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戦国武将から学ぶ教訓

【第12回】天下を導く三英傑の軍師・黒田官兵衛

三英傑といえば、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人の天下人のこと。その三英傑に軍師として仕え、輝かしい功績を挙げたのが黒田官兵衛です。その生涯と人物像について解説します。

黒田官兵衛の生涯

三英傑のなかでも豊臣秀吉に仕え、竹中半兵衛と並び称される戦国きっての名軍師・黒田官兵衛。戦国の英雄を天下へと導いたその人生に迫ります。

黒田官兵衛は、播磨国の小寺家に仕える黒田家に生まれます。若き日の官兵衛は連歌や和歌を好む風流人であったと言われていますが、初陣を経て戦の道に進むこととなりました。
官兵衛の人生が動き始めるのは、中国地方の平定を目論む織田信長の軍が播磨国に侵攻してきてから。官兵衛は織田信長が天下を治めることを読み、主君である小寺家に対し、織田信長に臣従することを進言。以降は中国平定を任された豊臣秀吉と行動をともにし、戦果を上げていきます。1578年には織田家を裏切った荒木村重に幽閉され、窮地に立たされますが、無事帰還。その後は秀吉とのつながりをさらに深め、軍師として活躍します。三木城や鳥取城の兵糧攻め、高松城の水攻めなど、秀吉の有名な攻城戦の影には官兵衛の知略がありました。本能寺の変後の中国大返しや三法師の擁立にも関わったと言われています。そして、中国九州の平定、小田原征討など秀吉の天下平定と道をともにし、ついに豊前国の大名となります。
秀吉の死後は徳川家康に接近。関ヶ原の合戦で最後の英傑の道を支えきり、1604年、59歳で生涯を終えます。

エピソードで見る黒田官兵衛の人物像

三英傑に仕え、その軍略を大いに奮った黒田官兵衛。英傑の陰に隠れてはいるものの、天下統一に欠かせない存在です。まさに、リーダーを陰から支える頭脳明晰な参謀といえます。その優秀な頭脳に焦点が当たりますが、なかでも「危機察知能力」の高さにも注目したいところ。
官兵衛は荒木村重の謀反の際、幽閉されますが、その裏には当時の主君であった小寺家の陰謀がありました。秀吉に気に入られた官兵衛は、小寺家を飛ばしてさまざまな任に当たっており、それが気に食わなかったのでしょう。帰還はしたものの、終生残る障害を負うことになります。これ以降、官兵衛は主君の気持ちに敏感になっていくのです。秀吉・家康ともに天下を治めた後は、官兵衛の力を恐れ、遠ざけようとします。その気持ちを感じ取った官兵衛は、潔く身を引き、忠誠を行動で示すことで黒田家を守り抜いていくのです。
また、自身の死後を案じ、息子の評価を上げるため、晩年はわざと部下に嫌われるように振る舞うなど、思慮深く、先を見据える眼を持っていたようです。

黒田官兵衛の成功と失敗から学ぶ教訓

三英傑を導き、彼らに恐れられるほどの軍略がありながら、終生ブレーンであり続けた黒田官兵衛。その人生から学ぶべき教訓とは、どのようなものでしょうか?

リスク覚悟の行動力が、リーダーとブレーンの差

戦略、洞察力、人材運用などさまざまな能力を持ち活躍してきた黒田官兵衛ですが、その能力の高さゆえに天下を取ることができなかったのではないかとも思います。先を見据えた眼を持っているからこそ、無理をせず家を残すための労力に尽くした官兵衛ですが、もしもリスクを冒して動いていたなら、歴史は変わっていたかもしれません。リスクを理解せずに動くことは無謀ですが、ときにはそのリスクを覚悟して動くことが、成功の秘訣となることもあります。
高みをめざすのであれば、官兵衛の謙虚さから学び、一歩踏み出す勇気が必要かもしれません。

株式会社ライトアップ監修

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