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(マンガの続き)
稲尾は頭をポリポリとかきながら、自らの苦境を打ち明ける。
稲尾:「規模の大きな学習塾は、やはり親御さんにとっては安心感があるのだと思います。難関校への進学実績もありますからね。それに、アルバイトをたくさん雇うことで月謝を安めに設定したり、友達紹介制度でキャッシュバックがあったり…価格面でも太刀打ちできないんです」
つまり、「大手であること」自体が大手進学塾の強みなのである。たくさん生徒がいれば、優秀な子は難関校に進学する。そしてその実績を広告塔にして、さらに生徒が集まってくる…しかし地元の生徒を相手にコツコツやっているだけの小さな学習塾は、そうはいかない。
稲尾:「…でも、」
あすな:「でも?」
稲尾:「私の塾には生徒にたくさん来てもらわなくても、良いんです。今みたいに自分の目の届く範囲で、生徒を見守れるのも、悪くないかなぁ、と」
稲尾はそう言うと少し照れくさそうに笑った。
あすな:「へぇ…素敵ですね」
あすなは素直にそう感じていた。こんなに優しくて生徒思いの先生なら、きっと自分の成績も上がったに違いない。
あすな:「生徒さんの数は、今すでに手一杯なんでしょうか?」
そう言うと、稲尾は「ええ」と頷いた。
稲尾:「もちろん数名なら受け入れられますが、あまり増えてクラスを増やしてしまうとまたアルバイトを雇わなければいけませんし…」
あすな:「そうなんですか」
しばらく会話が途切れたあと、稲尾が思い出したかのように
稲尾:「ああ、そういえば、損益計算書をご覧になりたいんですよね?簡単ですが、まとめてみました」
と言うと、手元にあったファイルをあすなに手渡した。
科目 | 5年前 | 4年前 | 3年前 | 2年前 | 1年前 |
---|---|---|---|---|---|
売上高 | 14,220 | 15,410 | 10,921 | 6,191 | 4,992 |
売上原価 | 2,621 | 2,610 | 2,810 | 0 | 0 |
売上総利益 | 11,599 | 12,800 | 8,111 | 6,191 | 4,992 |
販売費および一般管理費 | 9,916 | 10,201 | 6,954 | 6,090 | 5,680 |
(うち人件費) | 7,200 | 7,200 | 4,800 | 3,600 | 3,600 |
営業利益 | 1,683 | 2,599 | 1,157 | 101 | -688 |
営業外収益 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
営業外費用 | 117 | 108 | 100 | 92 | 100 |
経常利益 | 1,566 | 2,491 | 1,057 | 9 | -788 |
確かに、以前はしっかりと利益が出ていたようだが、売上が急激に減少し、1年前の赤字は80万円近くになっている。しかし、それ以外に気になった点が、あすなにはあった。
あすな:「あの…売上原価が何でゼロになっているんですか?」
あすなのつたない知識によると、原価がゼロなんてことはありえない。
稲尾:「あ、それは…アルバイトの方の人件費を売上原価で処理していたんですが、先ほど話したとおりで、彼らが卒業してからアルバイトは雇っていないのです…」
あすな:「ああ、そういうことなんですね…でも、稲尾さんの人件費はどこに計上しているんですか?」
稲尾:「それは販売費および一般管理費に含めています」
あすな:「ふーん、そういうことか…んっ?」
稲尾の説明を聞いていて、あすなはもう一つの違和感にぶち当たる。本来、固定費が多く含まれるはずの販売費および一般管理費が、売り上げに応じてどんどん減少している…しかもよく見ると、減少しているのは人件費のようだ。
あすな:「どうして人件費が減ってるんですか?アルバイトの方の分とはまた別の人ですよね?」
あすなの質問に、稲尾はぐっと押し黙ったが、決心したように口を開いた。
