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クイズ

第12回 黒田官兵衛編

黒田家の家紋にはあるモチーフが取り入れられています。それはどれでしょう?

1:竹

2:雀

3:藤

  • 【答え】3:藤

    【解説】
    黒田官兵衛は、織田信長に反旗を挙げた荒木村重を説得しようと伊丹に赴きますが、囚われて幽閉されてしまいます。陽も差さず、背後には溜池があり、ジメジメとした洞穴のような土牢に1年以上閉じ込められたそう。近くに咲いていた藤の花が心の支えだったことから、藤の花を家紋に用いるようになったんだとか。
    …そんな黒田官兵衛の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第11回 豊臣秀吉編

豊臣秀吉は、織田信長に仕えていた頃「羽柴秀吉」と名乗り、工夫を凝らした戦法で成果を挙げていました。そんな秀吉が清水宗治との「備中高松城の戦い」でとった戦法は、どれでしょう?

1:水攻め

2:奇襲

3:兵糧攻め

  • 【答え】1:水攻め

    【解説】
    そのコミュニケーション能力を生かし、多くの大名を仲間に引き入れ、勢力を強めた豊臣秀吉。しかし敵対する相手には容赦なしに攻撃し、「備中高松城の戦い」ではなんと12日で水攻めのための堤防を築き上げました。
    …そんな豊臣秀吉の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第10回 武田信玄編

「甲斐の虎」と呼ばれ、織田信長を脅かす存在だったという武田信玄。戦に備え、とある書物を熱心に読み込んでいたんだとか。その書物とは、一体どれでしょう?

1:孫子

2:古事記

3:三国志

  • 【答え】1:孫子

    【解説】
    「孫子」は古代中国の兵法書であり、かの有名な軍旗「風林火山」のモチーフとなった書物。武田信玄はこの「風林火山」をいたく気に入り、自身の戦でも「戦わずして勝つ」をモットーに、周囲へ恐怖心を抱かせる心理戦を実行していました。
    …そんな武田信玄の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第9回 徳川家康編

徳川家康は、享年75歳と戦国武将の中でも長生きでした。徳川家康のとある趣味が、健康に関係していたと言われています。その趣味とは、どれでしょう?

1:念仏を唱える

2:茶の湯

3:鷹狩り

  • 【答え】3:鷹狩り

    【解説】
    70代になっても鷹狩りに出かけていたという徳川家康。普段は粗食を好みながらも、時折、肉食を楽しんでいました。ほかにも薬学を学び、薬草を栽培して自ら薬剤を調合していたりと、健康にはかなり気をつかっていたようです。
    …そんな徳川家康の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第8回 浅井長政編

浅井長政は、お市の方と結婚する際、織田信長から「長」の字を受け取り、改名しました。では、改名前の名前はどれでしょう?

1:賢政(かたまさ)

2:吉政(よしまさ)

3:秀政(ひでまさ)

  • 【答え】1:賢政(かたまさ)

    【解説】
    浅井長政(賢政)は、父親である浅井久政の策略により、六角義賢から「賢」の字を譲り受けて賢政と名付けられたり、六角氏の家臣の娘と結婚させられたりと、翻弄された人生を送っていました。しかし、自身が家督を継ぐと離縁し、「長政」に改名。織田信長との交流が始まったのです。
    …そんな浅井長政の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第7回 前田利家編

前田利家は若かりし頃、長身に派手な着物を身に着け、長槍を持ち歩くなど、いわゆる「カブキ者」で目立つ存在でした。そんな前田利家の甲冑の特長とは?

