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株式会社 日立システムズ

第12回 あすな、架純を救う

「なんで、そんな無茶をしたんですか?」
あすなは思わず聞いていた。
「…そのとき、たまたま自分のマンションに新聞を届けてくれていた女子学生がいたんだ。かつての自分を見つけたような気持ちになって、彼女を助けたいと思わずにいられなかった。そして会社の仕組みを利用して、その子を救おうと…」
「その何がいけないんですか!?」
「会社の財産を私物化しようとしたからだ。もちろん横領や背任ではないし、CSR活動である以上、H社にも社会的な評判を高める効果があるには違いないんだが…俺の私心から生まれたその案は、業績第一主義だった当時の社長からは受け入れられることはなかった。腹立ちまぎれに社長の考えに異を唱えた俺は、いたたまれずに辞表を提出し、そしてこの会社を立ち上げた…」
そこまで聞いて初めて、あすなは合点がいった。なぜ、「架純ちゃんを救おう」という言葉一つに、日比野があそこまで過敏に反応したのか、を。

「実は俺は、集金に来たその子に『君が就職活動を始めたら、うちの会社に来い』と誘ってもいたんだが、その夢は叶わなかった…」
日比野は、そこまで話して口を閉ざした。以前、あすながH社に入社できるようにあんなに日比野が取り計らってくれたのは、その子とのいきさつがあったからなのだ。
「その子が生きていたら、あすなちゃん、ちょうどあなたと同い年なのよ」
「えっ?」
「無理がたたって亡くなったんだ…もともと体の弱い子だったからな」
そう日比野が言った瞬間、あすなの眼から涙がこぼれた。
「お前が泣く必要はない…お前はお前でいいんだ。この話のせいで、何かを抱えようとは思うな」
日比野の声は、今までにないほど暖かかなものだった。

日比野の追加プラン

「ついでだ…このプロジェクト、俺の案を話させてもらう」
そう言って、日比野はさらに項目を追加した。

  • フランチャイズ体制を敷き、タウン紙プロジェクトを共に推進するシェアハウスを募る。これにより、編集に必要な人員を確保するとともに、発行部数(=広告効果)の増加と学生のネットワーク構築を図る。
  • フランチャイズ本部と編集部は当面、ビジネス・キューピッドに設置するが、時期を見計らって別会社、または新規に設立するNPO法人に運営を譲渡する。

「1軒目のシェアハウスも、うちが直営することにしよう。新聞づくりに加わりたい学生がどれくらいいるかは未知数でリスクもあるが、マスコミ系は学生に人気もあるし、将来性をアピールすればうまくいくかもしれない」
「氷室さんも、ブログなどで告知に協力してくださるそうです」

「なるほど、仮病を使って氷室さんのところにいっていたのか」
日比野はそう言って笑った。あすなは「すみません…」と頭を下げる。
「…お前の卒業試験のつもりで案件の立ち上げを任せたが、氷室さんと言い俺と言い、少しヒントを出しすぎたようだな」
日比野は少し考えあぐねるような顔をしたが、あすなにこう尋ねた。
「…あすな、このシェアハウスをどこに建てるのが望ましいか…見当はついているか?」
「えっ!?」
言われてみれば、そこまで考えはおよんでいなかった。
「でも、社長はだいたい分かってるんでしょ?」
確かに、先ほど出かけようとした用件が不動産探しであるなら、日比野はすでにエリアを絞り込んでいるはずだ。
「ああ…俺なりの答えはある。だから自分でめぼしい不動産を探そうと思っていたが、これ以上助けてしまってはお前のためにならんしな…H社でやっていくなら、それくらいの目利きは当然必要になるし、自分で考えてやってみろ」
「え…それって責任重大じゃないですか!?」
そう答えるあすなの顔には、少しの不安と、それでも「やってみたい」という意欲が見て取れた。

ひとり祝杯をあげる日比野だったが…

「お待たせしました。生ビールです」
2カ月後、日比野はひとり、中華料理屋「龍流」のいつもの席に座り、ジョッキに口をつけた。
あすなの立ち上げたクラウドファンディング案件は結局数百万円の資金調達に成功した。銀行からの融資を受けてシェアハウスを新築する間、架純の住居費用を調達額からいったん工面しつつ、先行して創刊号の編集作業が始まっていた。ビジネス・キューピッドの会議室には連日、記者や編集者を夢見る学生が数名集まり、喧々諤々の議論を繰り広げている。奨学金の支給が決まり、住居の工面もついた架純は、初代編集長として思う存分、「かすみタイムズ」の紙面づくりに腕を振るっていた。
「あすなよりも筋が良いな」
日比野は嫌味を言って、何度もあすなをからかった。

とはいえ、あすなも役立たずだったわけではない。シェアハウスの立地は、主な大学からのアクセスが良く、なおかつ新聞を購読するファミリー層が多いエリア…ということで、あすなが見繕ってきたものだ。結局日比野もヒントを出しながらの土地探しであったが、色々な地域を直に見ることで、あすなの目利きにも少しは磨きがかかったようだ。

以前、果たせなかった苦学生に手を差し伸べるという夢に、図らずも一歩を進めることができた日比野にとって、今日のビールの味は格別だ。
「とはいえ、勝負はこれからだな」
これから持続的に学生たちが集まり、広告を集められるモデルを構築するために、日比野が走り回らなければならない局面は、確かに多いに違いない。
それにしても…と、日比野は常連名刺が貼られている壁に目をやった。
「あいつ、いつの間に…」
日比野の名刺の下に、「株式会社ビジネス・キューピッド 道草あすな」と書かれた名刺が、しっかりと貼られていた。

「その名刺、つい最近貼っていったんですよ」
いつもの店員が餃子を持ってきながら、そう教えてくれた。
「あいつ、来月からH社に戻るってのに…」
そう苦笑いしたとき、自動ドアが開いた。

「あ!やっぱり社長、ここにいたんですね!」
あすながそう言って、隣に座る。
「勝手に隣に座るな!」
「何言ってるんですか?私、いつもこの椅子ですもん。すいません、ビールくださーい」
店員さんが「はーい」と答える。
「…飲むのは構わんが、勘定は別だぞ?」
日比野は冗談のつもりでそう言ったが、あすなは首を振った。
「ダメです。…今日は最後のお給料日だし、私におごらせてください」

「…な、何を生意気な」
「いいじゃないですか!…でも今日だけですよ!」
あすなのビールが届き、2人はジョッキをゴツン、とぶつけた。
「何に乾杯、ですか?」
「…決まってるだろう、タダ酒に乾杯だ」
日比野が茶化すと、あすなはふくれっ面をして見せる。
「まったく、最後まで素直じゃないんだから…まぁ、いっか。どうせH社に戻っても仕事で一緒になることが多そうですもんね」
「安田にクビにされないように気をつけろよ…あいつは、俺ほど優しくないからな」
照れくさくて「頑張れよ」が言えない日比野は、そんな言葉であすなの前途を祝した。

 

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