稲尾:「実は…離婚しまして。もともとは私と女房の2人分の給料を計上していたのですが、それもまた必要なくなってしまい…」
あすな:「えーーーっ!?す、すみません…」
何気ない自分の質問が稲尾の古傷をえぐってしまったことを、あすなは慌てて詫びた。稲尾は「いいえ」と力なく首を振ると、
稲尾:「実はあの頃、丁度大手の塾が進出してきたときに、私にも引き抜きの話があったのです」
あすな:「引き抜き…?」
稲尾:「早い話が、あの教室の責任者にならないか?と。そうすれば私が教えていた生徒たちもそのまま呼び込めますからね。その時、女房は『良い話だから是非受けたらどうか』と言ってきたんです。確かにお給料もよかったし、教える仕事は続けられる。でも、私はその申し出を断ったんです…あの学習塾のやり方は、どうも好きになれなかったので…。その後もいろいろありまして、女房は愛想を尽かして出て行きました」
あすな:「そんな…息子さんもいらっしゃるんでしょ?」
稲尾:「ええ…貴方より少し若いのがね。まぁ、もう大学に入りましたし、何とかやっていけると女房は思ったんでしょう…」
稲尾の悲しそうな表情に、あすなの胸はキュンと痛んだ。
ビジネス・キューピッドに戻ってきたあすなは、机に突っ伏して大きなため息をついた。
あすな:「はあ…・」
大学生で人生経験の乏しいあすなには、稲尾の身の上話は衝撃が強すぎたようだ。
もっとも、あすなのため息の理由はそれだけではない。大手塾に押されて生徒数が激減し、赤字を計上している「稲尾カレッジ」。しかし一方で、当の稲尾本人が、「これ以上生徒を増やせない」と言っている。これでは赤字のままズルズルと倒産するのを、指をくわえて見守っているようなものである。
ボーっとしているあすなを、雑用を終えてオフィスに戻ってきたナミが見つけた。
ナミ:「あら…あすなちゃん、帰ってたのね。どうだった?」
あすな:「ナミさん…あの塾…どうやったら助けられるんでしょうか?」
あすなは稲尾カレッジの状況と、稲尾自身が置かれている不幸な立場について、一部始終をナミに説明した。
ナミ:「なるほどね…経営も辛いし、プライベートも順調ではない…かといって、経営の拡大を本人が望んでもいない…」
ナミは腕組みをして、うーんと考えるようにうつむいている。
あすな:「例えば、なんですけど…月謝を見直すことはできないでしょうか?」
ナミ:「それはどういう狙いがあるの?」
あすな:「売り上げは単価と数量で決まるでしょ?でも数量…つまり生徒の数を増やすのって難しいじゃないですか…だったら月謝を上げるしか…」
ナミ:「値上げ?それはダメよ。もともと大手のほうが月謝が安いのに、『稲尾カレッジ』がさらに値上げをしたら、生徒さんに出て行けと言っているようなものじゃない?値上げはできないわ」
あすな:「そっか…でも、これ以上費用を削ることなんて、できないですよね?」
ナミ:「そうね…学習塾はもともと固定費が多い業態だし、削れる部分はもうないと思う」
じゃあ、どうしたらいいのよ?あすなが途方にくれていたその時、日比野がオフィスに戻ってきた。
日比野:「ご苦労さん」
ナミ:「社長、おかえりなさい」
あすなも慌てて「おかえりなさい」を言う。日比野はあすなの顔を見て「ああ…その手があったか」と、ボソリと言った。何か嫌な予感がしたあすなは、
あすな:「な、なんですか?」
と警戒した。日比野はそんなあすなを見てニヤリと笑う。
日比野:「お前、明日ここに行ってみろ」
そう言って、A4用紙に書かれた地図をあすなに渡す。
あすな:「…なんですか、これ?」
日比野はこれ以上あすなに視線を向けず、デスクに向かうと、こう言い捨てた。
日比野:「見たところ煮詰まっているようだからな…そこで頭を空っぽにしてこい」
つづく
稲尾カレッジは大手学習塾が近隣に進出したことで大打撃を受けているようです。大手学習塾が安い授業料で生徒を集められるのにはいくつか理由があるのですが、その理由に「当てはまらない」ものは以下のうちどれでしょうか?
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