1:全身朱色

2:全身金箔押

3:鹿の角がついている

  • 【答え】2:全身金箔押

    【解説】
    前田利家の全身金箔押の甲冑は、「金小札白糸素懸威胴丸具足」といい、末森城入城の際に着用されていたと言い伝えられています。日本で最古に記録されている金箔製造のうちのひとつは、文禄2年(1593年)に前田利家の命を受け、のちに日本一の金箔生産地となる加賀で作られたもの。文化や芸術を好む前田利家が関わっていたからこそ実現できたのかもしれませんね。
    …そんな前田利家の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第6回 丹羽長秀編

信長の重臣だった丹羽長秀は、その優秀さからあるものに例えられました。あるものとは一体何でしょうか?

1:水

2:空気

3:米

  • 【答え】3:米

    【解説】
    これは、上洛の頃に流行った小唄「木綿羽柴に、米五郎左、掛かれ柴田に退き佐久間」に基づくもの。丹羽長秀は「どんな人間にとっても、お米のように必要不可欠な存在である」ということを意味しています。
    …そんな丹羽長秀の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第5回 柴田勝家編

柴田勝家は戦中に水が尽きそうになった際、とある行動で家来を奮起させたと言われています。その行動とは、どれでしょう?

1:自分は水を飲まず、家来に分け与えた

2:水瓶を割って窮地に追い込んだ

3:全員で水を分け、鼓舞した

  • 【答え】2:水瓶を割って窮地に追い込んだ

    【解説】
    柴田勝家はその愚直すぎる性格から、最後の水瓶を割ることで家来を奮起させようとしました。結果としては勝利を収めましたが、このエピソードから“瓶割り柴田”という呼び名が付いたそうです。
    …そんな柴田勝家の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第4回 織田信長編

カリスマ的存在であった織田信長ですが、食に関していくつか好みがあったそう。以下のなかで特に好んでいたのは、どれでしょう?

1:甘いもの

2:辛いもの

3:酸っぱいもの

  • 【答え】1:甘いもの

    【解説】
    誰もが恐れるようなイメージが強い織田信長ですが、海外の宣教師たちによって持ち込まれたこんぺいとうをいたく気に入ったという逸話があります。実はスイーツ男子の先駆けだったのかもしれませんね。
    …そんな織田信長の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第3回 斎藤道三編

斎藤道三は、自らデザインした家紋を使っていました。家紋に描かれていたのは、次のうち、どれでしょう?

1:蝮(マムシ)

2:銭

3:波

  • 【答え】3:波

    【解説】
    その権謀術数から“マムシ”という異名を持っていた斎藤道三ですが、もともと斎藤家の家紋は撫子を用いた繊細な花のデザインでした。ただし道三はこれをあまり使用せず、自身がデザインした「二頭波紋」の家紋を使用。柔軟に形を変えて何にでも対応できたり、その力強さから相手を打ち砕くイメージがあったりすることから、波のデザインにしたと言われています。
    …そんな斎藤道三の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第2回 足利義昭編

足利義昭は、その暮らしぶりからとある呼び名が付いていたと言われています。その呼び名とは?

1:鮭様

2:貧乏公方

3:きんかん頭

  • 【答え】2:貧乏公方

    【解説】
    なにかと各地を流浪する状況に追い込まれることが多かった足利義昭。例えば、兄・義輝の死後には幕臣に守られつつ流浪していたり、信長に追放されたあとは諸国を流浪したり…と、各地の諸大名を頼っていたことから、「貧乏公方」というあだ名が付いていたそう。
    …そんな足利義昭の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

第1回 明智光秀編

明智光秀は織田信長に仕えていた時、当時の織田家にはなかったあるものを作りました。その、あるものとは?

1:軍法

2:製鉄方法の指南書

3:海戦のための兵法書

  • 【答え】1:軍法

    【解説】
    当時の織田家には、軍の管理・統制を目的としたルールが存在せず、光秀がそれらを定めたとされています。軍法には軍団の規律や軍役の基準が記されており、その数なんと全18条。ただ制定の1年後、軍法を定めた光秀自身が、本能寺で信長を討つことになるのでした。
    …そんな明智光秀の生涯を、ぜひコラムで、お楽しみください。

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