ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
株式会社 日立システムズ

Hitachi Systems HEART TO HEART 9年間の軌跡

J-WAVE(81.3FM)が2011年にスタートさせた被災地支援プロジェクト「HEART TO HEART」。日立システムズは、その趣旨に賛同し、同プロジェクトから始まったラジオ番組「Hitachi Systems HEART TO HEART」の提供を2013年8月から開始した。 「HEART TO HEART」プロジェクトは継続されるが、シーズン9まで続いた同番組は2022年3月、一旦終了となる。そこで、レイチェル・チャン氏をパーソナリティーに、番組開始時のナビゲーターを務めた千住明氏と、シーズン9のナビゲーターの北山陽一氏に、「Hitachi Systems HEART TO HEART」に参加した思い出や同番組の意義を語っていただいた。

PROFILE

  • SEASON 1 番組ナビゲーター 千住 明

    SEASON 1 番組ナビゲーター千住 明

    1960年東京生れ。東京藝術大学作曲科卒業。同大学院首席修了。修了作品は史上8人目の東京藝術大学買上、同大学美術館に永久保存。代表作にピアノ協奏曲「宿命」(ドラマ「砂の器」)、「四季」、「日本交響詩」、詩篇交響曲「源氏物語」、オペラ「万葉集」「滝の白糸」等。ミュージカル「白夜行」中国全国公開中。映画「黄泉がえり」「追憶」、ドラマ「ほんまもん」「風林火山」、NHK「日本 影像の20世紀」、Nスペ「平成史」「新・ドキュメント太平洋戦争」、NHK「ルーブル美術館」、TBS&ウィーン美術史美術館「Glorious Museum」、アニメ「機動戦士Vガンダム」「鋼の錬金術師FA」、ゲーム「Triangle Strategy」等、多数の音楽も担当。東京藝術大学特任教授。東京音楽大学特別招聘教授。
    (2022/03/02年3月現在) URL: http://www.akirasenju.com

  • SEASON 9 番組ナビゲーター 北山 陽一

    SEASON 9 番組ナビゲーター北山 陽一

    1974年2月24日生まれ 青森県八戸市出身 北山陽一、黒沢 薫、酒井雄二、村上てつや、安岡 優からなるヴォーカル・グループ、ゴスペラーズのメンバーとして1994年12月21日、シングル「Promise」でメジャーデビュー。 以降、「永遠(とわ)に」「ひとり」「星屑の街」「ミモザ」など、多数のヒット曲を送り出す。2019年12月21日にメジャーデビュー25周年を迎え、2021年3月10日には18年振りとなるアカペラのみで構成されたオリジナルアルバム「アカペラ2」をリリース。 個人としては一般社団法人Always With Smile(AWS)を立ち上げ、2011年から宮城県気仙沼市、女川町で定期的にアカペラ教室を開催するなど災害復興支援に取り組んでいる。

  • パーソナリティ レイチェル・チャン

    パーソナリティレイチェル・チャン

    横浜市出身。東洋英和女学院大学社会科学部卒業。幼少に過ごしたニューヨークで演劇・アートと出会い、学生時代はE.S.S.にてスピーチ、英語劇に没頭。フジテレビ系列のテレビ局にてニュースキャスターを経験後、渡英。ロンドンでは民放やNHKで通訳、リサーチ、ナレーションでメディア活動を展開。帰国後2007年よりJ-WAVE 81.3FMナビゲーターとして活動。現在は『J-WAVE SELECTION』(日曜22時~)の他、テレビ、CM、映画祭をはじめとしたイベントMCなどで活躍中。またBlue Note Tokyo他にて、東北復興支援チャリティライブ「Journey back Home」も開催。名誉利酒師酒匠、酒サムライとして、各地の蔵元を訪ねたり、田植えも体験するほどの大の日本酒好きで、東北とも縁が深い。

