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専門家コラム:人を活かす心理学

【第9回】満足と不満足~満足の反対は不満足?~

あなたがいま取り組んでいる仕事は、あなたに充実感や満足感をもたらしているでしょうか。

普通に考えれば、取り組んでいる仕事を通じて本人の持つ欲求が満たされるほど、仕事に対する肯定的な態度が強まり、職務満足感は高まると考えられます。けれども、本当に、欲求が満たされたときにはいつでも満足を感じ、欲求が満たされないときにはいつでも不満足を感じてしまうのでしょうか。

産業心理学者フレデリック・ハーツバーグによる研究は、この考え方に疑問を投げかけました。

動機づけ−衛生要因理論

私たちは満足と不満足をどのようにとらえているでしょうか。おそらく、満足感と不満足感は一つの次元からなり立つもので、満足の反対は不満足と考えているのではないでしょうか。つまり、満足感が低くなれば不満足感が高まり、反対に不満足感が低くなれば満足感が高まるという考え方です。

臨界事象法という調査分析手法を用いて職満足感の構造に迫ったハーツバーグは、こうした満足−不満足を1本の軸でとらえようとする考え方に、異を唱えました。そして『人々を仕事の上で幸せにする要因と、人々を仕事の上で不幸にする要因とは、たがいに独立した別の要因である』という主張を展開したのです。

ハーツバーグは、満足と不満足は1本の軸上を移動する連続体ではなく、それぞれが独立した軸であると考えます。どういうことかというと、「満足」の軸では、満たされたときには満足感をもたらしますが、満たされない場合でも不満足感を引き起こすことはありません。この「満足-満足でない(満足ゼロ)」に関わる要因を、ハーツバーグは動機づけ要因(モチベーター)と名づけました。

一方、「不満足」の軸では、満たされないときには不満足感をもたらしますが、満たされても満足感は生まれません。この「不満足-不満足でない(不満足ゼロ)」に関わる要因は衛生要因(ハイジーン・ファクター)と名づけられました。

満足・不満足の感情をこのように2つの要因から説明するハーツバーグの理論は「動機づけ-衛生要因理論」あるいは「二要因理論」とよばれます。満足と不満足は1本の軸の上で対立するものとする考え方に対して、動機づけ─衛生要因理論では、満足の反対は満足ゼロ、不満足の反対は不満足ゼロというように、軸の一方の端がゼロであると考えます。

動機づけ要因は仕事内容、衛生要因は仕事環境

動機づけ要因(モチベーター)には、仕事のうえでの達成、上司や周囲からの承認、仕事そのもの、責任、昇進など、仕事の内容に関わるものが含まれます。ハーツバーグによれば、これらの要因は、それが満たされたときには満足感をもたらしますが、満たされない場合でも特段の不満足感を生みだすことはありません。

これに対して衛生要因(ハイジーン・ファクター)には、会社が行う政策と管理、監督技術、上司や同僚との関係、作業条件など、仕事環境に関するものが含まれます。これらは、それが満たされないときには不満足感をもたらしますが、それが満足されたからといっても満足感を生みだすことはありません。

満足感と不満足感が1本の軸の上にないということは、どのような意味を持つのでしょうか。それは、満足感につながる要因を積極的に充実させなければ、不満足に結びつく要因をいくら取り除いても、それだけでは満足感は生まれず、仕事へのモチベーションも強まらないということです。

例えば、会社の福利厚生条件が不十分な場合には、従業員の間には強い不満足感が生まれるかもしれません。けれどもそれが充足されたからといって仕事への満足につながるかといえば、必ずしもそうとはいえません。他社に比べて不十分だったものが、ようやく他社に追いついた、つまりマイナスがゼロになったということで、プラスにまでは至らないということです。

したがって、満足感を高めるためには、達成感や責任感の持てる仕事、上司や仲間からの承認といった、動機づけ要因を充足させることが必要であるということになるのです。

お金はどっち?

賃金や給与といった金銭的な報酬は、仕事に関する数ある報酬の中でも非常に影響力の強い報酬の一つです。ハーツバーグたちが行った調査結果の中にも、もちろん賃金のことが出てきます。ただ興味深いことに、これが動機づけ要因なのか衛生要因なのか、明確な証明は得られませんでした。

しかしハーズバーグは、対象者へのインタビュー通じて、満足した体験を語る中で賃金に触れた場合の多くが、他の動機づけ要因といっしょに語られていたこと、つまり、賃金それ自体が動機づけ要因として単独で出てくることは少なかったという事実から、賃金を動機づけ要因ではなく衛生要因であると論じました。

賃金が動機づけ要因であるのか衛生要因であるのかについては、その後研究者の間で意見が分かれています。わが国で行われた研究でも、不満足体験の中で賃金の話が多く出ましたが、同時に、賃金それ自体が単独で満足感や不満足感の原因になることは稀であったことも指摘されています。

この解釈としては、賃金はもともと特定の意味や色合いのない中立的なものであり、人々は自分たちの思いや感情を表明する手段を賃金に託しているのだと考えることができます。つまり、賃金は従業員のさまざまな欲求の象徴であるということです。例えば、会社に対するさまざまな不満を、『給料が低い、もっと上げろ』と賃金を借りて発するといった具合です。賃金が衛生要因であるというハーズバーグらの見解も、賃金そのものに対してではなく、賃金という一つの象徴を用いて不満が表明されたものと見ることもできます。

ハーツバーグ理論への批判もある

動機づけ−衛生要因が発表されたのは1950年代の終わりでした。「満足の反対は不満足」という固定観念に一石を投じたこの理論は、当時新鮮な驚きをもって迎えられました。理論をめぐって多くの国で検討がなされ、考え方としてはおおむね支持されています。日本には1960年代に紹介されて以来、職務満足に関する通説として定着しています。

しかし、当時国内でなされた実証的な検討結果では、理論に対する異論や批判も見られました。例えば、動機づけ要因とされるものの中には、不充足時には不満足を引き起こすものもあることや、衛生要因とされるものの中に動機づけを高めるものがあることなどが明らかにされています。

ハーツバーグ理論の衝撃が大きかったこともあり、その後のこうした批判的研究はあまり知られてはいません(ハーツバーグ自身が理論への批判を頑固に拒んだということもあるようです)。満足・不満足要因の分類は実際には一筋縄ではいかないということですが、皆さんの経験からはどんな結論が引き出せるでしょうか。

※ コラムは筆者の個人的見解であり、日立システムズの公式見解を示すものではありません。

 

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