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戦国武将に学ぶBizスタイル

戦国武将の知恵や創意工夫、意外なエピソードなどをご紹介!

第4回 『美濃のマムシ』一国一城の主への野望 ~斎藤道三~

斎藤道三

日本史における戦国時代の始まりは、北条早雲が伊豆一国を襲い、尼子経久(あまごつねひさ)が出雲で戦国大名に名乗りをあげた、1490年代初頭といわれる。まさにそのころ、乱世のにおいをかぎつけたように現れたのが、のちに「梟雄 (きょうゆう)」と恐れられ、「美濃のマムシ」とよばれた斎藤道三である。

人は生まれる時代を選ぶことはできない。しかし、この男の場合、まるで自分の意思で戦乱の世を選んだかのように母胎を離れ、下剋上の空気を存分に吸いながら「一国一城の主」にのし上がった。

幼名は峰丸。11歳で僧籍に入り、20歳で還俗した。油売り商人に身を変え、美濃に来住(らいじゅう)したのが28歳ころである。得意の弁舌で美濃土岐(とき)家に取り入り、以来、さまざまな謀殺、追放をもって主人を乗り換え、あるいは主家を乗っ取り、1542年(天文11年)、ついに美濃一国を手に入れる。美濃に姿を現わしてからほぼ20年後のことだ。

蛇の脱皮のように僧から商人に、さらに武士に変身し、そのたびに名を変え、毒牙を磨き、国を盗ったのである。その悪逆非道ぶりは、親さえ襲う不孝鳥ともいわれる梟(ふくろう)に例えられ、それが「梟雄(きょうゆう)・道三」と呼ばれるゆえんとなった。しかし下剋上の世、戦国武士道とはそういうものだ。道三を突き動かしていたものは「一国一城の主」への野望である。それは、中世の封建秩序や古い価値観との闘いでもあった。

僧、商人時代のあらゆる経験を総動員した道三の采配ぶりは、時代の先を行く革新的なものであった。油売りの経験は楽市楽座(*1)に活かし、僧籍の10年間に学んだ兵法からは、長槍(*2)戦法を編み出した。織田信長は義父でもある道三からそうした知恵の多くを吸収し、完成させることで近世の扉を開ける鍵とした。道三は信長の将才を見ぬいていた。そして、信長に新しい時代を予感したのだろう。子・義龍(よしたつ)との戦いの前日「美濃はすべて織田信長に譲る」と遺言状に記し、1556年(弘治2年)に63年の生涯を閉じた。

国盗りの20年間を全力で駆け抜けた道三。遺言状に、来し方への悔悟(かいご)の言葉は無い。辞世には不思議な明るさがただよう。

捨ててだに この世のほかは なきものを
いづくか終(つい)の 住み家なりけん

(命を捨ててしまえばこの世のほかに来世もないであろうに、
いったいどこに終のすみかがあるのだろうか、そのようなものはない。)

「俺はこの世で思う存分に生きた。おもしろい一生だった。」そんな、道三のつぶやきが聞こえる。

恐れることなく常に新地を開拓し、そこで得た知識と経験をフル活用してきた道三。今のBizスタイルにおいても通用する生き方ではないだろうか。

*1
楽市楽座:場所代などの税を免除し、自由に露店商売ができるようにした商業振興策。
*2
長槍:柄の長さが三間半(6.3メートル)の槍。普通は一間あまり(2メートル)の短槍で戦うが、槍衾(やりぶすま)で正面を突く戦いに有利。

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