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株式会社 日立システムズ

ベンチャー・スタートアップ企業に聞く「新たな発想を生み出す秘訣」

第3回 憧れのアートを「自分ごと化」する体験を。アート作品の所有権をシェアするプラットフォーム

株式会社ANDART
代表取締役CEO
松園詩織さん

アート作品の所有権を分割して共同保有できる新たなビジネスと概念を生み出し、2019年にサービスを開始したANDART。このビジネスモデルは瞬く間に注目を集め、現在では米国のいわゆるユニコーン企業でも、同様のサービスを展開しているそうです。創業したのはCEO松園詩織さん。
今回、第一子出産後まもないタイミングで、オンラインでのインタビューに応じてくれました。
これまでにないサービスを生み出す発想の源と、女性起業家としてのライフステージとの向き合い方について、たっぷりと語っていただいています。

アートで広がる世界を丸ごと体験してもらいたい

ANDARTは世界のアート市場で人気を集めるアンディ・ウォーホル、バンクシー、KAWSなど、高額アート作品の所有権を〝シェア〟できるプラットフォームです。数百万から数億円と、天井知らずの価格をつけるアート作品は、これまで、一握りの富裕層だけが所有できるものでした。そこで、ANDARTは1作品の所有権を分割し、一口1万円から著名アーティストの作品のオーナーになれるサービスを提供しているのです。最高20万円で売買されたケースも。サービスの意義について、松園さんはこう話します。


2021年4月に開催されたオーナー限定鑑賞イベント WEANDART

「ANDARTユーザーの70%は、はじめてアートにお金を投じた方々です。日本の美術館来場者は世界でもトップクラスですが、アートは鑑賞の対象であっても購入の対象ではないのが実態なんですね。私たちのサービスを通じて、より気軽にアートのコレクションを始められるきっかけや体験になればと考えています。先日ちょうどサービスのアップデートをしまして、アートの購入体験とともに、資産性についてもより実感していただけるようになりました」

たしかに美術館にはよく行く人であっても、いざアート作品を購入しようとすると、「どこで買ったらいいか分からない」「どんな作品を選べば資産性が担保されるのか分からない」などと、初心者アートコレクターはさまざまな購入の壁にぶつかるものです。アート作品は数十万から手に入る手ごろなものも存在しますから、価格だけがハードルだともいえません。同じ価格の高級ブランド商品と比べても、アートは教養豊かで専門性のある人だけが手にできる資格があるのではと思ってしまう心理的ハードルが存在するものなのです。

「私自身の体験ですが、自分でお金を出してアートを買った前と後では、アートに対する精神的な印象がまったく変わったんです。街を歩いていても、生活をしていても、クリエイティブなものが目に飛び込んできたとき、感じることが変わっていました。アートが自分ごと化してアイデンティティになるというか。以前より少しだけ豊かになった感覚を得られました」

ANDART社内では「コレクター人口を圧倒的に増やす」を目標に設定しているそう。「若手のアーティストの手頃な作品を購入して部屋に飾ってみたり、有名アーティストのグッズを買ってみたり、とにかくアートを購入して身近に触れる体験をしてほしい」と松園さんは語ります。そうした気持ちの上では、ANDARTが提供する共同保有サービスも、ひとつの手段だといいます。

小口からの共同保有を、アート購入のきっかけにしてほしい

「実際のオーナーさんは『縁遠く感じていたアートがぐっと身近になった』とおっしゃってくださいます。1万円でもオーナーの立場になることで、作家や作品により愛着が湧くんですね。作品解説文を読んでも以前より、すっとその方の情報が中に入ってくるようになったそうです」

共同保有では作品を部屋に飾ったりはできませんが、定期開催されるオーナーのための展示会があるなど、著名アーティストのアート作品と、一部ではあっても「所有」という強力なつながりをつくれるのが魅力でしょう。アートとのつながりを感じられるからこそ、所有者のアートに対する意識を、以前よりもさらに高みに押し上げてくれるのです。実際に体験してみなければ、理解しづらい感覚でもありますが、少額で今より少しアートに自信が持てるようになるのなら、試してみたくもなります。

松園さんご自身が初めてアートを購入したエピソードについても伺ってみました。

「私は青色が好きなのですが、先輩のお家に飾ってあった作品に一目惚れして、アーティストさんを紹介してもらったのがきっかけでした。私は割と直感とご縁で初めての購入作品をポンっと選べたんですが、購入を迷われる気持ちはすごくわかります。若手のアーティストさんですと一次情報もすごく少なくて、その価値も資産性もわからないのに数万円を出すって、大変なお買い物ですよね。その難易度を感じたからこそ、ANDARTをやっています」

