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株式会社 日立システムズ

第2回 ビジネス・キューピッドと著名ブロガー

「あの、どなたでしょうか…?」
ナミが改めて尋ねる。
「10時から約束させていただいている者です」
ナミは唖然とした。10時にアポイントを取っているのは「氷室太一」のはずではないのか。しかし目の前に立っているのは紛れもなく、30代半ばの女性である。
「あの…失礼ですが…」
ナミがそう言おうとした矢先、後ろから顔を出した日比野が「あははっ」と笑った。
「なるほど…これは一本取られました。あなたが氷室さんなんですね?」
日比野の言葉に、女性はにっこりと笑った。
「さすが日比野さんね。私が氷室太一です」

著名ブロガーの意外な提案

「驚きましたね…まさか『ヒムログ』の著者が女性だったとは」
そう言いながら、日比野は氷室に席を勧める。
「ブログに書いている内容が比較的辛口でしょう?女性が男性ビジネスマンにあまりきついことを書くと、反感を買うばかりですから」
「だから、男性名をハンドルネームにした、と」
「そうなんです。漫画家さんにも、実は女性なのに男性のペンネームを使う例はあるんですよ」
そう言って、いたずらっぽい微笑を日比野に向ける氷室。
「ちなみに、本名は氷室妙子…」
そう言って、氷室「妙子」は名刺を差し出した。名刺を見た日比野は「ほぉ…」とつぶやいた。世界的に有名なコンサルティング会社の名刺である。
「なるほど、勤め先にも知られずにいるために『氷室太一』ですか」
「ええ、そうなんです」
日比野は改めて、まじまじと妙子を見つめる。無論、それは彼女の美貌に目を留めたわけではない。本名を明かさず、性別さえも偽った形で、この人物が何を企もうとしているのか、それを見抜こうとしたのである。

「それで…起案したい内容というのは?」
日比野が本題を切り出すと、妙子はすっと計画書を出した。その表紙に書かれている言葉を見て、
「ああ、やはりそうきましたか」
と答えた。
「まさか、お分かりになっていたのですか?」
「ええ…ブログを拝読して、時間管理や情報の集約にこだわっている方だという印象を持っていたものですから」
「そうなんです。月並みかもしれませんが、手帳を開発させていただきました」
年末が近づいてくると大型書店でも手帳のためのコーナーが設けられることが多い。最近は手帳をプロデュースする著名人も多くなっている中で、「ヒムログ」の氷室太一が手帳を出すとなれば、確かに話題を呼ぶことだろう。
「ブログの読者に実践を呼びかけている、『毎日のスケジュールを15分単位で管理する』ことや『予定を公・共・私の3つに分類せよ』といったノウハウを統合したものです」
妙子の話を聞きながら、計画書をパラパラとめくっていく日比野。

「確かに、あなたが開発する手帳であればほしいと思う方もいるでしょうし、反対に、この手帳を手にとってあなたのブログを読むようになるという方もでてくるでしょう…ただ」
日比野はそこまで話して、言葉を止めた。

険しい損益分岐点

「…ただ、何でしょうか?」
妙子がまっすぐな視線を日比野に向ける。
「氷室さんもお忙しいと思いますので単刀直入に言います。この案件で十分に資金が集まるかというと、必ずしもそうではないのではないかと」
日比野は表情を変えず、淡々とそう言った。妙子の目線が少し泳ぐような感じがしたが、すぐに平然とした表情に戻り、
「あら…どうしてそんな風に言われるのかしら?」
と尋ねる。日比野はめがねをくいっと持ち上げると、
「この手帳、ターゲットにしようとしているのは、30代の男性ですよね?」
と、尋ね返した。

「ええ…それはそうです。私のブログを読んでくださるのはそういう方たちですし」
「そこが問題なのです。手帳ですからそれほど製造コストはかからないとしても、革製の手帳となると材料費が嵩みますし、200個くらい売らないと損益分岐点を突破できない。そうすると、目標金額は7500円×200個で、150万円にもなりますね」
クラウドファンディングの利点の1つに、お金が集まらなければプロジェクトを解散できるという点がある。一か八かで手帳を大量に生産して、売れなければ大損になってしまうが、クラウドファンディングでは賛同者が少なければ、そういった損失を生じさせる前に手を引くことができるというわけだ。もちろん、成功するに越したことはないが。

「分かります。一定期間内に150万円集められなければ、お金を払い戻すということですよね。私のブログのアクセス数を考えれば、決して難しい話ではないと思いますが」

妙子はそう反論した。確かに、毎月50万ものページビューがあるブログは珍しい。
「そこが問題なのです…ブログを読んでいる男性の読者の多くは、スマートフォンからアクセスしているのではないですか?」
「ええ…アクセスを分析する限りでは、大半はスマートフォンユーザーだと思います」
妙子はそこまで話して、自分で「あっ…」と言った。

「さすが、話の飲み込みが早いですね。スマートフォンユーザーのほとんどが、スケジュール管理をスマートフォンで行っているんです。そういう方に手帳を売り込むということが、やはり難しさを感じます」
「確かに、そうですね…」
妙子の表情が明らかに曇った。
「ええ。ただ、せっかくなのでこの案はもう少し練り直してみてはいかがでしょうか。工夫さえすれば突破口は開けそうな予感がします」

「例えば、目標額を下げるためにデザインを見直してみるというのは、どうでしょうか?」
「もちろん、それも一案だと思います。ただ…手帳そのものを安価なものに切り替えるのは反対です。安価で気軽なデザインの手帳を売るようでは、氷室太一の価値をかえって損なってしまう…何か、別の方法があればいいですね」
日比野は敢えて解決策を提示せず、妙子の考えがまとまるのを待つことにした。彼女にもコンサルタントとしての、そしてアルファブロガーとしての意地があるはずで、そこを逆撫でしないように配慮したのだ。
妙子はしばらく考え込むようにしていたが、ふと思い出したように腕時計を見た。
「あ…申し訳ありません、もう少し考えていたいのですが時間がなくて…」
気づけば2時間近くが経過していた。
「ええ、ぜひ持ち帰ってゆっくり考えてみてください…弊社のほうでも知恵を絞ってみます。もし修正案が作れたらご連絡ください」
そういって、日比野は妙子を見送った。

「お疲れ様でした…どうでしたか?」
社長室に戻った日比野に、ナミがお茶を出しながら尋ねる。
「とりあえず、練り直してもらうことにしたよ…」
日比野はそういってお茶をすすると、打ち合わせの要旨をかいつまんでナミに伝えた。
「…社長、本当は何かアイデアがあるんじゃないですか?」
ナミは話を一通り聞くと、見透かすように微笑んだ。日比野は軽くうなずく。
「まぁな…でもそこに自分で気づかなくちゃならない」
「どうして?」
「考えてもみろ、俺が入れ知恵したものを、『氷室太一がプロデュースした手帳です』って、堂々とブログで言えると思うか?」
そう言うと、室内の時計が正午を伝えるアラーム音を鳴らした。

「あら、大変。社長、今日ランチに行くんでしょ?」
以前ここでアルバイトとして働いていた、道草あすながどうしても「会いたい」と言っているのだった。

「ああ…あのヒヨっ子も少しは大人になっているといいが」
「また、そんなこと言って…あすなちゃんによろしく伝えてくださいね」
日比野はその声を聞いていないふりをしながら、そそくさとオフィスを出た。

 

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