ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

東京医科歯科大学×日立システムズ
医療DXの実現に向けて、クラウドにおける医療データ利活用の共同研究を実施

集合写真

東京医科歯科大学と日立システムズは、医療分野のデジタルトランスフォーメーション=医療DXの実現に向けた共同研究を行いました。
この研究は、アマゾン ウェブ サービス(AWS)*を利用した医薬・ヘルスケアプラットフォーム上に構築したデータ変換・分析基盤で、がん患者の電子カルテデータを分析、保管、利活用することの有効性を検証するというものです。
本研究は、諸外国に比べて医療データの横断的な利活用が遅れている日本において、医療データ利活用の先駆的事例として大きな注目を集めています。本プロジェクトを主導したキーパーソンに本研究の意義・成果と、医療データの利活用の可能性について聞きました。

*アマゾン ウェブ サービス(AWS):Amazon Web Services, Inc.が提供するクラウドサービスの総称。スタートアップ企業、大企業、政府機関など全世界に数多くのユーザーを持つ。

医療データの利活用に取り組む東京医科歯科大学

──東京医科歯科大学は、M&Dデータ科学センターを中心に、医療データの利活用を推進されています。具体的にどのような取り組みをされていますか?

東京医科歯科大学 宮野氏: 東京医科歯科大学は、2020年から「医療ビッグデータによるトータル・ヘルスケア イノベーション創出の基盤構築プロジェクト」を始めました。これは、患者様の貴重な診療情報を将来にわたって保管しておき、現時点では研究内容が特定されていない広範囲の医歯学研究に使用できるようにする取り組みです。新しい診断法や治療法開発のために、貴重な医療データを柔軟に活用することが可能になります。 もちろん、患者様の情報は匿名化され、厳正な審査をクリアした研究計画に対してのみデータが提供されます。2023年8月時点で10,000名近い患者様からデータ提供のご同意をいただいており、本学としては前例のない規模の同意件数となっています。 このような取り組みを通じて、医療データ利活用の社会実装をめざすのが、私がセンター長を務めるM&Dデータ科学センターです。本学には大学病院のほかに、疾患バイオリソースセンター、難病治療クラスターなどがあり、医科と歯科の臨床に関わる膨大なデータがあります。これらのデータを社会に還元して、医療の発展に貢献するための人材育成と研究を担っています。

東京医科歯科大学 宮野氏

国立大学法人 東京医科歯科大学
M&Dデータ科学センター長
特任教授 理学博士
宮野 悟 氏

日本における医療データ利活用の課題とは?

──諸外国に比べて、日本は医療データの利活用が遅れていると言われています。日本の医療データ利活用にはどのような課題がありますか。

東京医科歯科大学 池田氏: 1つには、医療データの管理方法・管理体制の課題があると思います。 多くの医療機関がいまだに紙書類で情報を管理しています。患者様を診療する際、それまでどのような診療を受けてきたかを別の病院に照会することがありますが、情報提供の依頼方法が書面で、やっと提供される情報も書面というケースがあり、非常に時間がかかっています。 電子カルテが導入されている場合でも、その情報は施設内のオンプレミスサーバーで管理され、インターネットから隔離された状態にあることが多く、他施設とのスムーズな共有は困難です。アメリカのある電子カルテシステムは、クラウドベースで開発されており、患者様の同意が得られれば、ほかの病院であってもすぐに診療履歴を参照することができます。日本の医療データの管理方法・管理体制には、大きな改善の余地があると考えています。