INTERVIEW

報道のメディアとしてではなく、
⼀⼈の聞き⼿として現地に赴く

レイチェル

Hitachi Systems HEART TO HEART・特別企画対談にお越しくださり、ありがとうございます。千住さん、北山さんどうぞよろしくお願いします。 東日本大震災が発生してから、もう10年以上になります。お二人もいろいろな思いを抱えて、HEART TO HEARTで活動されてきたと思います。 まず千住さんに伺いたいのですが、番組のナビゲーターのお話があった2013年当時は、どのような心境だったのでしょうか。

千住

番組がスタートしたのは、震災が発生してから2年後の2013年の3月でした。そのときには、未曾有の災害に直面し、僕たちに何ができるかをずっと考えていました。 震災後、音楽家の中には、東北に行って演奏してあげようという人たちがたくさんいました。でも僕は、二流、三流は行くなと言ったのです。超スーパースター以外は行ってはいけないと。というのも、音楽は暴力になるし、心を傷つけるものにもなるからです。非常に取り扱い注意なのに、「あなたたちのために歌います、楽器を弾いてあげます」なんて、とんでもないことだと言ったのです。 だから僕は、被災地に行く時ときは丸腰で、音楽家ということも捨て、アーティストでもなく、人間として行って話をしてもらおうというところからスタートしました。

レイチェル

そうやってHEART TO HEARTはシーズン9まで多様なナビゲーターの方々がバトンをつないで来られました。北山さんは2021年度のナビゲーターを務められました。担当された時は10年の節目でした。どんな思いで現地に入られたのでしょうか。

北山

10年たって、一つの節目ということで、多くの人々が震災について思い出したと思います。しかし、やはり年々興味が失われていっている印象があって。僕に出来ることが何かあるだろうか、とも思っていました。
10年。震災当時10歳だった子どもは20歳になっているわけです。時の流れを経て今だからこそ言いたいという思いや意見を出してもらい、それを中継し、広く知ってもらうきっかけになれたらという思いで関わらせてもらいました。

東北に対して何ができるかを考え、東京の⼈に伝えるのが番組の役割

レイチェル

お二人はさまざまなところに足を運び、いろいろな方々にお会いしたと思います。思い出に残っている出会いはありましたか。

千住

岩手県陸前高田市を訪問したとき、高田高校の合唱団の女生徒が、僕が作曲し、覚和歌子さんが作詞した『坂道のうた』を歌ってくれました。彼女たちは津波で校舎が全壊するような苦しい中でも音楽を続けていました。もちろん僕は、音楽家として貴重な時を一緒に過ごせたことは確かですが、だからといって、僕が何かをお手伝いするというよりは、ただ話を聞かせてくださいという気持ちでした。HEART TO HEARTでは毎回、心を無垢にして話を聞く機会がありました。

レイチェル

私も震災直後は、週末のボランティアで見てきた景色と東京の六本木の景色があまりに違うことや、その温度差を感じました。実際に被災地を見ていない方たちにどう伝えていくのか。お二人も悩みや苦労があったのではないでしょうか。

千住

取材の際に僕は、「この番組は東京で放送されます。だから東京の人たちに教えてください」と言っていました。報道番組じゃないのだけれど、見て感じたことを持って帰って話さなければいけません。毎回のゲストの方にも、この震災に対して、東北に対してどう向き合うのか、何ができるかを考えてほしいと伝えました。それが話をしてくれた人への僕たち義務だと思いました。

北山

この10年の間、震災をきっかけに新たな画期的な技術も生まれました。それらをお知らせする回は、僕自身もわくわくして元気よくやれました。逆に、10年たった今でも決して消えることのない胸の中にある悲しみを、わざわざ僕のために話してくださいと言わなければいけないわけです。だからこそ、千住さんがおっしゃったように、全身全霊で、自分の今まで培ってきた人間としての全てで向き合わなければならず、葛藤する場面が多くありました。番組に関わることで、僕自身、人間としても成長するきっかけをもらえたという思いがあります。