「好き」だけではなく「資産」としての側面もきちんと考えられているのがANDARTの作品ラインナップ。実際にオークションなどの市場で売りに出されても値がつく作品を厳選して選ぶことで、初心者アートコレクターが安心してアートに触れることのできる仕組みを提供してくれています。

DXの流れに後押しされたビジネスの着想

松園さんがANDARTの仕組みを考えていたのが2018年でした。世の中はオンラインショッピングが普及して、シェアリング・エコノミー・ムーブメントも顕著になってきていた頃です。一方、その頃のアート業界は保守的で新しいことが苦手な傾向から、オンラインでのアート作品の取引もまだまだ活発とはいえませんでした。

「国内最大のアートフェアに仕事で関わっていたことがあります。アートはそもそも手が届かない価格だったり、長年のコレクターさんが特権的に良い作品を先に手に入れていたりと、初心者アートコレクターはアートを買いづらいと感じる残念な印象がありました。そこでクラウドファンディングのように、なにか大きなプロジェクトに皆が関われる仕組みが、アートでもないのかなと調べだしたのが、着想のきっかけになりました」

当時、現在のANDARTが手がけているようなサービスを提供していたのは、世界でも1社だけ。シンガポールの企業だったそうです。スタートアップ企業としてはブルーオーシャンを発見したともいえますが、新しい取り組みだけに、本当にニーズがあるのかも気になるところだったのではないでしょうか。

「起業家として自分はすごくワクワクしました。実はアートマーケットについては大学時代やスタートアップに勤めているときから関わりがあったこともあり、以前からよく調べていたんです。クローズなマーケットではありますが、新しいコレクターに門戸を広げようという気配りも明確に感じていて、インターネットにアートが融合されるのも時間の問題だと確信していました」

実際にANDARTは3年でサービスは拡大し、現在は2万人のコレクターが会員登録をしています。当初は保守的なアート界からの意見もありましたが、多くのメディアに取り上げられるなど、徐々に理解が浸透しています。


2021年10月に天王洲で開催されたオーナー限定鑑賞イベント WEANDART

ANDARTが願う「豊かさに投資」できる未来

「いまは投資と消費の体験のあいだにグラデーションが出てきているなと感じています。若い人もあまり野心はないけれど、その代わり体験やアイデンティティに紐づくものに多くの投資をするんですね。個々人が何を大切にして何にお金を払うか。そのセンスやポートフォリオが多様化している時代かなと。ですから、自分の心を豊かにしてくれる投資として、アートや文化をポートフォリオに加えるのが当たり前になるといいなと感じます」

現在はANDARTでの気軽なアート投資体験を、さまざまな人と楽しみあえるような、他者を感じられる体験づくりに力をいれているとか。同じアートを所有しているオーナー同士で交流ができたりしたら、また面白い世界が広がっていきそうです。

「ANDARTで若手のアーティストの才能を紹介していくことにも、年々興味が増しています。それに、妄想の範囲ですが、例えばモナ・リザみたいな誰もが知っている作品にチャレンジしたい気持ちもあります。国立美術館は税金で運営されていて、間接的にはみんなのお金でアートを担保して鑑賞しているわけですよね。ですからANDARTの共同保有という考え方は実は昔からあったといっても過言ではないのではと。ANDART美術館のような、オフラインでの常設展示の場をつくっていく構想もあります」

松園さんの発想は大きく、さらには今後、グローバルにサービスを展開していくことも考えているそう。いずれも「時期はわからない」とはいいながら、近い将来に実現させてしまいそうな意気込みを感じる話ぶりでした。


2021年4月に開催されたオーナー限定鑑賞イベント WEANDART

女性起業家としての「結婚」「出産」との向き合い方

起業してから走り続けてきた松園さん。2021年に結婚、今年第一子を出産したばかりです。起業家というと一心不乱に仕事に打ち込む姿を想像して、ライフイベントとは縁遠くなってしまうのではと思ってしまうものですが、松園さんは自然体で育児を楽しんでいるようです。

「変化を受け入れ、できる限りしなやかに楽しむ。特にキャリアは長期で考え、一時的に失うものがあっても備えておくことが大切だなと思いました。あとは環境がこうなったからこういう生活をしなければならないではなく、自身がいかに心地よく生きていけるかを常に率先して欲張りに探し、その実現に向けてもがきたいと思っています」