東京医科歯科大学 池田氏

国立大学法人 東京医科歯科大学
東京医科歯科大学病院
がん先端治療部
准教授 池田 貞勝 氏

日立システムズ 長谷: 医療データを利活用するためには、データをデジタルで保管し、なおかつ、それを閉じた形ではなく、他と連携・共有が可能な形で管理する必要があります。しかし、そこには2つの課題があります。 1つがセキュリティの課題です。医療データは健康に関する極めて機微な情報です。それらを安全に保管し、活用するためには、データの暗号化やアクセス制限などシステム面の整備が必要です。また、組織として情報セキュリティポリシーを定め、一人ひとりがそれを遵守するよう、情報セキュリティの教育体制も必要になってきます。 もう1つが法令やガイドライン対応の課題です。医療データは個人情報ですので、個人情報保護法に対応した取り扱いが必要です。また、医療データを取り扱うシステムを構築・運用する場合には、いわゆる3省2ガイドライン※に準拠する必要があります。 多くの医療機関が、これらの課題に対応するための技術力や人員の不足に悩んでおり、医療データの利活用を阻む原因になっています。

※3省2ガイドライン:厚生労働省、総務省、経済産業省の3省が定めた2つのガイドライン「医療情報システム安全管理関連ガイドライン」「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理第五ライン」。医療情報システムの構築・運用を行う医療機関等や、医療機関等から医療情報を受託管理する事業者・団体向けに医療情報の安全管理策を示している。

日立システムズ 長谷

株式会社日立システムズ
産業・流通事業グループ 副グループ長 執行役員
長谷 正嗣

クラウド基盤に医療データ利活用のプラットフォームを構築

──今回、東京医科歯科大学は日立システムズと共同研究を行いました。研究のきっかけはどのようなものでしたか。

池田氏: 宮野先生がおっしゃられたように、本学は保有する膨大な医療データを社会に還元し、医療の発展に貢献することをめざしています。そこで、医療データを必要な時にスムーズに連携・共有できるよう、将来的にはデータをクラウドで管理することが必要だと考えていました。 しかし、医療データを取り扱うシステムには厳重なセキュリティ対策や法令への対応が求められます。これらの要件をクリアしながら、なおかつ、クラウドで医療データを管理することは、我々にとって技術的ハードルの高い取り組みでした。 どうしたものかと思案している時に、日立システムズと医療データの利活用について意見交換をする機会がありました。日立システムズは会社として医療DXに力を入れておられますし、クラウドについても深い知見をお持ちです。何か一緒に取り組みができないでしょうかという話から、今回の共同研究がスタートしました。

──今回実施した共同研究について、詳しく教えてください。

日立システムズ 田平: 東京医科歯科大学病院のがん患者様の電子カルテデータの連携・利活用に関する共同研究を行いました。具体的には、AWSを利用した医薬・ヘルスケアプラットフォーム上で、がん患者様の電子カルテデータをHL7 FHIR形式に変換し、分析、保管、利活用することの有用性を検証しました。HL7 FHIRは、医療情報の交換・共有のための標準規格として、厚生労働省も2022年3月に採択しています。

共同研究で構築したシステム概要図

今回構築したシステムには大きく3つの機能があります。

1:データ変換機能は、システムにアップロードされたがん患者様の電子カルテデータをHL7 FHIR形式に変換するものです。 SDM形式からHL7FHIR形式への変換、コード体系の変換をデータパイプライン処理により自動化し、データ生成にかかる時間を ニアリアルタイムといっていい数十分程度に抑えています。

2:可視化機能は、生成されたHL7FHIR形式のデータを、実際の診療に活用できるようWebブラウザ上で視覚的に表現するものです。 カプランマイヤー生存曲線を使って、治療法や薬剤の違い、リンパ節転移の有無など、複数の条件によってがん患者様の生存期間が どのように変わったかを可視化することができます。

3:セキュリティ機能は、患者様のデータをセキュアに保つための機能です。システムには多要素認証によるアクセス制限、 ゼロトラスト、WAF(Web Application Firewall)などのセキュリティ対策を施しており、サイバー攻撃をはじめとする脅威から データを保護しています。

日立システムズ 田平

株式会社日立システムズ
産業・流通情報サービス第一事業部
デジタル・ライフサイエンスサービス本部
法規制対応インフラサービス部 部長
田平 正行

AWSのマネージドサービス*を組み合わせスピーディーにシステムを構築
3省2ガイドラインにも準拠

*マネージドサービス:クラウドサービスなどにおいて、サービスの利用に必要なソフトウェアのセットアップや運用、スケールなどの作業を、利用者に代わって提供者側が行う(もしくは、利用者が簡単に行えるよう作業を簡易化した)サービスのこと。

──共同研究で構築したシステムに関して、技術面・仕様面でどのような点にこだわりましたか?

