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株式会社 日立システムズ

第5回 ビジネスキューピッド、とある旅館のSOSを受け取る

クラウドファンディングの2つの調達方式

氷室冴子がプロデュースした手帳のクラウドファンディング案件には、予想どおり順調に支援者が集まっていた。
「さすが氷室さんのブランド力ですね。このままいけば、今週中にも目標額に到達します」
ナミがそう言いながら、現時点での支援者リストが映った画面を日比野に示した。
「氷室太一が、実は女性だった…しかもあれだけの美人だ。その話題性に読者が反応したタイミングで、すかさず案件をスタートさせたのが功を奏したんだろう」
日比野が予想していたとおり、氷室冴子は自身が女性であったことをブログで明かし、勤務先のコンサルティング会社に辞表を提出した。これからは独立して仕事をすることになるわけだが、きっと今後も引く手あまたに違いない。
「今回の案件はオール・オア・ナッシングの方式でしたからね。一安心です」
「そうだな…実物の評判が良ければ、実店舗での陳列も夢じゃないかもしれん」

オール・オア・ナッシング方式とは、支援額が目標に到達しない場合、資金の調達をあきらめ、支援者に資金を返還する方式のことである。これに対して、支援額が目標に達しない場合でも、資金を受け取り、それに見合ったリターンをする方式を、オール・イン方式と呼ぶことが多い。氷室が手掛けたオリジナル手帳の制作の場合、ある程度の数量を一気に製造できなければ採算ラインに乗らないため、赤字を回避するためにはオール・オア・ナッシング方式にする方が、都合がよかった。
現時点で目標額の95%が集まっている。あと数名の支援者が集まれば良い。プロジェクトの成功は目前に迫っていた。
「とはいえ…この1件だけが仕事じゃないからな。今日も誰か相談に来るんだろう?」
「ええ、それが…」
日比野が今日のアポイントについて尋ねると、ナミが少し表情を曇らせた。
「もしかしたら、社長のお眼鏡には適わないかも知れません。私の方で対応しましょうか?」
ナミの手から企画概要の資料を受け取ると、そこには「当旅館のリノベーションに関する…」と始まる冗長なタイトルがつけられていた。

「レッドオーシャン」の旅館に光明はあるのか

「旅館か…確かに見込みは薄いな。場所は?」
「栃木のN市です。温泉旅館はどこも苦戦していますからね。強いて言えば、あの地域はインバウンドのお客さんが多いですが…」
インバウンドとは、ここでは海外からの宿泊客を指す。歴史的な名所が多いN市では、小学校の修学旅行のような団体客に加え、外国からの訪問者もかなり多い。
「まあいい、せっかく遠路を訪ねてくるんだ。俺が会ってやらないと失礼だろう」
そう言って、日比野はパラパラと資料をめくり始めた。

依頼者がやってきたのは、その2時間後であった。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
そういって、依頼者は恭しく名刺を差し出した。「湯宿 いざよい荘 支配人 沼田公介」とある。支配人にしては若いが、旅館業を営んでいるだけあって、所作から礼儀正しさが伝わってくる。
日比野はいつものとおり応接室に沼田を通し、改めて資料を見ながら、沼田に要点の説明を求めた。
「3年前に父から支配人を任されまして、私なりにいろいろと試行錯誤をしているんですが…やはり設備そのものの老朽化が進んでいるせいで、顧客満足度が上がらないんです。思い切ってリノベーションをすることで、何とか客足を呼び戻せないかと思っている次第ですが、いかがでしょうか?」
日比野は、表情を変えずに答えた。
「確かに、リノベーションをしたことをアピールできれば客足が戻ることもあります。しかし、ただ設備を新調したからといって、それに見合った利益を得られるかというと、何とも言えません…何か、いざよい荘ならではの強みがあれば良いのですが、どうですか?」
「それはもう、泉質の良さを置いてほかにはありません。N市の温泉は非常にやわらかくて、美肌効果もあり…」
沼田が熱っぽく語ろうとするのを、日比野は手で制した。
「私が聞きたいのは、温泉街の強みではなく、いざよい荘の強みです。N温泉は確かに湯量も豊富で人気がありますが、それは、ほかにも競合先となる旅館がたくさん立ち並んでいることの裏返しでもありますよね?」
「それは、確かにそうです…」
「いわゆる、レッドオーシャンと呼ばれる状態です。N温泉は、温泉街全体が激しい競争状態にある中で、街を訪れる観光客が減ってしまったために…遠慮なく言えば、悲惨な食い合いの状態になっているわけです」

日比野の答えはNO。しかし…

「分かります。だからN温泉全体として、外国からのお客さんを一生懸命呼び込もうとしているんです…何とか、ご支援いただけませんか?」
若き支配人は必死に食い下がる。日比野は冷ややかに「いざよい荘」の厳しい環境を見抜いていたが、反面、この沼田という男が、2代目にしては経営者として肝が据わっていると感じつつあった。
「わざわざお運びいただいたのに申し訳ありませんが、現時点での印象は限りなくNOに近いですね。写真を綺麗に撮ったり、街の良さを前面に出したりしていけば、いったん資金を集めることはできると思いますが…問題は、そのあとの経営です。支援者への見返りは宿泊のご招待ということになるわけですよね?無料で泊まってもらったときのコスト負担のせいで、倒産してしまう恐れすらありますから」
日比野はあえて、突き放すような言い方をして沼田の反応を見てみた。沼田は落胆の表情を浮かべたが、それでも視線を動かさず、
「…そうですか。では今日のところは、いったん持ち帰らせてください。もう一度、出直してきます」
そう答えて、オフィスを出て行った。

「…やはり、厳しそうでしたか?」
沼田を見送ったナミは、そう言いながら日比野の顔色を窺った。日比野は「さあな」と首を振り、自分の思考を整理するように、つぶやき始めた。
「まぁ、一般論的には否定的な要因しか見当たらないな…今のところ資金集めのアイデアにも独創性がないから突っぱねるしかなかったが、あの男なら何か案をひねり出してくるかもしれない。おそらくカギとなるのは…」
そこまで話したとき、ナミの携帯電話が鳴った。

「…おい、人が話しているのに!」
「ごめんなさい…あすなちゃんからのメールです」
「あすなだと!?」
「ええ…今夜夕飯食べに行く約束をしてるんですけど…えっ?」
メールを開いたナミの表情が、少し変わった。
「なんだ?」
日比野が聞いたその瞬間、インターホンが鳴り、勝手にドアが開いた。
「えへへ…驚いた?」
顔を出したのは、あすなだった。
「…社長、ごめんなさい」
苦笑いしながらナミが見せたメールの画面には「今、会社の前にいるの。入っちゃっていいですか!?」とあった。
「まったくもう…あがっていいぞ」
ため息をつきながら日比野がそう言うと、あすなが首を突っ込んできた。
「えっ…社長も一緒に行きましょうよ~…あれっ?」
あすなの視線は、日比野の手にある資料にくぎ付けになっていた。

 

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