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株式会社 日立システムズ

ベンチャー・スタートアップ企業に聞く「新たな発想を生み出す秘訣」

第1回 分身ロボットOriHimeで人類の孤独を解消するリレーション・テック・ベンチャー企業

株式会社オリィ研究所
共同創設者 代表取締役 CEO
吉藤オリィさん

「人類の孤独を解消する」というスローガンを基に分身ロボットによって、社会課題解決に取り組む株式会社オリィ研究所。そのオリィ研究所の創設者であり、CEOである吉藤オリィさんは、常に探求心を持ちながらワクワクすることを原動力として、現在も、多くの分身ロボットを開発し続けています。そんな吉藤さんにイノベーションを生み出す過程やイノベーションを生み出す人財像などについてお話を伺いました。

孤独の解消に生きがいを見出した少年時代

2021年6月、日本橋にオープンした分身ロボットカフェDAWN Ver.βは、難病や障がいで外出困難な人々が、分身ロボットOriHime(おりひめ)を遠隔操作して接客することで話題を集めています。主宰・運営する株式会社オリィ研究所は、小学校5年生から中学2年まで不登校だった経験を持つロボットコミュニケーター吉藤オリィさんが立ち上げたベンチャー企業。「人類の孤独を解消する」というミッションをどう見い出し、事業化につなげたのでしょうか。根本には吉藤さん自身が孤独と向き合った時間がありました。

「孤独を感じていた時には、天井を眺め続けるしかできずに人に迷惑をかけている意識しか持てなかったのは本当に辛くて、死なないための理由が必要でした。17歳のとき、孤独という問題に対して次の世代に選択肢を何か残せたら、頑張って生きる意味があると思えたのです」

吉藤さんが自身の生きる目的を見出しはじめたころ、日本には約一千万人のひとり暮らしの高齢者がいるといわれていました。誰もが老いて、車椅子を利用し、いずれ寝たきりになる可能性を存分に持っています。難病や障がいで外出がままならない人も。孤独はひとりの少年だけの問題ではありませんでした。

行動と出会いで研究から起業へ

吉藤さんは進学した工業高校で早くも才能を開花させました。電動車椅子の発明に携わり、文部科学大臣賞を受賞。ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏らに憧れて、AO入試で早稲田大学に進学。ほとんどの経験が今につながっており、人生の転機では必ずキーパーソンとの出会いがあったそうです。


ロボット開発に打ち込む日々を過ごす吉藤さん

「早稲田大学の同期に「ハンカチ王子」こと今季限りで引退の北海道日本ハムファイターズ 斎藤佑樹選手がいました。その名にちなんで、折り紙が得意だった僕に「折り紙王子」というあだ名がつき、それが、次第にオリィ君というあだ名になりました。もし、進学時期がずれていたら、いまのオリィ研究所の名前も違っていたかもしれません(笑)」

研究室の教授と馬が合わなかったこともある意味で出会いの一つでした。人や研究の方向性にも相性があることを受け入れ、自らの進む道を切り開くため「オリィ研究室」を立ち上げて、一人でロボット開発に打ち込みます。その時に、心を運ぶ車椅子のような福祉機器を作れないかと開発したのが、分身ロボットOriHimeでした。その後、2012年に存在伝達を行うリレーション・テック・ベンチャー企業「株式会社オリィ研究所」を立ち上げます。

株式会社を次世代に価値を残すプラットフォームに

「株式会社にした理由は、吉藤がいなくなった後も、提供したサービスやそのサービスに関わる人々の暮らしが維持される仕組みが必要だと感じたからです。そのためには資本の原理を活用するしかないと、大学時代に苦手だったビジネスの勉強をしました。NPOであれ研究室であれ、資金調達は欠かせない課題です」

現在は高い評価を得ているオリィ研究所ですが、イノベーティブな価値創出とは、前例のない物事の価値を理解してもらうことが最大の課題でした。立ち上げ当初はオリィ研究所が向き合う孤独という社会課題の認知度は低く、資金調達には多大な苦労があったといいます。

「仲間集めにも苦労しました。自分の理念に理解や共感をいただき、はじめて資金や人の時間を提供してもらえるわけですから。当初はひたすらプレゼンをしていたのと、私はものづくりの人間なので、つくって見せることで理解していただいていました」

自由研究からイノベーションを生み出す

銀行やVCからの資金調達に欠かせないのが事業計画だが、事業の計画性とともに吉藤さんが大事にしているのが、予期せぬ偶然性と遊びの余地を組み込むことだそう。

「われわれにとって、寝たきりの先輩である難病患者を雇用し、毎日遠隔ロボットで働いてもらうんだと銀行やVCなどに事業計画などを伝えて、感覚的に理解されたとしても、それらを具体的に説明し、理解してもらうのは難しかったです。その問題をどう解決すればいいかというと、私の自由研究として、私が彼らを雇って、会社以外の時間で取り組むようにしました」

吉藤さんは朝10時から19時まではCEOとして働き、その後、明け方5時ごろまでを個人の自由研究の時間に充てています。

自由研究の時間には、吉藤さんにとって親友でもある頚椎損傷の番田さんと一緒に働いていました。こうした自由研究からは二つの大きな研究成果が生まれています。それは国際特許を取得し、全国数百名のALS患者が使用する視線入力装置「OriHime eye」と、現在の分身ロボットカフェDAWN Ver.βにつながるプロジェクトです。


