私の専門は心理学で、産業・組織心理学という、一般の方々にはあまり聞きなれない分野に身を置いている。年来の研究テーマはモチベーション(動機づけ)である。日常的なことばとしては、やる気や意欲に相当するが、厳密に考えると少しちがう。
例えば「やる気のある人材求む」とか「意欲にあふれた人を」というフレーズを耳にしたときには、元気な人や、何事にも積極的に取り組むような人が、わりあいすんなり頭に浮かぶ。けれども、これをモチベーションに置き換えた場合はどうだろう。「モチベーションのある人材」や「動機づけにあふれた人」というのは、どんな人だろう。考えてみると、ちょっと難しい。
私たちは、やる気や意欲を、その人がもっている特徴としてとらえやすい。だからやる気がある人と言われた場合にすんなりイメージが湧くのである。これに対して、モチベーションというのは、目標に向かって具体的な行動を生み出し、行動を持続させるエネルギーを意味している。すなわち、モチベーションは到達すべき具体的な目標があるところに生まれるのであり、目標のないところにモチベーションは存在しない。
したがって、やる気や意欲をモチベーションの視点からとらえるならば、目標をもつこと、目標を意識することで、そこに向かってさらに高いやる気や意欲を引き出すことができる。やる気を高める秘訣は目標の存在にあるといってよい。ではどのような目標がモチベーションを促進し、やる気を高めるうえで効果をもつのだろう。
同じ目標を指示された場合でも、その目標に納得感がもてるかどうかで、その後のやる気はまったく違ってくる。目標への納得感あるいは受け入れ感は、目標達成へのモチベーションに大きな影響を与える。特に、能力ぎりぎりの高いレベルでの仕事が求められる場合には、納得感のあるなしがモチベーションに決定的な差をもたらす。
目標に納得し、それを受け入れている場合には、達成に向けて努力や集中力が持続する。その結果、それ以上の成績の伸びが難しいようなハードな状況であっても、高いレベルでやる気を保つことが可能である。けれども、いったん目標をあきらめたり、これ以上はもうイヤだと目標を拒否してしまった場合には、今度は目標が高くなるほど成績は急降下する。「ギリギリのところで頑張っているのに、上司がもっとやれと言ってきた。冗談じゃない、もういやだ!」ということになり、目標達成へのモチベーションは低下してやる気も失せてしまうのである。
図1の目標受容ゾーンと目標拒否ゾーンはこのことを簡略に説明している。図で目標受容ゾーンに入っている(本人が納得し受け入れている)うちは、目標が高くなるにしたがって達成へのモチベーションも高まる。しかし、いったん拒否ゾーンに入ると、今度は目標が高くなるほどモチベーションは低下する。
PDCAサイクルで仕事を回していくときには、PLAN段階では上司と部下本人との間で緊密な計画立案が求められるが、ここでも目標への納得感・受容感は大切である。いくら上司自身がよい目標であると思っても、部下本人にとって納得感が得られなければ、その後のDO段階へのモチベーションにつながっていかない。また、上司自身が納得感をもてないままに、部下本人が受け入れたから「まあ、いいか」で終わらせてしまうこともある。このような場合は、CHECK段階で成果に対する評価に食い違いが生まれ、相互不信のもとになり、つぎのACTIONにつながっていかない。双方で「これならいけそうだ」という納得感がもてるまで、じっくりと話し合うことが大切になる。
A社でもB社でも、10件の新規顧客を獲得するという目標を達成すると報奨金が出る。ただし、A社では10件獲得しないと、たとえ9件でも報奨金は出ない。一方B社では、10件まで届かなくても獲得した件数に応じて報奨金が出る。A社のやり方はゼロか100かの評価であり、B社のやり方は段階的成功を評価するものである。
モチベーションの観点から見た場合、A社のやり方は、目標達成が無理と思った時点でモチベーションは低下する。逆立ちしても10件には届かないとなれば、あとは無理してもしょうがない、叱られない程度に適当にお茶を濁しておこうということも出てくる。
これに対してB社の場合には、たとえ10件到達が無理でも、1件でも獲得すればそれが評価につながるから、目標達成へのモチベーションは維持される。これは心理学の実験でも確かめられている。
つまり、最終的には失敗しても、途中の段階的な成功が評価される場合には、やる気の維持につながるということである。別の言い方をすれば、加点主義評価の効果ということにもなる。特に、若い人材を育てる場合には、失敗を減点するよりも、途中の成功を積極的に評価することが、モチベーションを高めやる気を引き出すうえで効果をもつ。
こんなこともある。例えば、全社で最終的な成果だけを評価対象にしたらどうなるだろう。このようなシステムの下では、高い目標にチャレンジして失敗すればそこで討死、敗者復活はない。未達者が多くなれば上司も責任を問われることになるから、部下に高い目標を勧められない。部下本人も失敗を恐れて縮こまってしまう。結果として、上司も部下も阿吽の呼吸(?)で低めの目標を設定し、見かけ上は目標が達成されても、全社的にはそれまでよりも実際の業績は低くなってしまう。
これは成果主義導入時に実際にあった例である。最終的な成果のみを評価対象とすると、このような萎縮が起こる。モチベーションを高め、やる気をさらに引き出すためにも、段階的な評価は効果をもつ。
やる気や意欲は、精神力(「なせばなる!」「できないのは気合いが足りないからだ!」)といった曖昧なものではなく、古くから心理学の対象であり、科学的な探究が蓄積されている。
やみくもに部下の尻を叩いてもやる気は高まらない。これまでの経験から築いた「やる気論」をおもちの方も多いと思うが、その持論を整理し自信をもって仕事を進めるうえでも、やる気を解明するモチベーションの科学にもぜひ関心をもっていただければ幸いである。
※ コラムは筆者の個人的見解であり、日立システムズの公式見解を示すものではありません。
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