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株式会社 日立システムズ

第10回 あすな、日比野に食らいつく

日比野が足早に去っていくと、オフィス内は急に静かになった。
「ナミさん…私、何かいけないことしちゃったの?」
いつもと違う日比野のリアクションに、あすなも当然動揺していた。
「あなたは悪くないわよ…」
ナミはそう言ってあすなの背中を優しくさすった。
「でも、だったら何であんなに厳しく言うんですか?私の企画が未熟だっていうなら仕方ないけど…でもそれにしてもいつもと違いすぎるから」

いつもの日比野なら、何故その案件ではダメなのか、理由を教えてくれるはずだ。いや、教えないまでも、こちらに考えさせるように仕向けるのが日比野のやり方のはずだった。
「何でかしらね…たぶん、」
ナミは一度そこで言葉を区切って、あすなの眼をまっすぐ見るようにして言った。
「人を救うということは、そんなに簡単じゃないからよ」

あすなが選んだもう一人の師は

次の日、ビジネス・キューピッドのオフィスにあすなの姿はなかった。
「あいつはどうしたんだ?」
日比野がナミに聞くと、ナミはいつもと違う様子で
「インフルエンザですって」
とつっけんどんに答えた。その答え方にすこし意外そうな表情をしながら、日比野は
「…インフルエンザ?そんな様子はなかったがな」
そう返したが、ナミは表情を変えない。
「うーん、でも仮病を使う子ではないですし…それとも、何か気になることがあるんですか?」
ナミが聞き返すと、日比野は歯切れ悪そうに
「いや、そういうわけじゃないんだが…じゃあちょっと出かけてくる」
と言って、オフィスを出て行ってしまった。
「ふふふ…おかしな人。あすなちゃんも、あすなちゃんだけどね…」
そう、ナミはすべてを知っていた。

実はその日、あすなは別のところに入り浸っていたのだった。
「いらっしゃい。道草さんね?」
「…はい、ナミさんから連絡していただいていて」
「ええ、聞いてるわ。入って」
あすなは、自分のプロジェクトをブラッシュアップしてもらうために、氷室冴子にこっそりと教えを乞うことにしたのだった。
「メールを読ませてもらったわ。あなたの学友が苦学生になってしまって、それを救うためのプロジェクト、ということよね?」
「はい…社長にはそれだけでバッサリ断られて…」
氷室はその言葉に「そうでしょうね」と頷いた。

「え…やっぱり氷室さんもこのプロジェクトは無理だと思いますか…?」
あすなは気落ちする様子で尋ねると、氷室は間髪入れずに「ええ、申し訳ないけど」と答えた。
「このままではダメよ。あすなちゃん、あなた一度でも想像してみた?…架純さん、つまりあなたの後輩が、インターネットで叩かれることを」
「えっ?」
氷室が指摘したのは、いわゆる炎上リスクであった。
「可哀そうな私を助けて…そんなプロジェクトに感銘を受けて支援してくれる人は、確かにいないわけではない。でも、苦学生は架純さん一人ではないのよ。彼女だけを救ってほしいというのは虫のいい話じゃないかしら?」

炎上リスクを避ける道はあるか

「そんな…架純ちゃんは凄くいい子なのに」
「ふふふ、それはあなたのことを見ていれば分かるわよ。でも、日本中の人たちにあなたのことを見せられるわけではないわよね?…現実は今言ったとおり、世の中には人を傷つけることを愉しみだと考えている嫌な人たちが少なからずいるのよ。架純さんを傷つけたくなかったら、このプロジェクトは別の形を探った方が良いわね」
自分の力だけで著名ブロガーへと上り詰めた氷室冴子の口から放たれる「炎上」という言葉は、想像以上に重いものだった。しかし、ただ一つ日比野と違っていたのは、その次の部分だ。
「別の形をとれば、架純ちゃんは救えるということですか?」
「もちろんよ。その道を探るのは容易ではないけどね。大っぴらに寄付を募ったり、何の価値もないようなピンバッジを売ったりするのではだめ。でも、そうではなく、お金を出す価値のあるものを用意できれば、話は変わるわ」

氷室の言葉を聞いて、あすなは心の中で潰えかけていた光がまた差し込んでくるのを感じていた。
「わたし、もう一度考えてみます」
腹を決めた様子のあすなをみて、氷室は「ふふふ…」と笑った。
「じゃあ、一つだけヒントをあげるわ」
「え…何でしょうか?」
あすなは「ヒント」という氷室の言葉に、日比野と似たような匂いを感じ取りながら聞いた。
「サステナビリティ…意味は分かるわね?」
「は…はい」
サステナビリティ。直訳すると「持続可能性」だ。
「このプロジェクトで集めたお金を、たった一人、架純ちゃんのために使うのではなく、その後もずっといろいろな苦学生を助けられるような仕組みを作るために、使う…」

あすながつぶやくのを聞いて、氷室は「さすが、日比野さんの秘蔵っ子ね」と笑った。
「プロジェクトを練り直して、今度こそ社長のゴーサインをもらってらっしゃい。そうしたら、私がプロモーションのお手伝いをしてあげる。頑張ってね」
「はい…どうもありがとうございました!」
あすなは、そのまま架純の自宅に向かった。

架純の思いに、あすなは応えられるか

「先輩…忙しいのにありがとうございます」
架純のワンルームマンションに行くと、彼女はインスタントコーヒーを淹れてくれた。
「すみません、こんなのしかなくて」
「いいのよ…そんなことより、あなた大丈夫?」
経営が順調だった時期に買いそろえた家具類があるおかげで、架純の部屋にはまだ貧しさは漂っていない。しかし、父の会社が突然倒産し、仕送りのめどが立たなくなった架純のことが、あすなには不憫に思えてならなかった。
「預金や土地を売って借金の返済に充てることができたし、父も付き合いの長い取引先が雇ってくれるそうなので、一旦生活の心配はしなくてよくなったんです…でも、私が大学に通い続けるのはもう難しそうです」

「奨学金は?」
あすなと同じ質問は、きっと読者のほとんどが考えたものだろう。しかし、架純は首を振った。
「奨学金ももちろん考えました。でも、この部屋の家賃とか生活費までまかなえるわけじゃないので…休学届を出して実家に帰ろうと思ってたときに先輩が助けてくれるって言ってくれたので、本当にありがたいです」
「うん…でもね、思ったより簡単じゃないのよ…」
あすなは昨日からのことを架純に正直に話した。
「炎上…確かにそうなったら怖いわ。そんなことになったら就職だってできなくなるし…」
架純はそう言って口を噤んだ。あすなは自分の就職活動の時の苦い経験を思い返していた。あの時の私には、日比野さんがいた。…架純のことを救えるのは、私しかいないかもしれない。
「…架純ちゃん、今度3年生よね?就職活動のこと、もう考えてるの?」
「はい。私はジャーナリストになりたいと思っているので、新聞社とか雑誌の出版社に就職しようと思ってました」
「…ジャーナリスト?」
その言葉をきいたとき、あすなの脳裏にちょっとしたアイデアが浮かんできた。

 

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