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株式会社 日立システムズ

第1回 ビジネス・キューピッドの新ビジネス

数ページの書類から目を離すと、日比野京一は無表情なままで
「ダメだ。この計画では審査をとおすわけにはいかない」
と、正面に座っている相手に向かって吐きすてるように言った。そうでなくても、アポイントも取らずに朝一番にオフィスに押しかけてきたこの初対面の男を、日比野は歓迎する気分になれないのだった。

「どうしてですか?この案件が成功すれば、アフリカの子どもたちの飢餓率が…」
「飢餓率が、どうなるっていうんだ?」
「そりゃ、下がるんですよ、分かるでしょう、日比野さん」
男は不満げな表情で問いかけるが、日比野の表情はまったく変わらない。
「私の作ったTシャツをお買い上げになると、その収益の一部がWFPを通じてアフリカの子どもたちの食糧問題を解決するために使われます…」
計画書の片隅に書かれた言葉を読み上げると、男は「そう、そこですよ」と反応する。
「今話題のエシカルファッションです。ぜひ御社で取り扱ってもらえませんか?」
「ダメだ、と言ったはずだ。悪いがお引き取り願おう…」
そういうと日比野はこれ以上相手にできない、と言った様子で席を立った。

「待ってください…このクラウドファンディングが成功すれば、この会社にも手数料収入が入るんでしょ?成功しなくても、単に私が金を手にできないというだけで、別にあなたが損するわけじゃないじゃないですか」
日比野の背中に向かって、男が早口でまくしたてる。しかし日比野は振り返りもせず、
「そう思うなら、審査なしで売らせてくれるほかのサイトを頼れば良いだろう。話は以上だ」といって、会議室のドアを叩きつけるように閉じ、自室に戻った。

新ビジネスは「Heart Arrow」

「すみません…最初からおとおししなければ良かったですか?」
不機嫌そうに社長室のいすに腰を下ろした日比野にお茶を出しながら、ナミが言った。
「いや、お前のせいじゃないさ…見てみろ、この計画書」
日比野に勧められてナミは計画書をパラパラとめくる。
「…エシカルファッション。数年前から注目されている言葉ですね」
「ああ。単におしゃれをするだけではなく、倫理的、道義的に好ましい洋服選びをしよう、という流れだが、そいつはそういう言葉にかこつけて、自分のデザインした服を高値で売りたいだけさ」
日比野の愚痴とも不満ともつかぬ声に、ナミは相槌を打った。

確かにこの計画書には自分のデザイナーとしての経歴は書いているが、アフリカの食糧事情についての言及もなければ、それに対する具体的な解決策も、WFPに寄付するだけというお粗末なものしかなかった。
「だから、門前払いなのですね」
「ああ、ちゃんとした気概さえあれば、計画書を練り直して持ってこさせるところだが…あいつはダメだな」
「分かりました。それで、今日のアポイントなのですが…」
ナミが気を取り直すように、予定を確認しはじめる。

ここ、株式会社ビジネスキューピッドは、本来、近隣地域の小規模な事業者のためのコンサルティング会社として活動していた。オーナー兼社長の日比野京一の活躍により、さまざまな業種の中小企業が時には息を吹き返し、また時には新しいビジネスの展開につながるヒントを得ていった。その評判を聞きつけ、株式会社ビジネスキューピッドにはたくさんの相談依頼が舞い込んでいる。

そんな中、日比野が新たに始めたのが、クラウドファンディングのサービスである。クラウドファンディングとは、広く大衆から少しずつお金を募ることによって自らのビジネスをスタートさせるための仕組みであり、日本でも徐々に認知が高まっている手法である。
日比野はそのスキームに目をつけ、自らもそのサービスに参入することを決断した。ビジネスキューピッドのクラウドファンディングサービス「Heart Arrow」の最大の特徴は、資金を必要としている起案者の持ち込んだ案件に、厳しい審査をすることであった。通常のクラウドファンディングサービスではそのような審査があまりなく、比較的自由に起案ができる。しかし、それが原因となって十分に練られていないアイデアが起案されることも多いため、資金を提供する側もつい二の足を踏んでしまう。

その点、「Heart Arrow」では日比野が持ち前の目利きを発揮して計画を精査し、将来性ありと判断したものだけが審査を通過する。逆に将来性のない計画書については、先ほどのように門前払いすることもあれば、日比野がアドバイスを加えて練り直したうえで、改めて審査を行うのだった。その甲斐あってか、「Heart Arrowに登録される案件はどれも将来性が高い」という評判が立ち、優良な案件を求めて多くの資金提供者が集まるようになりつつあった。

今度のクライアントは、著名ブロガー?

「そういえば、午後のアポイントを取られている方から事前に計画書が届いていますが、目をとおされますか?場合によっては私が面談してしまっても良いかと思いまして」
ナミがそういいながら、プリントアウトした資料を手渡す。「ああ」と短く答えてそれを受け取ると、日比野はパラパラとめくって、「またアプリ開発か…」と、ため息をついた。
「アプリ開発って、クラウドファンディングとは相性が良くないんですけどね」
ナミが社長の気苦労をねぎらうように、苦笑する。

アプリ開発に必要なのはコンピュータ環境と技術者だけで、いわゆる材料費や設備投資にお金がかからない。にもかかわらず、日比野のところにこのような案件が持ち込まれるのは、日々多数のアプリが開発され、発売される中で、日比野からのお墨付きを得ることで他との差別化をはかり、ビジネスを手っ取り早く展開させるきっかけにしたいと思っているからにほかならなかった。
それでも計画書をひととおり読んだ日比野は「…ダメだ。断ろう」とだけ言って、ナミに計画書を返した。
「分かりました。私の方で断っておきます」
最近はあまりにも持ち込まれる案件が多いため、見込みがなさそうな案件は日比野ではなくナミが対応することが多くなっている。
「それで、この後の10時からの面談相手は誰なんだ?」
そういいながら、日比野は壁の時計をチラリと見やると、もう9時50分である。日比野は小さく舌打ちした。あの「似非エシカルファッション」のせいで準備する時間がなくなったじゃないか…。
「あら、昨日お伝えしたのに覚えていらっしゃらなかったんですか?ほら、氷室太一さんですよ」

「ああ…『ヒムログ』の人か」
日比野がつぶやいた「ヒムログ」というのは、これからやってくる氷室太一が運営しているブログのタイトルである。著名なコンサルタントが自分の仕事術などを惜しげもなくブログで紹介していることから評判が高く、月間で50万を超えるページビューを獲得している。氷室は、いわゆる「アルファブロガー」と呼ばれる存在の一人だ。
「どんな人なのか、楽しみですね…」
ナミがそういって笑った。氷室は顔を明かさずにブログを運営している。日比野も今回が初対面であった。

そして9時55分。呼び鈴が鳴る。
「さすがですね…ブログに書いてあるとおり、ちゃんと5分前に来ましたよ」
「ふん…それくらい当たり前のことだ」
そういう日比野の声を背に、ナミは氷室を迎えにいく…が、異変は次の瞬間に起こった。
「いらっしゃいませ……えっ?ど、どなたでしょうか」
迎えに出たナミの声が、戸惑いをありありと伝えている。
「どうした…?」
不審に思った日比野が顔を出す。

そこには、見たことのない女性が立っていた。

 

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