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株式会社 日立システムズ

第13回 架純、老舗包丁店を訪問

JR中央線沿線に、ちょっと風変わりなシェアハウスが出来上がった。日比野京一率いるビジネス・キューピッドがプロデュースした学生向けのシェアハウス「アンジュ」には、あすなの後輩の架純をはじめ、4名の大学生が入居している。
普通のシェアハウスとちょっと違うのは、居住スペースに続く玄関の扉の隣に、もう一つ入口があることだ。そこには「かすみタイムズ編集部」という看板が架かっている。タウン紙「かすみタイムズ」には、入居している学生をはじめとしたメンバーが近隣の商店や企業を取材した記事が掲載され、大手日刊紙に織り込まれる形で数万部配られている。その広告料収入をシェアハウスの運営に充て、経済的に苦しい学生が安価に入居できるようにしているのだった。
というわけで、今回の話の主役はこの「かすみタイムズ」の編集長である架純だ。

架純が出会った悩める老経営者

その日も、架純は大学の授業を終えて、街なかの商店街を取材していた。もともと文章を書くことが好きな架純だったが、こうやって情報を取りに行く作業も、やってみるととても楽しいと感じている。
「先輩、今日はどのお店に行くんですか?」
そう訪ねてきたのは、写真撮影係の榎田君である。「アンジュ」は男子禁制ゆえ榎田君はアンジュの住人ではないのだが、カメラ好きで新聞づくりに興味があるといってボランティアで参加してくれている。
「今日は、刃物屋さんよ。皆が知っている話題のお店じゃなくて、毎日通りがかっているのに入ったことのないようなお店を取材してみたかったの」
「あー、なんていうお店でしたっけ?」
「下村商店よ…看板は架かってないし、私も電話帳で調べて初めて名前を知ったくらい」
そうこうしているうちに、2人はお店にたどり着いた。

薄暗い店内には、ガラスのショーケースにいろいろな形や大きさの刃物が並んでいた。
「うわぁ…いろいろありますねぇ」
榎田君はそう言いながら、シャッターを何度も切った。
「ちょっと!挨拶もしてないのにいきなり撮っちゃダメ!」
架純が慌てて制しようとしたとき、店の奥から年老いた男が現れた。
「あー、良いんですよ。好きなだけ撮影してくださいよ」
ニコニコと笑いながら出てきたその男が、きっと店の主人だろう。架純は名刺を出して挨拶をした。
「かすみタイムズの吉野架純と申します」
「ほー、こんな若い人が編集長とは、すごいねぇ」
主人はそう言って、「下村金治と申します」と名乗った。そしていよいよ、架純による取材が始まった。

「包丁ってこんなに種類があるんですね…知りませんでした」
「そうだねぇ、普通のご家庭なら一つ万能包丁を持っているだけってこともあるし、ましてや若い子たちはあまり包丁の違いを知らないかもしれないねぇ。この辺にずらっと並んでいるのはどれも肉を切るときに使うんだけど…これは牛刀というんだけど野菜を切ったりもできるし、持っている人は多いね。このちょっと長いものはスライサーと言って薄切りをするときのものだよ…」
下村さんは終始にこやかな表情を崩さず、いろいろなことを話してくれた。
そんな取材の雰囲気が突如変わったのは、一とおり商品の話を聞き、榎田君も写真をたくさん撮ることができたころだった。

話は、店の歴史に移っていた。下村商店は昭和30年にこの場所で開業し、金治が2代目だという。
「今は妻も亡くして、息子と2人でやっていますので、細々としたもんですよ」
そう言って下村さんは、少しだけ寂しそうな表情を見せた。架純はその変化を素早く感じ取って、
「でも素敵ですね…親子で一緒にお仕事なんて、なかなかできないと思いますし」
と言葉を添えると、
「うん…でもね、もうだめかもしれん」
下村さんは、ぽつりと、そういった。

架純たちは「下村商店」を救えるか?

「だめ、ってどういうことですか?」
架純が尋ねると、下村さんはゆっくり答えた。
「お嬢さんも、そこのカメラの子も、この店に来たのは初めてだろう?今はみんな大型スーパーで包丁を買ってしまうんだよ。僕らがちゃんとした包丁を売ろうとしても、全くお客さんがやってこないのさ」
「でも今日の記事が載れば、少しはお客さんが来るかもしれないじゃないですか」
榎田君がそう答えたが、下村さんは笑顔を返すだけだった。
「今日来てもらったのはね、記念のためなんだ。自分もこんな歳だし、息子にちゃんと働き口を見つけてもらって、お店を閉じようと思ってね…そうなる前に、記念にこの店のことを記事にしてほしかったのさ」
「そんな…」
店をたたむ、という言葉は、つい先日父の会社が倒産してしまった架純にとってはとてもつらい響きを持っていた。
「ごめんね、こんな話をしても楽しくもなんともないのに」
力なくうつむく架純と榎田君に、下村さんは優しく声を掛けてくれた。

アンジュに戻って、2人は早速記事づくりを始めようとしたが、どうにもその気になれない。
「良いおじさんでしたね」
「うん…何とかならないのかなぁ…」
「でも、あれだけの歳ですし、仕方がないのかもしれませんよ」
榎田君はそういったが、架純にはそうは思えなかった。
「そんなことないよ…自分のお父さんの代から続いているお店を自分でたたむなんて、絶対にやりたくなかったはずだもん…」
しばらく黙る2人。ほかのメンバーは取材に出ていて、まだ戻ってこない。編集室にはまったく言葉がなく、ただ時計の秒針の音だけがチクタクと鳴っていた。

「そういえば、今日社長がここに来るんでしたっけ?僕、会うの初めてなんですよ」
少しでも話題を変えようと思った榎田君が、そう言った。日比野は週に1~2回、合間を縫って様子を見に来るのだが、榎田君と顔を合わせたことがまだなかったようだ。
「あれ、そうだっけ?じゃあ紹介しないとね…あ」
その時、架純は今さら、簡単なことに気付いた。
「…どうかしましたか?」
「日比野社長に頼めばいいんだ。下村商店のこと。あの人凄腕のコンサルタントだし」
丁度その時、扉が開いて、日比野が入ってきた。2人はあまりのタイミングの良さに、ポカンと口を開けた。
「…なんだ、どうかしたのか?」

日比野は榎田君とあいさつを済ませた後、ことのあらましを聞いた。
「なるほど…取材をしているとそういうニーズにも出会えるということか。タウン紙を立ち上げたもう一つの効果でもあるな」
「…どうでしょう、助けることはできそうですか?」
架純の質問に、日比野はいったんうなずいた。
「だが、良い機会だからこの件は君たちに取り組んでもらおう」
「え?私たちが?」
架純は驚いてそう聞きながら、同時に心の中で「そういえば、あすな先輩も似たようなことをされたと言っていた気が…」と思い出していた。
「ああ、君たちにとっても、ビジネスのことを深く知る意味で、とてもいい勉強になるはずだ…早速『商圏分析』をしてみろ」
そういうと、日比野は「悪いが急いでいるから、もう行くぞ」と立ち上がった。
「あ、あの…しょうけんぶんせき、って何ですか?」
榎田君が慌てて尋ねたが、日比野は「ふっ」と笑ってそのまま編集室を出て行ってしまった。
「せ、先輩…今の何ですか?」
架純は思わず笑って、こう答えた。
「きっとね、『自分で調べろ』っていうことよ」

 

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