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(マンガの続き)
あすな:「…あの、どなたですか?」
日比野:「俺か?名乗るようなものじゃない…と言いたいが、その名刺の男だ」
そう言われて、あすなはもう一度名刺を覗き込む。「株式会社ビジネス・キューピッド 代表取締役 日比野京一」確かにそう書いてある。
あすな:「す、すいません…あの、悪気はなかったんです」
日比野:「見たところ、就職活動中の学生だな?学部はどこだ」
あすなの弁解など気にも留めず、日比野は訊いた。その、低いがよく通る声に、あすなは引き込まれるように答えた。
あすな:「しょ、商学部です」
日比野:「商学部か。それで?今までどんな企業に応募したんだ?」
あすな:「え?えっと…」
慌てて、あすなは持っていた手帳を開く。見開き2ページの月次カレンダーには、イニシャルで書かれた企業名がちりばめられている。大手通信会社。出版社。学習塾。飲食店。あまりに多岐にわたる企業を、一言で説明するのは難しい。
困っているあすなに向かって、日比野の腕が伸びる。
日比野:「あーもういい、その手帳を貸せ」
あすな:「えっ?いやです!」
必死に拒絶したが、日比野は無理やりあすなの手帳を奪い取っていた。
日比野:「な、何するんですか!?」
日比野は答えず、手帳のページを最初から、均等なペースでめくっていく。就職活動のための手帳だし、見られて困るような恥ずかしい内容は書いていないが、それでも、自分の内側を他人にさらしているようで居心地が悪い。
ページをめくり終えた日比野は、手帳をあすなに返すと、同じ声のトーンのまま
日比野:「…再来週のH社というのは、不動産業だな?」
と聞いた。イニシャルだけで何故分かるのだろうと思いながら、あすなは
あすな:「そうですけど…」
と答えたが、あまりに非常識な日比野のやり方に、あすなは今更ながら腹が立って、
あすな:「っていうかあんた、何者なのよ?」
気づけば敬語を使うことも忘れていた。
しかし日比野は動じない。
日比野:「…だから言っているだろう。その名刺の者だと」
あすな:「名刺ったって…それだけじゃ分からないじゃない。いったい何の会社なのよ?」
キンキンした声に日比野は少し顔をしかめた後、ニヤリと笑った。
日比野:「…ふーん、じゃあ聞くが、そのH社っていうのは何の会社だ?どうやって儲けを得ているんだ?」
あまりに初歩的な質問を、あすなは鼻で笑った。
あすな:「何って、あなたさっき自分で言ってたじゃない。不動産業よ」
日比野:「だから、それがどういう商売なのかと聞いているんだよ」
あすな:「さっきから、当たり前のこと聞かないでよ。土地と建物を貸して、賃料をもらって利益を得るんでしょ?」
いつの間にか、カウンターではもやし炒め定食が湯気を立てていた。あすなは割り箸を割ったが、苛立っているせいで上手に割ることができない。
あすな:「あー、もう!」
日比野:「…賃料で利益か…その答えじゃ30点だな」
そう言ってビールをぐいと飲み干した。
あすな:「えっ?」
日比野:「今までの企業も、その程度の知識しか持たずにエントリーしたんだろう?」
あすなは図星を突かれた気がして一瞬口をつぐんだ。
あすな:「そ、それが何だって言うのよ?私だってちゃんと四季報とか見て、会社のことは調べてるわ?ほかの人だって同じでしょ?」
日比野:「…ほかの人と同じ。つまりお前は、周りと同じように自己分析をして、周りと同じように企業情報を調べているんだな」
あすな:「そ、そうよ?その何がいけないの?」
日比野:「…周りと同じ準備をしただけで、倍率の高い就職戦線を勝ち抜けるという考えが、そもそも甘っちょろいんだよ…お前には、集団を一歩抜け出そうという工夫がないんだ…すいません、ごちそうさま」
あすな:「ちょ、ちょっと待って!」
席を立つ日比野を、あすなは慌てて呼び止めた。日比野はカウンターに千円札を2枚置きながら、
日比野:「どうした?」
と聞き返してくる。その声は相変わらず、低くてよく通る。
あすな:「…教えてよ…集団を一歩抜け出す方法を」
あすながそう言うと、日比野は何かを観察するように、ジロリと視線を向けた。
日比野:「…条件がある。やれるか?」
あすな:「な、なによそれ?」
日比野:「俺は、やれるか、と聞いているんだ」
日比野の視線はあすなに突き刺さったままだ。…こうなったらやるしかない。そう思ったあすなは思わず、
あすな:「いいわ、何だってやってやるわよ」
と言った。言った後、しまった、と思った…何か変なこと、されないかしら?
しかし、日比野は表情を変えず「よし」とだけ言って自動ドアについているボタンを押した。外の空気が店内に流れ込んでくる。
日比野:「それじゃ…この店の損益計算書を作れ。1週間待ってやる…」
あすな:「そ、損益計算書?」
日比野:「ああ、商学部の学生なら損益計算書くらい知っているだろう?」
あすな:「知ってるけど…それとこれと、どんな関係があるの?」
日比野はチラッとあすなを見て、捨て台詞を残して去っていった。
日比野:「お前、さっき『何だってやってやる』と言ったじゃないか…まぁ、頑張れよ」
あすな:「ちょ、ちょっと待って!」
あすなのその声は、容赦なく閉じられる自動ドアに阻まれ、日比野に届くことはなかった。
つづく
あすなが作成することになった「損益計算書」。この損益計算書から色々なことが読み取れます。以下のア~ウのうち、損益計算書を見ても「分からないもの」はどれでしょうか?
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