レイチェル

このHEART TO HEARTというプロジェクトは、意義があったと思いますか。

千住

もちろんです。僕は、震災が起きた翌日、コンサートの仕事で静岡県の浜松市に行きました。帰りに富士山を見たとき、絶対に日本という国を潰してはいけない、なくしてはいけないと思いました。その思いを東北に行った時にもちゃんと伝えなければいけないし、僕がやるのであれば、決して同情だけではなく、自分たちのこととして話を聞かなければいけないし、一緒に引き受けなければいけない。 この10年間はみんなでそれを背負ってやってきました。この番組が終わっても、僕たちは伝えていかなければなりません。あの時に話してくれたことは、あの方たちにとっては永遠のものですから。

企業が復興⽀援活動や社会貢献に
取り組む意義

千住

国はもちろん、国民の命を守るための支援を行うわけですが、企業にはそれとは異なる面から復興支援に取り組んでほしいと期待します。そこで日立システムズは、まさにHEART TO HEARTという名のとおり、心を温めてくれる活動に取り組まれ、この番組も9年もの間、サポートしてくれました。番組自体はいったんの区切りを迎えましたが、僕たちがまいた種がこれから芽を出し、花が咲くと思います。

レイチェル

私も何度か、このプロジェクトを通じて日立システムズの皆さんとご一緒することがありました。会社対会社ではなく、人と人が一緒につながって動いていることを感じさせてくれる方々ばかりで印象深かったです。

北山

日立システムズのように大きな組織だからこそできることがあると感じています。それは、世の中を変えたい、伝えたいと思う人に、場を提供し続けることだと思います。9年の長きに渡ってこの場を保持してくださったことにはとても感謝していますし、生まれた流れは続いていくと信じています。

僕自身痛感しているのですが、関わるのをやめると、その時点で関わった相手の情報が止まってしまう。それは辛いんですよね。その人たちが新しい希望と向き合い始めたり、新たな出会いによって回復したりということと触れ合うには、関わり続けなければいけない。皆さんひとりひとりの中でHEART TO HEARTが続いていって、いつかまたご一緒できたら良いなあと願っています。

HEART TO HEARTで得た、たくさんの
思いを次世代につないでいく

レイチェル

最後にお二人から、メッセージをリスナーや読者の皆さんにプレゼントするとしたら、どんなことを伝えたいでしょうか。

北山

この記事を読んでくださっている方は、何らかの理由でこのテーマに興味をもってくれた人たちだと思うのです。そういう人たちがもっと増えればいいなとは思いますが、全員はそうはならないでしょう。僕はそれでいい、みんな役割が違っているんだと思っています。僕たちはそこに興味を持って、どうしたらいいんだろうと考えて悩む役割なのだと。その上で、一人一人が持っているものをみんなでシェアすればいい。興味を持ってくれた皆さんと、仲間として一緒に実現していけたらいいなと思います。

千住

本当に、今の時代に生きていることが幸せなことだと思いたいですね。このような体験がないと、自分にとって大切なものがわからなかったと思います。そういう貴重なものをもう一回見つめ直し、震災も自然災害も新型コロナウイルス感染症も、これらを忘れないように、次の世代の人たちにつないでいくことがHEART TO HEARTの意義だと思います。貴重な時間を一緒に過ごし、後悔しない人生を皆さんに送ってもらいたいと思います。

レイチェル

お二人からとても温かいメッセージをいただきました。いろいろな角度からHEART TO HEARTを振り返りながら、私自身もさまざまな思いが蘇ってきました。お二人が取材されてきた、たくさんの貴重な声を大切にし、その思いを抱えた上で今日は対談してくださったと思います。どうもありがとうございました。

Hitachi Systems HEART TO HEART 9年間の軌跡

日立システムズは、システムのコンサルティングから構築、導入、運用、そして保守まで、ITライフサイクルの全領域をカバーした真のワンストップサービスを提供します。