29歳で起業した松園さんにとって、ライフイベントと起業の期間が重なることは想定済みでした。であればどうしたいかと、起業前からよく考えていたそう。そのため、実際に機会が訪れた際には、迷いは一切なかったといいます。

起業家のみならず、社会に出たばかりの女性たちは、少なからず働くこととライフイベントのタイミングで、それぞれに悩んだり葛藤を抱えたりするものだと思います。松園さんの「女性が心地よく生きていける道を探すことが大切」という言葉には、多くの女性が勇気をもらえることでしょう。

「実際に始まってみると、もうドロドロ、ボロボロですけれど(笑)、すごく正直にいうと、起業と子育てって似ているなと。私は自分で本当に納得できるかが大事だと思うんですね。志を持った信頼できるメンバーとチームで起業するわけです。一方、矛盾もありますが、何が起きても一人になってでもやり続ける気概がないと起業はできません。それに、子育てではパートナーが子育てに協力的かどうかや経済的にどうこうというのは外部要因で、産んだ子に自分自身がどこまでできるかという軸で考えたほうが、安定的にやっていけるなと。そこにパートナーや実家の協力があれば、幸福度は増していくと考えているのが、正直なところです」

こうしたインタビューでは、綺麗事を言わないと決めているとも話してくれた松園さん。自分軸をブラさずに自分で考えて選択しているからこそ、大変さや犠牲も飲み込んでいけるそうです。

「妊娠期間はコロナ禍も相まって、メンバーと顔を合わせる時間が減ってしまい、チームビルディングにおける求心力が落ちてしまいました。そこは反省点です。やはり弊害は起きますが、そこを天秤にかけたとしても私は赤ちゃんと生きたかったから、経営をしながら出産する選択をしました。どの時代も子育ては大変だと思うのですが、自分で納得して選んでしたいことをしているだけなのに、私はなぜか褒めてもらえるんです。時代の流れのタイミングでしょうね。だから、同世代付近の方々には一緒に頑張りましょうと伝えたいですね」

起業時にぶつかった壁とは?

素晴らしいアイディアを形にして、順風満帆な起業家人生を歩まれているようにも伺える松園さんに、苦労された点についても聞いてみました。

「サービスの裏側が実は複雑でして、シンプルなECとは違ってシステム開発の難易度が高かったり、法律面での整理が必要だったりと、決めていく作業が大変でした。先行事例がないビジネスですので、完璧な状態は存在しません。ですから一旦は今の時点でANDARTとして今度はこんな機能を世の中に提案してみようと、決めていく作業をしている感じですね」

一消費者として「欲しい」と願ったサービスを形にするために、開発は決して容易ではないもの。それを乗り越える力がある人こそが、世の中にイノベーションをもたらしてくれるのでしょう。そして、実現にはプログラミングや法律、アートなど多分野のスペシャリストが必要です。松園さんは、もし起業当初の自分に今からアドバイスできるとしたら、「チームビルディングの大事さ」を伝えたいそうです。

「最近の自分の中の結論としては、スキルではなくマインドでチームメンバーを選ぶのが良いと考えています。知識や経験が豊富な方でも、チャレンジングなマインドがないと、スタートアップにおいては道が開かれないんです。なので、多少若手でも吸収しながら切り開いていくマインドがあればいいと」

数年の経営経験を経た現在、松園さんはよい人がいることで事業がブーストされること、一方で人による課題が多く出てくることを経験し、チームビルディングに時間を投資する大切さを感じるようになりました。

自分の軸と覚悟が決まっていればいい

最後に、これから起業を考えている人に向けてアドバイスをいただきました。

「覚悟だけ決めて、あとは考えすぎないことですね。とにかく不確実性が高く、人も 環境も、本当にめまぐるしくすべてのことがほとんど変わってしまうものなんです。計画通りにいったことなんて私はほとんどありません。そういうとき、唯一自分の覚悟や軸だけがブレなければ、なんとかなったりもします」

前述の子育てと同様に、とにかく自分の覚悟さえ決めて、「あとは踏み込んでほしい」と話してくれた松園さん。自分で選んで最後までやりきる気概こそが、起業家に必要なことなのでしょう。

「私の周りにも、数名や一人で経営している人なんかもいて、仕事も経済的にも幸せそうです。経営の形もどんどん多様化していますので、まさにそこは自分で選べるという前提で、気軽にやってもいいんじゃないかと思います」

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