間に強いマイナスの相関がありました。気に入らない部下を痛めつける、地位や権限をカサに着て部下を馬鹿にするなど、部下の尊厳を傷つける行為はパワハラにもつながります。信頼感を損ない嫌われる上司であるのも当然です。
第3の「保身と出世しか考えていない」のカテゴリーも、やはり部下からの信頼との間で強いマイナスの相関を示しました。失敗は部下の責任で成功は自分の手柄、自分の保身と出世が中心で、部下はその踏み台にすぎないという上司の下では、仕事へのモチベーションは低下し、会社に残る気持ちさえ失わせることになりかねません。
この調査全体では、上司への信頼感が高い部下ほど、会社にとどまろうとする勤続意思が強いという結果が得られました。つまり、上司への信頼感の強さは、信頼形成条件と勤続意思の間を媒介しており、上司のリーダーシップが信頼形成条件を満たしている場合、部下の上司への信頼感が高まり、それが勤続意思を強めるという連鎖がなり立っていると言えます。
もっと簡潔に言えば、上司への信頼感が、会社への信頼感につながっているということであり、仕事や職場における信頼関係がいかに大切であるかを見て取ることができます。
仕事場面だけでなく、教師と生徒の関係もそうかもしれません。困ったときには力になる、誠実・公正に対応する、心を開いているといった普段の態度が、先生と児童・生徒との間に信頼関係を生み、円滑で活気に満ちた学級経営につながっていくことが容易に想像されます。
リーダーの立場からすれば、メンバーから信頼されるリーダーになること。信頼関係はリーダーシップの基本であることが、私たちの研究を含め多くの研究から明らかにされています。皆さんの職場ではどうでしょうか。一度振り返ってみてはいかがでしょう。
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