日立システムズ 田平: サーバーレス*であることにこだわりました。プロジェクト期間が6カ月と短いこともあり、基本的にはAWSが 提供するマネージドサービスでシステムを構築し、マネージドサービスで補いきれない部分を個別開発することにしました。 例えば、カプランマイヤー生存曲線による治療効果の理解はがん診療においてなくてはならないものですが、 AWSにはこれを描画する機能がありませんでした。そこで、私たちの技術者がWebアプリケーションを開発し、 カプランマイヤー生存曲線をWebブラウザで閲覧できるようにしました。必要に応じてこのような開発を行っています。 こだわりのもう1つは、医療情報システムに求められる法律やガイドラインにしっかり準拠したことです。 3省2ガイドラインは、技術的な要求事項だけでも200近い項目があります。要求事項の1つ1つを理解し、 それらをクリアするためにAWSのマネージドサービスをどう使うか、どう組み合わせるかについて知恵を絞りました。 日立システムズは、これまで数多くの医療情報システムをAWSで構築してきた実績があります。もしこのノウハウがなく、 ゼロベースで3省2ガイドラインへの対応方法を検討していれば、とても6カ月間でプロジェクトを完遂することは できなかったと思います。今回のシステム構築には、私たちがこれまでに積み上げてきたAWSのノウハウがふんだんに 生かされています。

*サーバーレス:クラウドサービスなどを利用することで、サーバーの構築や保守など、サーバー管理業務を行う必要なく、プログラム開発やシステム構築が行える仕組みのこと。

各種法令や厳しい学内審査をクリアし、東京医科歯科大学として初の「医療データのクラウド管理」を実現

──今回の共同研究ではどのような成果が得られましたか。

池田氏: 最大の成果は、医療データのHL7 FHIR形式への変換からデータ分析まで、すべてクラウド上で行えることを実証できたことです。東京医科歯科大学として、医療データの保管・分析などの用途にクラウドを利用することは今回が初となります。さらに、その実証の過程で、セキュリティ対策や法令への対応、さらに、患者様への同意取得や、本学内の厳しい審査など、さまざまな条件をすべてクリアできたことに大きな意義があると考えています。 研究内容につき本学内の審査では、倫理審査委員会や医療情報利活用委員会、統合情報機構という機関で、医学、法律、ITなど10数名近い専門家による多方面からの審査、評価を行いました。実験的な取り組みとはいえ正式な手順を踏んだことで、医療データの利活用に向けた課題を洗い出すことができたことは収穫でした。 もう1つの成果は、実際の診療に役立つ発見が得られたことです。今回の共同研究は約200人という限られたがん患者様のデータであるため、医学的に有意な発見は難しいだろうと考えていました。ところが、カプランマイヤー生存曲線によるデータ分析からは、頭頸部扁平上皮がんの治療成績は、男性と女性の間で違うという予想外の発見がありました。また、珍しいタイプのがんを希少がんと言いますが、希少がん患者様のデータもカプランマイヤー生存曲線で可視化することができました。診療に役立つ有意な発見が得られたことも今回の成果と言えます。

グラフ

「カプランマイヤー生存曲線」を描画するWebアプリケーションからは、“頭頸部扁平上皮癌の治療成績は、男性と女性の間で違う”などの、予想外の発見が得られました。

「共同研究は、日本の医療データ利活用の未来作りに、歴史的な貢献を果たしたと思います」

──共同研究パートナーである日立システムズについては、どのような印象を持ちましたか。

宮野氏: ITサービスベンダーでありながら、ヘルスケア領域に関する的確で豊富な知識を持っておられることに大変驚きました。専門家レベルの知識もしっかりご理解されたうえでお話ができるので、コミュニケーションは非常にスムーズでした。医療業界の慣行や常識、そういったものをしっかり踏まえて対応してくださるので、研究は非常にやりやすかったです。

