数年前の話ですが、ある会社の人事担当者で、私の友人A君から聞いた話です。
彼は、海外現地法人の拠点長をしている先輩社員の駐在員に電話をしたときのことを話してくれました。
A君 :「○○さん(駐在員)、例の件なのですが…」
駐在員 :「あぁ…あの件のことな…」
A君 :「なんか、元気ないですね。何か困ったことでもあるんですか?」
駐在員 :「いや、べつに…ちょっと考えごとをしていたんだ」
A君 :「そうですか。なら、良いのですが。そっちは、暑いでしょうから、健康に気を付けてくださいね」
駐在員 :「あぁ、ありがとう」
そのときA君は、営業の企画でも考えていたのだろうと、あまり気にしていなかったそうです。
しかし一週間ほど経ったある日、A君のところに一枚の「一時帰国申請書」が舞い込みました。申請者は、この間の電話で元気のなかった駐在員でした。
申請理由は「弔事」となっていて、お母さまが亡くなられた旨が記載されていました。
後で知ったそうですが、A君が電話をしたとき、その駐在員は、ご実家から「母親が急病で入院した」という連絡を受けた直後だったとのことでした。
その申請書は、その駐在員が母親の死に目に会えなかったことを意味していました。
告別式を終えて赴任地に戻った駐在員は、しばらく気持ちが沈んでいたそうですが、幸いにも元気を取り戻したとのことでした。
私が海外駐在中に懇意にしていた知人から聞いた話で、深刻な事例があります。
ある会社の駐在員が、日本にいるお父さまが亡くなられたので、告別式のために一時帰国しましたが、赴任地へ戻って来てからも、ふさぎ込んでしまいオフィスに出社して来なくなったそうです。
その駐在員は、もともと海外赴任のオファーを父親が病弱であることを理由に断ったそうですが、会社からの強い要請で、やむを得ず応じたということでした。
最終的には現地の病院で「うつ病」と診断され、会社は業務の継続が困難と判断し、やむを得ず早期帰任を決定したそうです。
結果として、後任がなかなか決まらず、しかも担当業務が非常に多岐にわたっていたため同僚の駐在員がフォローしきれず、事業所の業務が大混乱したそうです。
後日談ですが、その駐在員は帰任してからもうつ病が改善せず、数年後に退職されたという話を聞きました。
1980年代頃までは、日本企業の海外駐在員は別の言い方をすれば、「特殊要員」的な位置づけだったと思います。
外国語が堪能だったり、海外留学経験があったり、海外駐在を前提に入社した従業員など、可能な限り海外で仕事ができる素地のある人を選んでいたようです。
しかし、最近では企業の海外進出が増加し、海外赴任が「当たり前」とされる労働環境に変化してきました。
そのため、入社して以来、海外赴任など人生設計の中で想定していない従業員も、国内転勤と同じ程度に、海外赴任を覚悟しなければならない状況になりつつあります。
海外赴任に積極的な人は、現地において困難に屈することなく、粘り強く業務遂行ができる人が多いようです。しかし、納得しないまま海外赴任した人は、不慣れな現地での仕事・生活から受けるストレスがより一層強いものになり、十分に能力を発揮できなくなる場合がありますから、人選を行う段階で十分な精査が必要です。
また、通信手段や移動手段の発達によって外国が「近くなった」とは言うものの、国内の転勤に比べると、海外はすぐに帰って来られる場所ではありません。
海外駐在員・海外出張者は、「親の死に目に会えない」距離を飛び越えて仕事をしていることを、企業は忘れてはならないのです。
海外進出企業は、駐在員・出張者が「心身ともに健康」であるように、海外駐在員の選定ルール・制度・赴任前研修などの制度設計・運用の両面で、健康管理と同様に、メンタルヘルスへの配慮を怠るべきではありません。
企業の安全配慮義務は、「思いやり」という言葉に置き換えることができます。企業が思いやりを忘れたとき、予想もしない事業運営上の脅威に晒される可能性があると言えるでしょう。
[山本 優 記]
※ コラムは筆者の個人的見解であり、日立システムズの公式見解を示すものではありません。
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