分身ロボットカフェDAWN Ver.β店内の様子

「分身ロボットカフェのプロジェクトでは、私と番田の思いつきを、大学生や社会人インターンと一緒に形にしていきました。第1回目のプロジェクトでは、パイロット(OriHimeを操縦する難病や障がいで外出困難な人々)をTwitterで募集をしたところ、30名の応募がきました。その後、大きなプロジェクトとなり、政界やメディアも動いてくれるようになりました」

ビジネスとして仕組み化し、持続可能性を担保

OriHime eyeも分身ロボットカフェDAWN Ver.βも、実態は吉藤さんの趣味からはじまった自由研究であり、スタート時のプロジェクトメンバーはボランティアスタッフが圧倒的に多かったそうです。ですが今ではどちらも、オリィ研究所の事業として事業計画を元に推進されています。

「理解されないのは新しいから当たり前。計画を見た上司がOKを出した時点で、それはちょっとした改良にすぎないのですよ」

KPIや計画が必要のない自由研究として、実際に孤独を抱える寝たきりの人と協働し、関わりから発見した技術で解決可能なコミュニケーションの課題に取り組んでいく。形にならなかったプロジェクトも多数あるといいますが、吉藤さんが私的に行う自由研究は、オリィ研究所が発するイノベーションの心臓部分になっているのです。

イノベーションを生み出す人財像とは


吉藤さんが開発した分身ロボット「OriHime」

子供のころは、台所で牛乳パックや魚のトレーを、大学生になってからは大学のゴミ捨て場で、なにか材料を手に入れては、ものづくりをし続けていた吉藤さん。常に探究心を持ち、何かを生み出さずにはいられないアーティストタイプの人物です。吉藤さんから見るイノベーションを生み出す人財には、いったい何が不可欠なのでしょうか。

「世界を変える必要を切実に感じていること。また、自分を動かすための原動力を把握するのがとても大事ですね。僕の場合はワクワクできるかが原動力です。ALSの友人が視線入力装置を使って、話したり公園を一緒に走り回れたりしたら面白いじゃないですか。何が自分の原動力になりうるかを整理しておくと、前に進みやすいと思っています」

違いに価値を見出す視点の転換を

最後に今後、オリィ研究所のようなイノベーションを生み出したいと願う読者に向けてアドバイスをもらいました。

「人を助けたいという欲求は多くの人が持っています。しかし、自分は何もしていないのに、周りの人が全部やってくれると申し訳なくなってしまう。助けられ続ける側は結構しんどいんですよね。重要なことは誰かを助けることではなくて、相互関係性をどうつくるか。助けられ続けて申し訳ないって思わせないような仕組みをうまく作っていくことですね」

今回のインタビューで驚かされたことの一つに、吉藤さんの話す「ALS患者は呼吸器をつければ生き続けられるが、実際に呼吸器をつけるのは1割」という事実でした。身体が動かなくなり、家族に負担をかけ続けてしまう苦しさ、社会的に役割を感じられる孤独さは、人から生きる意味を奪ってしまうのです。
分身ロボットカフェDAWN Ver.βでは、吉藤さんの「人と違うことが大きな価値」と考える視点が生かされています。今まで、孤独を感じることの多かったOriHimeパイロットたちは、接客のみならず、難病や障がいを持つ人の日常を教えてくれるガイドでもあります。
助ける側、助けられる側。これまでは一方通行になりがちだった関係性の矢印が、双方向に転換する仕組みを、持続可能なビジネスとして創出したことには、大きな社会的意義があるのです。


「OriHime-D」が接客する様子

OriHimeパイロットの方から現場の声

実際にOriHimeパイロットとして三重県から遠隔勤務をしているちあさんにお話を伺いました。

分身ロボットカフェDAWN Ver.βオープンがオープンした2021年6月から、OriHimeパイロットとして三重県から遠隔勤務するちあさんは、原因不明の病気により5歳から車椅子生活を送っています。一度は地元企業に事務職として就職しますが、通勤の送迎や就労時間中にも介護支援が必要で、家族の状況からも離職を選択しました。その後、OriHimeパイロットとして働いていた地元の友人から、分身ロボットカフェの常設店がオープンすることを知り、自身の選択肢になかった接客業ができることに魅力を感じ、パイロットに応募しました。カフェでは、通院や通信教育での学習時間とバランスを取りながら週4日ほど働き、接客、配膳、グッズ販売、受付での案内と、多数の役割をこなしています。通常のロボットより人の存在感を強く持つ「分身」を得て働くことで、お客さまとの偶然の出会いが生まれたり、仕事終わりにOriHimeで同僚に手を振って職場を離れたりと、コミュニケーションの幅が広がるのが楽しいそう。「OriHime-Dで配膳の仕事を終えて店内を歩いていると、同じ茶道の趣味を持つお客さまに話しかけてもらえたり、OriHime同士でおしゃべりしているのを、お客さまが面白がって写真を撮ってくれたりします」日本のおもてなし文化普及をめざし、車椅子でも入れる竹の茶室で車椅子茶道のイベントをしていた経験から、コロナ禍でも活動を模索中。OriHimeを活用した、寝たきりでもできるおもてなし和文化の体験施設が夢。

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