池田氏: 法律やクラウドなど、各分野にとても精通した方がおられることが印象的でした。法令に関する最新情報もご存じで、逆に私たちが学ばせてもらうことも多々ありました。 共同研究の中ではさまざまな課題が出てきましたが、どんな課題に対しても「できない」ではなく、「どうすればできるか」という姿勢で取り組んでくださったのが印象に残っています。先ほどのカプランマイヤー生存曲線のケースでも、AWSのマネージドサービスではできないと判明してから、すぐに別の手段を考えて実現してくれました。課題に取り組む姿勢、それを解決する技術力には感心させられました。

──今回の共同研究は、今後の医療データ利活用にどのような影響をもたらすとお考えですか。

池田氏: 医療DXの機運が高まる中で、今後多くの医療機関が、医療データ利活用の取り組みを始めていくものと思います。その際に、既存データをどうHL7 FHIR形式に変換するか、安全にクラウドを使うにはどうしたらよいか、患者様への同意はどのように取りつけるべきかなど、技術的、倫理的な課題にぶつかると思います。そのような時に、今回の共同研究がさまざまな課題を乗り越えた先行事例として存在することは、医療データ利活用を推進するうえで大きな意味があると思います。


宮野氏: 少し大げさな例えかもしれませんが、今回の共同研究はリンドバーグの大西洋無着陸飛行と同じ意味を持つものと思います。リンドバーグの大西洋横断は、現在の航空ビジネスのProof of Conceptになりました。今回の共同研究は、後から振り返った時に、「日本の医療データ利活用はここから本格的に始まった」と評価されるポイントになるのではないかと思います。未来作りにおいて歴史的貢献をしていただいたと考えています。

日本の医療DXを加速させるため、「医薬・ヘルスケアのバリューチェーン」構想の実現をめざす

──日立システムズとして、今回の共同研究の成果をどのように評価していますか。

日立システムズ 長谷: 日立システムズは数年前から、「医薬・ヘルスケアのバリューチェーン」構想を掲げてきました。これは、製薬会社、医薬品卸売会社、医療機関がそれぞれ個別に管理している医療データを連携させることにより、医薬品のスピーディーな開発や、医療品質やQoL(Quality of Life)の向上をめざす構想です。

日立システムズの目指す「医薬・ヘルスケアのバリューチェーン」

今回の共同研究は、東京医科歯科大学の医療データをクラウドのデータ分析基盤に集約し、東京医科歯科大学の内部だけで利用するものでしたが、今後、集約されるデータが数万件、数百万件へと増え、そこに医療機関や自治体などさまざまなパートナーが加わっていけば、私たちのめざす「医薬・ヘルスケアのバリューチェーン」構想につながっていくものと思います。 今回の共同研究によって、この構想の一部分は着実に実現ができたと考えています。今後も、この構想の実現に向けて、東京医科歯科大学と引き続き研究を続けていきたいと考えています。


宮野氏: 「医薬・ヘルスケアのバリューチェーン」構想には、私も大変期待をしています。この構想が実現すれば、例えば、街のクリニックなどで患者様を診療する際、同じ病気・同じ属性を持つ患者様のデータを参照して、より正確な診療がスピーディーに行えるようになるかもしれません。あるいは、現在の希少がん研究では、20年かけてようやく10程度の症例が集まる、といったことも珍しくありません。しかし、ビッグデータ基盤があれば、より多くの症例をより短期間で集めることができ、画期的な治療法や治療薬の発見につながるかもしれません。 そのような未来の実現に向けて、日立システムズにはぜひこの構想を推し進めていってほしいと願っています。

日立システムズは、システムのコンサルティングから構築、導入、運用、そして保守まで、ITライフサイクルの全領域をカバーした真のワンストップサービスを提供します。